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第2章

屋敷の秘密

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「よぉ、元気にやってるか?」
「……ニール様」

 結局、次にニールがシャノンの元にやってきたのは、日が暮れてからだった。

 彼は身を清め、着替えたシャノンを見てか口元を緩める。その雰囲気が、フェリクスにそっくりで。

 その所為で、シャノンは戸惑ってしまった。

「食事を運ばせる。……ちょっと待ってろ」

 そんなシャノンを気に留めることなく、ニールはそれだけを言って側に控えていたダーシーに声をかけた。

 すると、彼女は何の文句もなく動いていく。

(っていうか、わざわざダーシーを動かす必要はないんじゃないの? ほかにも使用人はいるだろうし……)

 シャノンの世話役としてつけているダーシーを動かすのは、どうなのだろうか?

 そう思いシャノンがニールに視線を向ければ、彼はすたすたと歩いてシャノンの隣に腰を下ろす。

 ……肩と肩が触れ合いそうなほどに、近い距離だ。

「ちょ、ど、どうして、ここに……?」

 咄嗟に近くにあったブランケットを手繰り寄せ、シャノンはそう問いかける。

 そうすれば、ニールはきょとんとしていた。……意味が、わからない。

「俺もここで食事を摂るだけだよ。……こっちの方が、ダーシーにも迷惑がかからなくていいからな」

 彼はそんな言葉を口にすると、長い脚を組みなおす。その姿が絵になるほど美しく、シャノンはぼうっと見つめてしまった。

 だけど、彼の言葉には確かな疑問を持ってしまう。ダーシーに指示を出すことと言い、これでは、まるで――。

「このお屋敷には、ダーシー以外に使用人はいないの?」

 思ったことを、そのまま口に出す。けれど、後悔はなかった。

 だって、実際そうじゃないか。シャノンがここに来てから、ダーシー以外の使用人の気配を感じたことはない。でも、それはシャノンの側に寄りつかないからだと思っていた。

 しかし、ニールの言動や態度を見るに、この屋敷には使用人が彼女以外いないのではないだろうかという、疑問を持つ。

「……どうして、そう思う」

 シャノンの問いかけに、ニールが問いかけを返してくる。……答えになっていない。

 心の中でそう思いつつ、シャノンは「ふぅ」と息を吐いた。

「だって、ニール様は先ほどダーシーに指示を出したわ。効率的に動くのならば、ほかの使用人に持ってこさせた方がいいもの」
「……そうだな」
「それに、私はここに来てからダーシー以外の使用人の気配を感じていないわ」

 しっかりと、はっきりとシャノンは自らの意見を口にする。何故だろうか。ニールならば、話を真剣に聞いてくれると思ったのだ。ヘクターやアントニーならば、蹴り飛ばすであろうシャノンの話も。彼ならば――しっかりと、聞いてくれるような気がした。

「……そうかよ」

 シャノンの言葉を聞いてか、ニールがくつくつと喉を鳴らして笑った。

 目を細め笑う姿は、本当にフェリクスにそっくりだ。……いや、むしろ――。

(フェリクス殿下にしか、見えない……)

 元々目の色以外はそっくりなのだ。目を閉じれば、彼がフェリクスだと言っても信じてしまうだろう。

 その所為なのか、彼を見ているとシャノンの心臓がどくん、どくんと大きく音を鳴らした。
 だからこそ、その音を抑えつけるかのように胸元に手を当てる。

「あぁ、お前の言うとおりだよ。この屋敷には、使用人はダーシーしかいない」

 その後、ニールはなんてことない風にそう教えてくれた。その声には、嘘も偽りも含まれていないように聞こえる。

「……どうして」
「どうして? そんなの簡単だよ。本気で信頼している奴しか、屋敷に入れたくないから」

 シャノンの小さな呟きに、ニールがはっきりと言葉をくれた。

「俺はな、自分のスペースに人を入れるのが嫌なんだよ。だから、使用人はあいつ一人だ」

 その言葉が正しいのならば、ニールはダーシーを相当信頼しているということになる。

 ダーシー自身も、ニールに仕えることに文句はなさそうだった。……きっと、二人はとてもいい主従関係なのだろう。

(あれ? でも、本気で信頼している奴しか屋敷に入れたくないって……)

 それならば、どうして彼は――シャノンを、自身の屋敷に入れたのだろうか?

 いくら監視をするためとはいえ、わざわざ屋敷に入れる必要はない。ついでにいえば、こんな部屋を用意する必要もない。

「ね、ねぇ、あなたは――」

 思わずそう声をかけようとしたとき、部屋の扉がノックされる。そして、ワゴンを押したダーシーが部屋の扉を開けた。

「本日のメニューも、質素ですがご了承くださいませ」

 ダーシーは深々と頭を下げた後、そう言ってワゴンを部屋の中に入れる。

 そのまま彼女はワゴンに乗った食事を部屋のテーブルに載せていく。遠目から見えるメニューは、パンとスープ。それからサラダ。後は小さな魚料理だろうか。

「悪いな。俺は、あんまり贅沢を凝らした料理が好きじゃなくてな。……質素な料理だが」

 ニールが少し眉を下げながらそう言う。

 確かに、シャノンに出された昼食も、あまり豪華なものではなかった。……が、あれは捕虜に対する食事だからだと思っていた。でも、どうやらニールも普段から食事はこんな感じらしい。

「いえ、構わないわ。……っていうか、そもそも捕虜である時点で、食事は質素、もしくはなくて当然なのだけれど……」
「そりゃそうだな」

 シャノンの小さく呟いた独り言に、ニールが言葉をくれた。その言葉は、何故かシャノンの胸の中に染み渡っていくほどに、優しげだった。
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