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第2章
薄味の食事
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室内にある大きなテーブルに、ニールが手早く食事を並べていく。
食事のメニューはパンとスープ。あとはサラダという比較的質素なものだ。デザートなどはない。
「ほら、こっちに来い」
ニールはシャノンにそう命令してくる。が、シャノンが動かないことに気が付いてか、シャノンの方に近づき――その身体を、何のためらいもなく横抱きにする。
「ひゃぁっ!」
驚いて、シャノンの口から可愛らしい悲鳴が零れた。
その所為でシャノンが顔を赤くしていれば、ニールが「へぇ」と声を上げたのがわかった。
……何とも、いたたまれない。
そのままニールはシャノンをテーブルの前にある椅子に腰かけさせると、自身も椅子に腰かける。
けれど、その場所はシャノンの真正面ではなく――隣。肩と肩が触れ合いそうなほど近い距離に、ニールの顔がある。
(……本当に、見れば見るほどそっくり)
ニールの顔を横目でちらりと見つめつつ、シャノンはそう考えていた。
だが、そんなシャノンの様子を気に留めることもなく、ニールは食事を始めた。
きれいな仕草で食事を摂る彼は、どうやら相当育ちが良いらしい。
「……ほら、お前も食べろ」
しばらくして、ニールが端的にそう命じてくる。しかし、シャノンはゆるゆると首を横に振った。
「食欲、ないわ」
ニールのことだ。ここに毒を仕込んでいる可能性は限りなく低い。たかが数時間の付き合いではあるものの、ニールが今、シャノンを毒殺することはないだろうと判断したのだ。
「だから、いらない」
ゆるゆると首を横に振ってそう告げれば、ニールは何を思ったのだろうか、シャノンの頬を手で挟んでくる。
「食欲がなかろうが、しっかりと食え。……お前みたいな貧相な女は、好きじゃない」
「なっ」
誰もニールの好みなんて聞いていない。
心の中でそう思いつつシャノンが彼を睨みつければ、彼はなんてことない風にパンを千切り――シャノンの開いた口に押し込む。
「んぐ」
いきなりの行動に驚くものの、吐き出す勇気はなかった。そもそも、今のこの国の民たちは、食べるものにさえ困っているのだ。食べ物を粗末に扱うことなど、許されることではない。
ゆっくりと咀嚼し、シャノンはパンを呑み込む。パンの味は美味しかったが、どうにも味が薄いように感じられた。
「……食う気になったか?」
ニールが挑発的に笑いながら、シャノンにそう問いかけてくる。
確かに、パンを少し食べたからなのか、身体が空腹を主張し始めていた。……本当は、食べたかった。
「……あなたたちは、こんなにも贅沢な食事を摂っているのね」
けれど、それを誤魔化すかのようにシャノンはそんな言葉を口にする。
ニールが、微かに眉を上げたのがわかった。
「民たちは食べ物に困っているのに、あなたたちはこんなにも贅沢なものを食べているのね」
「……何が言いたい」
「いいえ、何でもないわ。気に入らないのなら、殺して頂戴」
目を瞑ってそう伝える。ニールは、何も言ってくれなかった。
「……別に、お前の言っていることは正しいからな。反論する気はない」
それからしばらくして、ニールが端的にそう告げてくる。
「民たちが食べ物に困っていることは、俺の耳にも入っているからな」
「……じゃあ、どうして、なにも……」
そんな質問、無駄なのに。彼らは、王国軍の人間たちにとって、民たちとはどうでもいい存在なのだから。
無意味な質問だと思いなおし、シャノンが唇を噛む。
「何も? 一つ言っておくが、俺が陛下に何か指図出来る立場だと思ったら、大間違いだぞ」
「……え?」
「俺が陛下に指図できるのは、戦い関連のことだけだ。何でもかんでもは、出来ないよ」
彼はそれだけの言葉を言い終えると、なんてことない風に食事を終えてしまう。
食器の上に残っている食事は、全部シャノンのものということなのだろう。
そのとき、不意にシャノンのお腹がぐぅ~っと鳴った。恥ずかしくて顔を赤くしていれば、ニールが声を上げて笑う。
「ははっ、腹減ってんじゃんか」
「……そ、それはっ!」
「……いいから、食え。……食べ物、無駄にしたいのか?」
そう言われたら、もう食べるほかなくて。
シャノンはパンを手に取って口に運ぶ。ふわふわなパンを食べたのは、一体いつぶりなのだろうか。
ニールが頬杖をついてシャノンを見つめていることも、シャノンにとってはもうどうでもよかった。
スープを口に運ぶ。その味は、やはりと言っていいのか薄味だった。
「……あと、今後のことを話してやる」
シャノンが食事をする中、ニールがそう声をかけてくる。そのため、シャノンは彼の声に耳を傾けた。
「お前は、今後俺が『監視』することになった。今日の午後、俺の屋敷に移ってもらう」
「……え?」
それは一体、どういうことなのだ。
「……脱走するとか、そういう無駄なことは『今は』考えるな。……いいな?」
思うことは、山のようにある。が、一番は。
どうして、彼は――。
(『今は』って、一体どういうこと――……?)
