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第2章

重なる

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 それから食事を終え、シャノンは何をしようかと考える。

 この部屋の中には暇をつぶせそうなものがたくさんある。女性が好みそうなロマンス小説や、刺繍の道具なんかも用意されていた。

 ……本当に、捕虜の部屋とは思えない。

「……どうした」

 シャノンが考え込んでいれば、ニールがそう声をかけてきた。

 なので、シャノンは首をゆるゆると横に振る。

 現在シャノンとニールは横並びでソファーに腰掛けている。二人の前にはダーシーが淹れてくれた紅茶が置いてあり、仄かにいい香りが鼻腔をくすぐった。

(っていうか、これ、絶対に捕虜じゃないでしょう……?)

 そう思いつつ、シャノンはニールの顔を見つめる。彼はなんてことない風に寛いでおり、まるでシャノンを敵とは認識していないようだ。

「……ねぇ」

 だからこそ、彼にそう声をかけてみる。そうすれば、彼はシャノンに視線を向けてきた。

「……私があなたを殺して、逃げるっていう可能性は配慮していないの?」

 ニールの服装はかなりラフなものだ。ついでに言えば、武器も所持していない。

 つまり、シャノンが本気で彼を殺そうとすれば出来る……はず、なのだ。

 しかし、彼はまるでシャノンがそんなことを考えないと思っているらしい。だから、こんなにも寛いでいる。

「はぁ?」

「私たち、敵同士よ。こんな風に並んでお茶を飲むような仲じゃ、ないじゃない」

 ゆるゆると首を横に振ってそういうと、彼は天井を見上げた。その後「あー」と声を出す。

「そうだな。俺たちは、敵同士だ」
「じゃあ、どうして……」

 シャノンが眉をひそめて、そう問いかける。どうして彼は、シャノンに優しくするのだろうか。もしかして、シャノンに優しくして革命軍を懐柔するつもりなのでは……?

 一瞬そんな考えが脳裏によぎったものの、それはないと判断した。彼は賢い。そんな回りくどいことをしないだろうから。

「ただな」
「……えぇ」
「お前は、俺のことを殺さない。逃げ出そうともしない。そういう確信があるんだよ」

 彼はティーカップをテーブルの上に戻して、そういう。その声音は本気でそう思っているようであり、シャノンの心臓がどくんと大きく音を立てた。

「……な、によ、それ」

 それに、彼のその言葉は答えになっていない。そう思いシャノンが目を伏せれば、彼は笑った。

「あぁ、答えになっていないな。……でもさ」

 ニールがシャノンに顔を向けてくる。彼のその目が、とても美しい。

 それに、間違いなく分かるのだ。

 ――こんな形で出逢っていなければ、シャノンはニールに恋をしていただろうと。

(けれど、ダメよ。それは、フェリクス殿下への裏切りになってしまう……)

 シャノンの恋心は一生フェリクスのものだ。たかが似ているというだけで、心変わりしていいはずがない。

 そう思いつつ、シャノンがそっと目を伏せれば、ニールがシャノンの頬に手を当ててくる。

「……俺は、お前のこと信じてるよ」

 頬を優しく撫で、ニールがそんな言葉をかけてくる。

 ……どうして、どうして。

「敵に、信じてるなんて言えるのよっ……!」

 少なくとも、シャノンは王国軍のことを信じられない。民たちを虐げ、自分勝手に行動する輩のことなんて、信じられるわけがない。

 それは、王国軍とて同じだろう。自分たちに歯向かう革命軍のことなんて、信じられるわけがないのだ。

 そんなことを思ってシャノンがニールを見つめれば、彼はきょとんとしていた。

「お前、何か勘違いしているだろ」

 そして、なんてことない風にそう続けてきた。

「お前は、俺が敵のことを問答無用で信頼していると、そう捉えただろ?」
「……え、えぇ」

 確かにシャノンはそう捉えた。……でも、一体何が違うと――。

「俺は、お前だけ。シャノン・マレットだけを信じているんだよ」

 真剣な声音で、真剣な眼差しで。そう言われると……なんと、言葉を返せばいいかがわからないじゃないか。

「お前は、俺が認めた女だ。……だから、そんなお前だから。無駄な行動は起こさない。無駄な血は流さない。そう、思っている」

 まっすぐに、しっかりと、はっきりと。

 ニールの口が、シャノンにそう告げてくる。……なんだ、何なのだ。

 ――この、胸のざわめきは。

(そんなこと言うなんて、本当にフェリクス殿下じゃない……)

 どうしてなのか。ニールの行動も言動も、すべてがフェリクスに重なってしまう。

 そもそも、彼はちぐはぐなのだ。王国軍に所属しているくせに、シャノンを思いやってくれて。

 ちぐはぐで、歪で。だからこそ――放っておけなく、なってしまうのかもしれない。

(本当に、私はバカだわ……)

 ちょっと優しくされただけで、こんな男のことを好きになってしまいそうになっているなんて。

 ……フェリクスが聞いたら、呆れるだろうな。

 そう思って、シャノンは自虐的な笑みを浮かべていた。
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