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第1章
プロローグ
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剣と剣がぶつかるような甲高い音があたりに響く。
平和だった町は炎に包まれ、一気に戦場と化した。
それを実感しつつ、シャノン・マレットはその大きな橙色の目に確かな闘志を宿しながら、戦う。
ここジェフリー王国で革命が起こって約二年。当初は圧倒的に優勢だった王国軍も徐々に士気が下がり始めたのか、最近では大々的に革命軍を始末しようとする動きが減った。
その理由をシャノンは知らない。だって、知る意味もないから。
シャノンは戦うだけだ。昔のようにドレスをまとうわけでもなく、宝石に目を輝かせるわけでもない。動きやすい戦闘服に身を包み、剣を持つ。令嬢時代だったら考えられなかった姿に、シャノンは苦笑を浮かべた。
(これも、全部フェリクス殿下の無念を晴らすため――……!)
シャノンの初恋相手であるフェリクス・ジェフリー。五年前に不可解な死を遂げた男。
彼の胸を晴らすために、シャノンは戦う。今日も、明日も――この戦いが、終幕を迎えるまで。
シャノンがフェリクスと出逢ったのは、今から十年ほど前のことだ。当時のシャノンは伯爵令嬢であり、王族であるフェリクスとは社交の場で出逢った。
彼はきれいなさらりとしたエメラルド色の髪と、高貴な紫色の目を持つ美しき青年。王国内外問わず優秀な王子と有名だったフェリクスは、女性から大層モテた。
シャノンも彼を遠目から見ることは多かったが、特に彼に熱を上げることはなかった。
恋心を抱いたのは――それから数年経った頃。
その頃、シャノンは母を失った。父ジョナスはシャノンに「お前の母は殺されたんだ」と何度も何度も告げてきた。そして、ジョナスはその原因を『王家』だと突き止めた。
シャノンは王家を嫌った。当時の国王も、王太子も、もちろん――フェリクスも。
民たちを苦しめるだけの悪魔だと思った。
その日、シャノンは王城に向かった。ジョナスが王城に抗議に行ったのを連れ戻そうとしたのだ。
ジョナスは一人娘であるシャノンにはめっぽう甘く、シャノンのお願いは何でも叶えてくれた。そのため、執事に頼まれ数名の侍従を連れて王城にやってきたのだ。
けれど、王城を見ると心の中にもやもやとしたものが湧き上がってきてしまった。
(お母様は……)
この城に住む人間に、殺されたのか。そう思うとジョナスの気持ちもわかってしまって、シャノンは唇をかみしめることしか出来なかった。
(お母様、どうして、私たちを置いていってしまったの?)
王城にそう問いかけたところで、答えなんて帰ってこない。それは理解していた。でも、無意識のうちにポロリと涙が零れていく。
「……お母様っ」
ボソッとそう言葉を零すシャノンを、侍従たちは必死になだめた。やはり、ここに連れてくるべきではなかったと言い争いを始めるほどだ。
でも、そんなシャノンに声をかけたのは――ほかでもないフェリクスだった。
「……おい」
そう声をかけられて、シャノンは顔を上げた。そこには険しい表情をしたフェリクスが立っていた。彼はシャノンを何とも言えないような目で見つめてくる。その目が、シャノンの怒りを増幅させる。
「……フェリクス、殿下」
震える声で彼の名前を呼ぶ。すると、フェリクスは何を思ったのだろうか。シャノンの手を取った。
普通、未婚の女性に軽々しく触れてはいけないものである。だから、シャノンも戸惑った。
しかし、フェリクスは何も言わずにシャノンの手を取ると、自身の頬に当てる。
「王家に、恨みがあるんだろ?」
彼は直球にそう問いかけてきた。それに躊躇いつつもシャノンが頷けば、彼はただ一言「殴れ」と言葉をにする。
その言葉に、シャノンは目を丸くした。
「父上や兄上の行いは俺の責任でもある。……俺を殴ればいい」
ただ真剣にそう訴えかけられ、シャノンは戸惑った。普通、王族を殴れば不敬罪で牢獄行きだ。ジョナスだってシャノンが牢獄に連れていかれてしまえば、悲しむに決まっている。
「で、出来ません……」
震える声でそう言う。そうすれば、フェリクスは口元を緩める。
「そうか。……じゃあ、約束しよう」
彼が、シャノンの手を離す。離れていく手が、何故か寂しかった。
「俺が、この国をよくする。理不尽な王族どもを始末して、俺が必ずお前の――シャノン・マレット嬢の心を晴らしてやる」
どうしようもないほどの上から目線の言葉だった。
だけど――シャノンはその言葉に頷いてしまった。
それから、シャノンは度々彼と連絡を取り合うようになった。
初めに抱いていたのは感謝の気持ち。なのに、その気持ちは徐々に恋心へと変化し――彼が約束を果たしてくれるのを楽しみに待っていた……のに。
五年前のある日。フェリクスは死んだ。不可解な事故死だったそうだ。
それをジョナスに告げられたとき――シャノンは、もうどうしたらいいかがわからなかった。
その所為なのだろう――涙一つ、出なかったのだ。
ただ、胸の前でぎゅっと手を握って、心の中でフェリクスを呼ぶことしか出来なかった。
平和だった町は炎に包まれ、一気に戦場と化した。
それを実感しつつ、シャノン・マレットはその大きな橙色の目に確かな闘志を宿しながら、戦う。
ここジェフリー王国で革命が起こって約二年。当初は圧倒的に優勢だった王国軍も徐々に士気が下がり始めたのか、最近では大々的に革命軍を始末しようとする動きが減った。
その理由をシャノンは知らない。だって、知る意味もないから。
シャノンは戦うだけだ。昔のようにドレスをまとうわけでもなく、宝石に目を輝かせるわけでもない。動きやすい戦闘服に身を包み、剣を持つ。令嬢時代だったら考えられなかった姿に、シャノンは苦笑を浮かべた。
(これも、全部フェリクス殿下の無念を晴らすため――……!)
