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第4章
ニール・スレイドとフェリクス・ジェフリー
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シャノンとキースが王城へとたどり着く。
……しかし、そこは驚くほどにがらんとしていた。兵士一人おらず、まるで抜け殻のようだ。
「なぁ、なんかおかしくないか?」
キースが怪訝そうな表情でそう言って歩くスピードを緩める。だからこそ、シャノンは周囲を見渡した。
やはり、兵士一人いない。まるで、全員出払っているかのようだ。
「うん、おかしい。……だって、こんなに手薄なわけがないもの」
ここは王国軍の拠点だ。ここを落とされてしまえば、王国軍は一気に壊滅する。
それくらいシャノンにもわかっているし、キースだってわかっているだろう。伊達に二年間戦ってきてはいない。
「……罠、か?」
キースがその人のよさそうな顔を歪めながら、そう零す。……いや、何となく、違う。シャノンには、それがわかった。
(違う。罠というよりも、これは、まるで――)
そうだ。これは――。
「……早く、行きましょう」
そう思うからこそ、シャノンはまた駆けだした。後ろからキースの呼ぶような声が聞こえてくるが、それもお構いなしに走る。
(これは、罠というよりは、終わりなのよ)
そうだ。これは――終わりが近いということなのだ。
どうして突然終わりが近づいたのかはわからないが、多分――何かが、あったのだ。
「シャノン!」
「キースは後から来てくれたらいいわ!」
後から走ってくるキースの方を振り返り、シャノンは王座を目指す。
きっと、あそこには――。
(ヘクターがいる)
国王ヘクター。彼がいるはずだ。もしかしたら、もうすでに亡き者になっているかもしれないが。
心の中でそう思うが、シャノンは王城の中を駆けた。おぼろげな記憶を頼りに走っていると、不意に光が見える。
……あそこだ。
(フェリクス殿下――待っていてっ!)
その一心で、シャノンは王城の王座の間に飛び込んだ。
そして、見えたのは――鮮やかなまでの緑色の髪の人物。彼が目に憎悪を宿し、ヘクターの首元に剣の切っ先を当てている場面だった。
「……フェリクス殿下っ!」
咄嗟に、彼の名前を呼んだ。そうすれば、彼――ニールがシャノンの方に視線を向ける。彼の目の色は赤だった。
「……シャノン」
彼がその唇からシャノンの名前を紡ぐ。それはきっと、彼がフェリクスであるという証拠なのだろう。
「フェリクス殿下、お待ちくださいっ!」
シャノンが彼らの方に一歩一歩踏み出しつつ、ニールに声をかける。すると、彼は眉をひそめた。
「どうして、ここにいる」
彼の問いかけももっともだ。もう二度と会わない。そう言われて、解放された。
ニールがそう思うのも当然でしかない。
「私は、フェリクス殿下を救いに来ました」
彼の方に一歩足を踏み出して、シャノンがはっきりとそう言う。……その瞬間、ニールの目の奥が揺れた。
「……全部、こうするためだったのですね」
怯え、身を縮めるヘクターを一瞥し、シャノンはニールの顔を見つめた。
彼の持つ剣の切っ先は、相変わらずヘクターの首元に当たっている。剣を持つその手は、微かに震えていた。
「何が、言いたい」
ニールが低い声でそう問いかけてくる。そのため、シャノンはゆるゆると首を横に振った。
「何かが言いたいわけではありません。……貴方さまは、ニール・スレイド様は――」
――フェリクス・ジェフリー殿下で、間違いないですよね?
その目に強い意思を宿し、シャノンがニールにそう確認する。
だからだろうか、ニールは観念したように両肩をすくめた。
「あぁ、そうだよ。ニール・スレイドっていうのは偽名。俺の本当の名前はフェリクス・ジェフリーだ」
そう言った彼が、シャノンをしっかりと見つめる。その隙を狙ってかヘクターが逃げ出そうとするが、後から追いついてきたキースによって捕らえられていた。……これで、ニールと。いや、フェリクスとしっかりと向き合える。
「……どうして、気が付いた。俺はお前に、ひどいことたくさんしたけれど?」
彼の言葉の意味は、純潔を散らしたとか、そういうことなのだろう。
「嫌われて当然のことをたくさんした。王国軍としても、生きてきた。こんな俺、お前は幻滅するだろう?」
唇の端を上げながら、フェリクスがそう告げてくる。なのに、彼のその声はとても震えていた。まるで、嫌われるのが怖いとでも言いたげだった。
「だからな、俺は全部終わらせることにしたんだ」
「……全部」
「この男――ヘクター・ジェフリーを殺して、俺も死ぬ。それが、俺が出来る唯一の償いだからな」
ヘクターに視線をちらりと向け、フェリクスがそう言い切る。その言葉には真剣さがこもっていた。
「……いいえ。それ以外にも、貴方さまが出来ることはあります」
「ないんだよ」
シャノンの言葉を、フェリクスが一蹴した。
そして、彼は天井を見上げた。ボロボロの天井に向かって、「ふぅ」と息を吐く。
「俺が王国軍としてやってきたことは、最低なことだ。だから、俺は自分で、この手で、革命を終わらせる」
「……フェリクス殿下」
