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第3章
③
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殿下の顔がくしゃりと歪んだ。今にも泣きだしそうな表情に、俺の心が軽く痛む。
「……ラードルフさんは、知っていますよね。昔の俺を」
「そうですね」
あのころの殿下は、いつもうつむいていた。
青の瞳に不安そうな色を宿し、全身から自信がないというオーラを出していた。
「あのころの俺は、全部嫌だったんです。兄たちと比べられ、劣等感の塊だった」
口調こそ懐かしむようだったが、双眸はすがるような色をしている。
腕を伸ばして、殿下が俺に抱き着く。
「でも、そんな俺をラードルフさんだけが見てくれたんですよ。俺のペースでいいって、言ってくれたんです」
……記憶にないなどと言ったら、怒られるだろうか?
「あなたにとっては他愛もないことで当然のことだったんでしょう。けど、俺はあなたの言葉で救われた」
「そんなのは」
「知っていますか? 人が恋に落ちる理由って案外単純でしょうもないことなんですよ」
確かに、そうかもしれない。世間一般でいう一目惚れなど、そうじゃないと成り立たない。
「話すことが得意じゃない俺の話も聞いてくれて、ほめてくれた。あのころの俺を唯一認めてくれた」
「それは過去のことでしかないでしょう」
「それでも、です。俺にはあなたしかいない。あなたがいないと、今の俺はいなかったんだから」
なにを返せばいいのかわからない。
殿下は俺に甘えるように身体をこすりつける。
あどけない少年の気持ちを奪ってしまったのかと思うと、申し訳ない気持ちもある。
ただ、それ以上に。俺は嬉しかった。
俺自身も愛せないあのころの俺を、殿下はしっかりと覚えているのだ。その事実が嬉しい。
「ラードルフさんは、俺のこと好きですか?」
青の双眸が俺を射抜いた。
息を呑んだ。あまりにも美しい瞳に、吸い込まれてしまいそうだったからだ。
「……好きにはならないと、言っているでしょう」
「ふふっ、嫌いじゃないだけ、いいや」
俺の胸に顔を押し付け、身体に腕を回す。ぎゅうっと抱きしめる殿下の腕は、あのころよりはたくましくて――でも、細かった。
気づいたら、俺も殿下の身体に腕を回していた。腕の中の小さな殿下が、ぴくりと身体を跳ねさせた。
「ラードルフさん――?」
「わからない」
自分でも自分の気持ちがわからない。
胸の中に生まれ、膨らんでいく感情の正式名称は一体なんだろうか。
「唯一わかるのは、殿下を放っておけないということでしょうか」
あのころよりもずっと大きくて、やはりまだ小さい殿下。
金髪をくしゃりと撫でると、嬉しそうに目を細めた。
「もっと、してください。あのころみたいに、ほめてください」
「……今の状態でどうほめろと」
「――それもそうですか」
殿下はあっさりと納得して、俺を見上げて笑った。俺も笑っていた。
思えば、閉じ込められて笑ったのははじめてかもしれない。いや、少し違う。
(ここ数年で、一番笑ったかもしれない。こんな気持ちになったのも、久々だ)
騎士団長の職を辞してから、こんな気持ちになったことがあっただろうか?
……俺の記憶にある限り、ないはずだ。
「ずっと一緒にいて。……俺のこと、捨てないで」
――あのころの俺が最善だと思ってした行動は、間違っていたのかもしれない。
後悔しても無駄だとわかっているが、そう思わずにはいられなかった。
「……ラードルフさんは、知っていますよね。昔の俺を」
「そうですね」
あのころの殿下は、いつもうつむいていた。
青の瞳に不安そうな色を宿し、全身から自信がないというオーラを出していた。
「あのころの俺は、全部嫌だったんです。兄たちと比べられ、劣等感の塊だった」
口調こそ懐かしむようだったが、双眸はすがるような色をしている。
腕を伸ばして、殿下が俺に抱き着く。
「でも、そんな俺をラードルフさんだけが見てくれたんですよ。俺のペースでいいって、言ってくれたんです」
……記憶にないなどと言ったら、怒られるだろうか?
「あなたにとっては他愛もないことで当然のことだったんでしょう。けど、俺はあなたの言葉で救われた」
「そんなのは」
「知っていますか? 人が恋に落ちる理由って案外単純でしょうもないことなんですよ」
確かに、そうかもしれない。世間一般でいう一目惚れなど、そうじゃないと成り立たない。
「話すことが得意じゃない俺の話も聞いてくれて、ほめてくれた。あのころの俺を唯一認めてくれた」
「それは過去のことでしかないでしょう」
「それでも、です。俺にはあなたしかいない。あなたがいないと、今の俺はいなかったんだから」
なにを返せばいいのかわからない。
殿下は俺に甘えるように身体をこすりつける。
あどけない少年の気持ちを奪ってしまったのかと思うと、申し訳ない気持ちもある。
ただ、それ以上に。俺は嬉しかった。
俺自身も愛せないあのころの俺を、殿下はしっかりと覚えているのだ。その事実が嬉しい。
「ラードルフさんは、俺のこと好きですか?」
青の双眸が俺を射抜いた。
息を呑んだ。あまりにも美しい瞳に、吸い込まれてしまいそうだったからだ。
「……好きにはならないと、言っているでしょう」
「ふふっ、嫌いじゃないだけ、いいや」
俺の胸に顔を押し付け、身体に腕を回す。ぎゅうっと抱きしめる殿下の腕は、あのころよりはたくましくて――でも、細かった。
気づいたら、俺も殿下の身体に腕を回していた。腕の中の小さな殿下が、ぴくりと身体を跳ねさせた。
「ラードルフさん――?」
「わからない」
自分でも自分の気持ちがわからない。
胸の中に生まれ、膨らんでいく感情の正式名称は一体なんだろうか。
「唯一わかるのは、殿下を放っておけないということでしょうか」
あのころよりもずっと大きくて、やはりまだ小さい殿下。
金髪をくしゃりと撫でると、嬉しそうに目を細めた。
「もっと、してください。あのころみたいに、ほめてください」
「……今の状態でどうほめろと」
「――それもそうですか」
殿下はあっさりと納得して、俺を見上げて笑った。俺も笑っていた。
思えば、閉じ込められて笑ったのははじめてかもしれない。いや、少し違う。
(ここ数年で、一番笑ったかもしれない。こんな気持ちになったのも、久々だ)
騎士団長の職を辞してから、こんな気持ちになったことがあっただろうか?
……俺の記憶にある限り、ないはずだ。
「ずっと一緒にいて。……俺のこと、捨てないで」
――あのころの俺が最善だと思ってした行動は、間違っていたのかもしれない。
後悔しても無駄だとわかっているが、そう思わずにはいられなかった。
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