シャノンの初恋相手であるフェリクス・ジェフリー。五年前に不可解な死を遂げた男。
彼の胸を晴らすために、シャノンは戦う。今日も、明日も――この戦いが、終幕を迎えるまで。
シャノンがフェリクスと出逢ったのは、今から十年ほど前のことだ。当時のシャノンは伯爵令嬢であり、王族であるフェリクスとは社交の場で出逢った。
彼はきれいなさらりとしたエメラルド色の髪と、高貴な紫色の目を持つ美しき青年。王国内外問わず優秀な王子と有名だったフェリクスは、女性から大層モテた。
シャノンも彼を遠目から見ることは多かったが、特に彼に熱を上げることはなかった。
恋心を抱いたのは――それから数年経った頃。
その頃、シャノンは母を失った。父ジョナスはシャノンに「お前の母は殺されたんだ」と何度も何度も告げてきた。そして、ジョナスはその原因を『王家』だと突き止めた。
シャノンは王家を嫌った。当時の国王も、王太子も、もちろん――フェリクスも。
民たちを苦しめるだけの悪魔だと思った。
その日、シャノンは王城に向かった。ジョナスが王城に抗議に行ったのを連れ戻そうとしたのだ。
ジョナスは一人娘であるシャノンにはめっぽう甘く、シャノンのお願いは何でも叶えてくれた。そのため、執事に頼まれ数名の侍従を連れて王城にやってきたのだ。
けれど、王城を見ると心の中にもやもやとしたものが湧き上がってきてしまった。
(お母様は……)
この城に住む人間に、殺されたのか。そう思うとジョナスの気持ちもわかってしまって、シャノンは唇をかみしめることしか出来なかった。
(お母様、どうして、私たちを置いていってしまったの?)
王城にそう問いかけたところで、答えなんて帰ってこない。それは理解していた。でも、無意識のうちにポロリと涙が零れていく。
「……お母様っ」
ボソッとそう言葉を零すシャノンを、侍従たちは必死になだめた。やはり、ここに連れてくるべきではなかったと言い争いを始めるほどだ。
でも、そんなシャノンに声をかけたのは――ほかでもないフェリクスだった。
「……おい」
そう声をかけられて、シャノンは顔を上げた。そこには険しい表情をしたフェリクスが立っていた。彼はシャノンを何とも言えないような目で見つめてくる。その目が、シャノンの怒りを増幅させる。
「……フェリクス、殿下」
震える声で彼の名前を呼ぶ。すると、フェリクスは何を思ったのだろうか。シャノンの手を取った。
普通、未婚の女性に軽々しく触れてはいけないものである。だから、シャノンも戸惑った。
しかし、フェリクスは何も言わずにシャノンの手を取ると、自身の頬に当てる。
「王家に、恨みがあるんだろ?」
彼は直球にそう問いかけてきた。それに躊躇いつつもシャノンが頷けば、彼はただ一言「殴れ」と言葉をにする。
その言葉に、シャノンは目を丸くした。
「父上や兄上の行いは俺の責任でもある。……俺を殴ればいい」
ただ真剣にそう訴えかけられ、シャノンは戸惑った。普通、王族を殴れば不敬罪で牢獄行きだ。ジョナスだってシャノンが牢獄に連れていかれてしまえば、悲しむに決まっている。
「で、出来ません……」
震える声でそう言う。そうすれば、フェリクスは口元を緩める。
「そうか。……じゃあ、約束しよう」
彼が、シャノンの手を離す。離れていく手が、何故か寂しかった。
「俺が、この国をよくする。理不尽な王族どもを始末して、俺が必ずお前の――シャノン・マレット嬢の心を晴らしてやる」
どうしようもないほどの上から目線の言葉だった。
だけど――シャノンはその言葉に頷いてしまった。
それから、シャノンは度々彼と連絡を取り合うようになった。
初めに抱いていたのは感謝の気持ち。なのに、その気持ちは徐々に恋心へと変化し――彼が約束を果たしてくれるのを楽しみに待っていた……のに。
五年前のある日。フェリクスは死んだ。不可解な事故死だったそうだ。
それをジョナスに告げられたとき――シャノンは、もうどうしたらいいかがわからなかった。
その所為なのだろう――涙一つ、出なかったのだ。
ただ、胸の前でぎゅっと手を握って、心の中でフェリクスを呼ぶことしか出来なかった。
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