「いずれはこうするつもりだったが、俺は汚れすぎたんだよ」
苦笑を浮かべながら、フェリクスがシャノンを見つめた。その姿に、シャノンは胸を打たれてしまったような気がした。
……しかし、そこは驚くほどにがらんとしていた。兵士一人おらず、まるで抜け殻のようだ。
「なぁ、なんかおかしくないか?」
キースが怪訝そうな表情でそう言って歩くスピードを緩める。だからこそ、シャノンは周囲を見渡した。
やはり、兵士一人いない。まるで、全員出払っているかのようだ。
「うん、おかしい。……だって、こんなに手薄なわけがないもの」
ここは王国軍の拠点だ。ここを落とされてしまえば、王国軍は一気に壊滅する。
それくらいシャノンにもわかっているし、キースだってわかっているだろう。伊達に二年間戦ってきてはいない。
「……罠、か?」
キースがその人のよさそうな顔を歪めながら、そう零す。……いや、何となく、違う。シャノンには、それがわかった。
(違う。罠というよりも、これは、まるで――)
そうだ。これは――。
「……早く、行きましょう」
そう思うからこそ、シャノンはまた駆けだした。後ろからキースの呼ぶような声が聞こえてくるが、それもお構いなしに走る。
(これは、罠というよりは、終わりなのよ)
そうだ。これは――終わりが近いということなのだ。
どうして突然終わりが近づいたのかはわからないが、多分――何かが、あったのだ。
「シャノン!」
「キースは後から来てくれたらいいわ!」
後から走ってくるキースの方を振り返り、シャノンは王座を目指す。
きっと、あそこには――。
(ヘクターがいる)
国王ヘクター。彼がいるはずだ。もしかしたら、もうすでに亡き者になっているかもしれないが。
心の中でそう思うが、シャノンは王城の中を駆けた。おぼろげな記憶を頼りに走っていると、不意に光が見える。
……あそこだ。
(フェリクス殿下――待っていてっ!)
その一心で、シャノンは王城の王座の間に飛び込んだ。
そして、見えたのは――鮮やかなまでの緑色の髪の人物。彼が目に憎悪を宿し、ヘクターの首元に剣の切っ先を当てている場面だった。
「……フェリクス殿下っ!」
咄嗟に、彼の名前を呼んだ。そうすれば、彼――ニールがシャノンの方に視線を向ける。彼の目の色は赤だった。
「……シャノン」
彼がその唇からシャノンの名前を紡ぐ。それはきっと、彼がフェリクスであるという証拠なのだろう。
「フェリクス殿下、お待ちくださいっ!」
シャノンが彼らの方に一歩一歩踏み出しつつ、ニールに声をかける。すると、彼は眉をひそめた。
「どうして、ここにいる」
彼の問いかけももっともだ。もう二度と会わない。そう言われて、解放された。
ニールがそう思うのも当然でしかない。
「私は、フェリクス殿下を救いに来ました」
彼の方に一歩足を踏み出して、シャノンがはっきりとそう言う。……その瞬間、ニールの目の奥が揺れた。
「……全部、こうするためだったのですね」
怯え、身を縮めるヘクターを一瞥し、シャノンはニールの顔を見つめた。
彼の持つ剣の切っ先は、相変わらずヘクターの首元に当たっている。剣を持つその手は、微かに震えていた。
「何が、言いたい」
ニールが低い声でそう問いかけてくる。そのため、シャノンはゆるゆると首を横に振った。
「何かが言いたいわけではありません。……貴方さまは、ニール・スレイド様は――」
――フェリクス・ジェフリー殿下で、間違いないですよね?
その目に強い意思を宿し、シャノンがニールにそう確認する。
だからだろうか、ニールは観念したように両肩をすくめた。
「あぁ、そうだよ。ニール・スレイドっていうのは偽名。俺の本当の名前はフェリクス・ジェフリーだ」
そう言った彼が、シャノンをしっかりと見つめる。その隙を狙ってかヘクターが逃げ出そうとするが、後から追いついてきたキースによって捕らえられていた。……これで、ニールと。いや、フェリクスとしっかりと向き合える。
「……どうして、気が付いた。俺はお前に、ひどいことたくさんしたけれど?」
彼の言葉の意味は、純潔を散らしたとか、そういうことなのだろう。
「嫌われて当然のことをたくさんした。王国軍としても、生きてきた。こんな俺、お前は幻滅するだろう?」
唇の端を上げながら、フェリクスがそう告げてくる。なのに、彼のその声はとても震えていた。まるで、嫌われるのが怖いとでも言いたげだった。
「だからな、俺は全部終わらせることにしたんだ」
「……全部」
「この男――ヘクター・ジェフリーを殺して、俺も死ぬ。それが、俺が出来る唯一の償いだからな」
ヘクターに視線をちらりと向け、フェリクスがそう言い切る。その言葉には真剣さがこもっていた。
「……いいえ。それ以外にも、貴方さまが出来ることはあります」
「ないんだよ」
シャノンの言葉を、フェリクスが一蹴した。
そして、彼は天井を見上げた。ボロボロの天井に向かって、「ふぅ」と息を吐く。
「俺が王国軍としてやってきたことは、最低なことだ。だから、俺は自分で、この手で、革命を終わらせる」
「……フェリクス殿下」
「いずれはこうするつもりだったが、俺は汚れすぎたんだよ」
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