それではまるで、脱走するのに最適な時期があるとでも言いたげな口ぶりじゃないか。
心の中でそう思いつつ、シャノンはただ呆然とニールを見つめた。
食事のメニューはパンとスープ。あとはサラダという比較的質素なものだ。デザートなどはない。
「ほら、こっちに来い」
ニールはシャノンにそう命令してくる。が、シャノンが動かないことに気が付いてか、シャノンの方に近づき――その身体を、何のためらいもなく横抱きにする。
「ひゃぁっ!」
驚いて、シャノンの口から可愛らしい悲鳴が零れた。
その所為でシャノンが顔を赤くしていれば、ニールが「へぇ」と声を上げたのがわかった。
……何とも、いたたまれない。
そのままニールはシャノンをテーブルの前にある椅子に腰かけさせると、自身も椅子に腰かける。
けれど、その場所はシャノンの真正面ではなく――隣。肩と肩が触れ合いそうなほど近い距離に、ニールの顔がある。
(……本当に、見れば見るほどそっくり)
ニールの顔を横目でちらりと見つめつつ、シャノンはそう考えていた。
だが、そんなシャノンの様子を気に留めることもなく、ニールは食事を始めた。
きれいな仕草で食事を摂る彼は、どうやら相当育ちが良いらしい。
「……ほら、お前も食べろ」
しばらくして、ニールが端的にそう命じてくる。しかし、シャノンはゆるゆると首を横に振った。
「食欲、ないわ」
ニールのことだ。ここに毒を仕込んでいる可能性は限りなく低い。たかが数時間の付き合いではあるものの、ニールが今、シャノンを毒殺することはないだろうと判断したのだ。
「だから、いらない」
ゆるゆると首を横に振ってそう告げれば、ニールは何を思ったのだろうか、シャノンの頬を手で挟んでくる。
「食欲がなかろうが、しっかりと食え。……お前みたいな貧相な女は、好きじゃない」
「なっ」
誰もニールの好みなんて聞いていない。
心の中でそう思いつつシャノンが彼を睨みつければ、彼はなんてことない風にパンを千切り――シャノンの開いた口に押し込む。
「んぐ」
いきなりの行動に驚くものの、吐き出す勇気はなかった。そもそも、今のこの国の民たちは、食べるものにさえ困っているのだ。食べ物を粗末に扱うことなど、許されることではない。
ゆっくりと咀嚼し、シャノンはパンを呑み込む。パンの味は美味しかったが、どうにも味が薄いように感じられた。
「……食う気になったか?」
ニールが挑発的に笑いながら、シャノンにそう問いかけてくる。
確かに、パンを少し食べたからなのか、身体が空腹を主張し始めていた。……本当は、食べたかった。
「……あなたたちは、こんなにも贅沢な食事を摂っているのね」
けれど、それを誤魔化すかのようにシャノンはそんな言葉を口にする。
ニールが、微かに眉を上げたのがわかった。
「民たちは食べ物に困っているのに、あなたたちはこんなにも贅沢なものを食べているのね」
「……何が言いたい」
「いいえ、何でもないわ。気に入らないのなら、殺して頂戴」
目を瞑ってそう伝える。ニールは、何も言ってくれなかった。
「……別に、お前の言っていることは正しいからな。反論する気はない」
それからしばらくして、ニールが端的にそう告げてくる。
「民たちが食べ物に困っていることは、俺の耳にも入っているからな」
「……じゃあ、どうして、なにも……」
そんな質問、無駄なのに。彼らは、王国軍の人間たちにとって、民たちとはどうでもいい存在なのだから。
無意味な質問だと思いなおし、シャノンが唇を噛む。
「何も? 一つ言っておくが、俺が陛下に何か指図出来る立場だと思ったら、大間違いだぞ」
「……え?」
「俺が陛下に指図できるのは、戦い関連のことだけだ。何でもかんでもは、出来ないよ」
彼はそれだけの言葉を言い終えると、なんてことない風に食事を終えてしまう。
食器の上に残っている食事は、全部シャノンのものということなのだろう。
そのとき、不意にシャノンのお腹がぐぅ~っと鳴った。恥ずかしくて顔を赤くしていれば、ニールが声を上げて笑う。
「ははっ、腹減ってんじゃんか」
「……そ、それはっ!」
「……いいから、食え。……食べ物、無駄にしたいのか?」
そう言われたら、もう食べるほかなくて。
シャノンはパンを手に取って口に運ぶ。ふわふわなパンを食べたのは、一体いつぶりなのだろうか。
ニールが頬杖をついてシャノンを見つめていることも、シャノンにとってはもうどうでもよかった。
スープを口に運ぶ。その味は、やはりと言っていいのか薄味だった。
「……あと、今後のことを話してやる」
シャノンが食事をする中、ニールがそう声をかけてくる。そのため、シャノンは彼の声に耳を傾けた。
「お前は、今後俺が『監視』することになった。今日の午後、俺の屋敷に移ってもらう」
「……え?」
それは一体、どういうことなのだ。
「……脱走するとか、そういう無駄なことは『今は』考えるな。……いいな?」
思うことは、山のようにある。が、一番は。
どうして、彼は――。
(『今は』って、一体どういうこと――……?)
それではまるで、脱走するのに最適な時期があるとでも言いたげな口ぶりじゃないか。
心の中でそう思いつつ、シャノンはただ呆然とニールを見つめた。
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