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第3章

めちゃくちゃ

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 それから、一体どれほどの時間が経ったのだろうか。

 もうろうとする意識の中、シャノンはゆっくりと目を開ける。

(……わた、し)

 視線だけで周囲を見渡す。どうやらシャノンは寝台に横になっているらしく、側にあるサイドテーブルには水差しとコップが置いてあった。

 そして感じる、誰かの気配。

(……だれ?)

 そう思って、シャノンはぼやける視界の中、そちらに視線を向けた。……そこには、美しい緑色の髪の人物。顔は寝台の上に伏せられており、目は見えない。

「……シャノン?」

 彼がハッと顔を上げて、シャノンの名前を呼んだ。

 そのまま、彼はシャノンの近くに顔を寄せてくる。……彼のひんやりとした手が、シャノンの額に触れる。

「……気持ちいい」

 ボソッとそう言葉を零して、シャノンは彼の手を取った。

 すると、その人物が身体を震わせたのがよくわかる。この手の感触、髪の色。声。

(……フェリクス殿下、みたい)

 心の中で、そんなことを思ってしまった。

 シャノンはもう一度そっと目を伏せる。手の感触と、声だけに意識を注げば、そこにいるのがフェリクスだと思えた。

「……フェリクス、殿下?」

 彼は亡くなったのだ。それは、理解している。だけど、何となくここが夢の世界ではないかと思ってしまった。

 今自分の側に居るのは、亡くなった初恋相手で。……今だけは、一緒に居られるのではないかと、思ってしまった。

「シャノン」

 ぼんやりとする視界の中、彼の唇が確かにそう紡いだのがわかった。それに、耳に届いたその声もフェリクスのものだ。

「……シャノン」

 どうしてか、彼が動揺しているように見える。どうして、彼は動揺しているのか。それは、わからない。

「フェリクス、殿下」

 もう片方の重苦しい腕をシャノンが彼に伸ばす。そうすれば、彼はその手を取ってくれた。

 ごつごつとした手が、シャノンの手を包み込む。

「……す、き」

 シャノンの唇は、自然とそんな言葉を紡いでいた。ずっと、ずっと伝えたかった。もっと好きだと言って、もっと大好きだって伝えたかった。

 ――こんなことになるのならば、愛の言葉をたくさん彼に伝えたのに。

「好き。大好き。……愛していました」

 目からぽろぽろと涙が零れるのがわかる。シャノンの手を掴む彼の手が、震えている。

 ……まさか、シャノンがこんなことを言うとは思わなかったのだろう。

「わ、たしは、あなたの、ために――」

 唇をゆっくりと動かして、自分の決意を語ろうとする。

 なのに、それよりも先に――唇に温かいものが触れた。

 驚いて目を見開けば、至近距離に見慣れた緑色の髪の毛が見える。伏せられた目のまつげは、とても長い。

「……シャノン」

 彼が、シャノンから唇を離してゆっくりと目を開く。……その目の色は、フェリクスとは違った。

「シャノン。……おれ、も」
「……っ」

 彼が一体何を言おうとしたのかは、結局シャノンにはわからなかった。シャノンの顔に降ってくる水滴は……涙なのだろうか?

「悪い。……俺、は、お前の人生を――」

 ――めちゃくちゃに、したんだな。

 シャノンの耳に届いたのは、まるで懺悔にも聞こえるような切ない声だった。そして、彼がフェリクスではなくニールだと、理解する。

(どうして、ニール様が、謝るの……?)

 確かにニールだってシャノンの人生をめちゃくちゃにした。それは理解しているし、シャノンだってわかっている。

 かといって、シャノンの今の言葉に返す言葉ではないだろう。

 そう思ったのもつかの間、シャノンの瞼がゆっくりと落ちていく。……また、眠ってしまいそうだ。

「シャノン。今はゆっくり休め。……お前への償いは、必ずするから」

 ちゅっと額に口づけられたのが、シャノンにも分かった。……その唇の感触が、ひどく心地よくて。

 シャノンはまた眠りに落ちていく。

 ――握られたままの手は、振りほどかれることはなかった。
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