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第3章
わからない
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ニールが出て行ってから約十分後。入れ替わるようにダーシーがやってきた。
彼女はシャノンのワンピースを脱がせ、丁寧に身体を拭いてくれる。シャノンとしても下着姿になるのは同性の前の方がよかったので、ほっと息を吐いていた。
「ところで、ダーシー」
ふと思い立って、シャノンが彼女に声をかける。すると、彼女はきょとんとしていた。
「どうなさいました?」
シャノンの身体を拭き終えたダーシーは、心底不思議そうにシャノンの言葉に返事をくれる。
だからこそ、シャノンは気になっていることを問いかけることにした。
「ニール様は、一体どういう出自のお方なの?」
シャノンの記憶に寄れば、彼が教えてくれた家名である『スレイド』という名前を持つ貴族はいなかった。
合わせ、彼は一部の人間から「将軍」と呼ばれていたのだ。それ相応の立場にいるということは、出自もそれなりなはずだ。
他国の人間なのか。はたまた、名のある商家の人間なのか――。
「……それ、は」
シャノンの言葉に、ダーシーが言葉を詰まらせた。
それに、シャノンはきょとんとしてしまう。……どうして、言葉を詰まらせる必要があるのだろうか。
(言いにくい、ことなの?)
もしかしたら、彼は不貞の子とか、隠し子とか。そういう部類の人なのかもしれない。
けれど、それはおかしなことではない。貴族にとって不貞の子や隠し子騒動は日常的だったのだから。
夫婦円満だと思われていた家の夫に、不貞の子がいることだって何度も何度もシャノンが耳にしたことだった。
「……シャノン様」
「……うん」
「それに関しては、私からは……何とも」
ダーシーは何も教えてくれなかった。
「それに関しては、ニール様ご本人がいずれ時が来たら教えてくださると思いますよ」
「……私、捕虜よ」
「ですが、です。……ニール様は、シャノン様のことを大切に思われていますから」
水桶でタオルを洗いつつ、ダーシーはなんてことない風にそう言う。彼女のその声は心底そう思っているかのようであり、シャノンはさらなる疑問を抱いてしまう。
(本当に、ニール様は何者なの?)
姿がフェリクスにそっくりなことから考えて、もしかしたら彼の親族……かもしれないと考えて、それはないなと思い直す。
フェリクスの母は異国の人間だったというし、情勢の悪いこの国に来る必要などない。
「さて、シャノン様」
シャノンが一人悶々と考えていると、ダーシーが声をかけてくる。その声は先ほどとは似つかわしくないほどに明るく、楽しそうだ。
「本日のお食事は、久々に頑張って作りましたの。……お好みに合えば、よろしいのですが」
どうやら、ダーシーは腕に乗りをかけて作った食事をシャノンに食べてほしいらしい。
……全く持って、捕虜の扱いではない。
「え、えぇ、楽しみにしているわ」
にっこりと笑ってそう言葉を返せば、ダーシーはシャノンを寝台に寝かせると水桶を持つ。
「では、取ってきますね。そろそろ、ニール様もこちらにいらっしゃるでしょうから」
「……お仕事だと、おっしゃっていたわよ?」
「この時間にするのは、大したものではありませんわ。食事だと呼べば、来てくださいますから」
ダーシーはなんてことない風にそう言うと、部屋を出て行った。
残されたのは、シャノンただ一人。
(これ、本当に捕虜の生活なのかしら……?)
そして、そう思う。捕まったときは地下牢に閉じ込められ、手酷い扱いを受けるものだと思っていた。
なのに、ふたを開けてみれば今までよりもずっといい暮らしをさせてもらっている。……父や仲間たちは、必死に戦っているというのに。
(もしかしたら、お父様方は私を取り戻そうと頑張っていらっしゃるかもしれないわ。……私一人、こんなぬるま湯にいていいはずがない)
そう思うのに、何故か脱出する気は起きない。ニールの顔が思い出されて、そんな気持ちが消えてしまうのだ。
もしも、シャノンがここから無断でいなくなれば。罰を受けるのはニールであり、彼を傷つけてしまうような気がしたのだ。
「なんて、絆されているのもいいところだわ。あのお方は、王国軍なのに……」
民衆たちを虐げてきた。それは間違いないし、彼らが行ったことが許されることではないことも、わかっている。
でも、シャノンは信じたかったのかもしれない。
――ニールだけは、違うのではないかと。
「なんて、私は一体いつからこんな生ぬるい考えを持つようになったのかしら? こんな調子じゃ、ダメだと言うのに……」
毛布で口元まで覆い隠しながら、シャノンはそう呟く。
革命が起こったとき、シャノン・マレットは死んだのだ。あれ以来は革命軍のシャノンとして生きてきた。
だから、王国軍は憎むべき存在であり、忌み嫌うべきで……。
「なのに、どうしてっ……。どうして、ニール様のことを憎めないの……?」
ボソッとそう零したシャノンの言葉は、誰にも届くことはなかった。
彼女はシャノンのワンピースを脱がせ、丁寧に身体を拭いてくれる。シャノンとしても下着姿になるのは同性の前の方がよかったので、ほっと息を吐いていた。
「ところで、ダーシー」
ふと思い立って、シャノンが彼女に声をかける。すると、彼女はきょとんとしていた。
「どうなさいました?」
シャノンの身体を拭き終えたダーシーは、心底不思議そうにシャノンの言葉に返事をくれる。
だからこそ、シャノンは気になっていることを問いかけることにした。
「ニール様は、一体どういう出自のお方なの?」
シャノンの記憶に寄れば、彼が教えてくれた家名である『スレイド』という名前を持つ貴族はいなかった。
合わせ、彼は一部の人間から「将軍」と呼ばれていたのだ。それ相応の立場にいるということは、出自もそれなりなはずだ。
他国の人間なのか。はたまた、名のある商家の人間なのか――。
「……それ、は」
シャノンの言葉に、ダーシーが言葉を詰まらせた。
それに、シャノンはきょとんとしてしまう。……どうして、言葉を詰まらせる必要があるのだろうか。
(言いにくい、ことなの?)
もしかしたら、彼は不貞の子とか、隠し子とか。そういう部類の人なのかもしれない。
けれど、それはおかしなことではない。貴族にとって不貞の子や隠し子騒動は日常的だったのだから。
夫婦円満だと思われていた家の夫に、不貞の子がいることだって何度も何度もシャノンが耳にしたことだった。
「……シャノン様」
「……うん」
「それに関しては、私からは……何とも」
ダーシーは何も教えてくれなかった。
「それに関しては、ニール様ご本人がいずれ時が来たら教えてくださると思いますよ」
「……私、捕虜よ」
「ですが、です。……ニール様は、シャノン様のことを大切に思われていますから」
水桶でタオルを洗いつつ、ダーシーはなんてことない風にそう言う。彼女のその声は心底そう思っているかのようであり、シャノンはさらなる疑問を抱いてしまう。
(本当に、ニール様は何者なの?)
姿がフェリクスにそっくりなことから考えて、もしかしたら彼の親族……かもしれないと考えて、それはないなと思い直す。
フェリクスの母は異国の人間だったというし、情勢の悪いこの国に来る必要などない。
「さて、シャノン様」
シャノンが一人悶々と考えていると、ダーシーが声をかけてくる。その声は先ほどとは似つかわしくないほどに明るく、楽しそうだ。
「本日のお食事は、久々に頑張って作りましたの。……お好みに合えば、よろしいのですが」
どうやら、ダーシーは腕に乗りをかけて作った食事をシャノンに食べてほしいらしい。
……全く持って、捕虜の扱いではない。
「え、えぇ、楽しみにしているわ」
にっこりと笑ってそう言葉を返せば、ダーシーはシャノンを寝台に寝かせると水桶を持つ。
「では、取ってきますね。そろそろ、ニール様もこちらにいらっしゃるでしょうから」
「……お仕事だと、おっしゃっていたわよ?」
「この時間にするのは、大したものではありませんわ。食事だと呼べば、来てくださいますから」
ダーシーはなんてことない風にそう言うと、部屋を出て行った。
残されたのは、シャノンただ一人。
(これ、本当に捕虜の生活なのかしら……?)
そして、そう思う。捕まったときは地下牢に閉じ込められ、手酷い扱いを受けるものだと思っていた。
なのに、ふたを開けてみれば今までよりもずっといい暮らしをさせてもらっている。……父や仲間たちは、必死に戦っているというのに。
(もしかしたら、お父様方は私を取り戻そうと頑張っていらっしゃるかもしれないわ。……私一人、こんなぬるま湯にいていいはずがない)
そう思うのに、何故か脱出する気は起きない。ニールの顔が思い出されて、そんな気持ちが消えてしまうのだ。
もしも、シャノンがここから無断でいなくなれば。罰を受けるのはニールであり、彼を傷つけてしまうような気がしたのだ。
「なんて、絆されているのもいいところだわ。あのお方は、王国軍なのに……」
民衆たちを虐げてきた。それは間違いないし、彼らが行ったことが許されることではないことも、わかっている。
でも、シャノンは信じたかったのかもしれない。
――ニールだけは、違うのではないかと。
「なんて、私は一体いつからこんな生ぬるい考えを持つようになったのかしら? こんな調子じゃ、ダメだと言うのに……」
毛布で口元まで覆い隠しながら、シャノンはそう呟く。
革命が起こったとき、シャノン・マレットは死んだのだ。あれ以来は革命軍のシャノンとして生きてきた。
だから、王国軍は憎むべき存在であり、忌み嫌うべきで……。
「なのに、どうしてっ……。どうして、ニール様のことを憎めないの……?」
ボソッとそう零したシャノンの言葉は、誰にも届くことはなかった。
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