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第2章
③
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血の付いた手のひらを俺の頬に押し付け、殿下が微笑む。
甘くてとろけそうな笑みだった。そのうえで、艶めかしい。男の美しさを称するのにこの言葉が適切なのかはわからないが。
「ねぇ、誓って? そうじゃないと俺はあなたにとってもひどいことをしなくちゃならなくなる」
細い眉が露骨に下がった。罪悪感を芽生えさせ、膨らませるような表情に俺は折れることしかできなかった。
歯を食いしばりつつ首を縦に振ると、殿下が「いい子」とつぶやく。これじゃあまるで子供扱いだ。
「じゃあ、こっちに来て。お話ししましょう」
殿下が俺の手を引いて、寝台のほうに連れていく。寝台に強引に腰かけさせ、殿下自身も俺の隣に腰掛ける。
「俺たちが離れていた時間は長いです。なので、その間にできた深い溝を埋めたく思っています」
「……深い溝?」
「えぇ、そうです。あなたは俺の問いかけに答えてください」
肩を抱き寄せられた。殿下の手は俺の後頭部に移動し、俺の顔を自身の胸に押し付ける。
「ふふっ、やっと捕まえた」
頭の上から降ってきた声は、明らかに歪みを孕んでいた。
「もう絶対に離してあげない。今後のあなたの人生は、俺のもの。そして、俺の人生もあなたのもの」
心底嬉しそうな声に確かな歪みを宿らせ、殿下が笑う。
一体どこで間違えたのだろうか。ぼうっとする頭が俺に問いかけた。
「じゃあ、質問しますね。ひとつ、どうして俺の前から消えたの?」
問いかけは淡々としている。
どう答えるのが正解だろうか。多分答えを間違えたら、俺は本当に閉じ込められるんだろう。
「俺に幻滅したから消えたんですか? それとも、俺のことが嫌いになったから?」
……そんな理由だったらどれだけ楽だっただろうか。
俺は殿下の指導係を辞めてからも、騎士団長を辞してからも。殿下のことを心配していた。
「別に大した理由はないです。騎士団長の職を辞し、王都から出て行ったのは俺が弱かったからですよ」
『あの一件』がなかったとしても、俺はいつかは王都を離れていた。誰にもなにも告げずに、ひっそりと姿を消していた。
「じゃあ、ふたつめ。――なんで、俺のことを捨てたの?」
「――は?」
「俺のことを拒絶したのはどうしてですか? 俺と結婚したくないのは、どうして?」
次々に問いかけをぶつけられた。問いかけをつむぐ殿下の視線は俺の胸を容赦なく抉るような、鋭利さを持っている。
「俺があなたを一番愛していると、自負している。俺の愛を受け入れることができないのは、どうして?」
「どうして、とは」
「俺の気持ちをあなたはわかってくれない。あなたの全部が俺は欲しいのに。同時に、俺の全部をあなたにもらってほしいのに」
もう、黙っていることしかできなかった。余計なことを口にして、殿下を怒らせるのは得策ではない。
視線を下げて口を閉ざした俺を見て、殿下も黙ってしまわれた。
俺たちの間に走る重い沈黙。二人ともなにも言わないまま、数分が経過して。
先に沈黙を破ったのは、殿下だった。殿下の手が俺のほうに伸びて、頬に添えられる。
「気持ちを通じ合わせたかったのは、俺の本心です」
殿下の言葉は悲痛な色を宿していた。けど、甘い顔を見せることは出来なくて、俺はまだ口を閉ざす。
「だけど、あなたがなにも言ってくれないなら、それは無理なんですよね。……残念です」
露骨にがっかりしたような声。もしも殿下がこれで俺に失望してくれたら――という期待は甘かった。
「気持ちが通じないなら、やっぱり当初の予定に戻りましょうか」
殿下の手が俺の肩をつかんで、寝台に強引に押し倒した。驚いて目がまたたく。
「やっと表情が動いてくれた。俺の行動で表情を動かすあなたは本当に愛おしい」
片手で俺の肩を押さえつけた殿下は、もう片方の手で自身のシャツのボタンを一つ外した。
「めちゃくちゃにして、俺に依存してもらう。俺の愛を一方的に注ぎ込んで、分からせてあげます」
甘くてとろけそうな笑みだった。そのうえで、艶めかしい。男の美しさを称するのにこの言葉が適切なのかはわからないが。
「ねぇ、誓って? そうじゃないと俺はあなたにとってもひどいことをしなくちゃならなくなる」
細い眉が露骨に下がった。罪悪感を芽生えさせ、膨らませるような表情に俺は折れることしかできなかった。
歯を食いしばりつつ首を縦に振ると、殿下が「いい子」とつぶやく。これじゃあまるで子供扱いだ。
「じゃあ、こっちに来て。お話ししましょう」
殿下が俺の手を引いて、寝台のほうに連れていく。寝台に強引に腰かけさせ、殿下自身も俺の隣に腰掛ける。
「俺たちが離れていた時間は長いです。なので、その間にできた深い溝を埋めたく思っています」
「……深い溝?」
「えぇ、そうです。あなたは俺の問いかけに答えてください」
肩を抱き寄せられた。殿下の手は俺の後頭部に移動し、俺の顔を自身の胸に押し付ける。
「ふふっ、やっと捕まえた」
頭の上から降ってきた声は、明らかに歪みを孕んでいた。
「もう絶対に離してあげない。今後のあなたの人生は、俺のもの。そして、俺の人生もあなたのもの」
心底嬉しそうな声に確かな歪みを宿らせ、殿下が笑う。
一体どこで間違えたのだろうか。ぼうっとする頭が俺に問いかけた。
「じゃあ、質問しますね。ひとつ、どうして俺の前から消えたの?」
問いかけは淡々としている。
どう答えるのが正解だろうか。多分答えを間違えたら、俺は本当に閉じ込められるんだろう。
「俺に幻滅したから消えたんですか? それとも、俺のことが嫌いになったから?」
……そんな理由だったらどれだけ楽だっただろうか。
俺は殿下の指導係を辞めてからも、騎士団長を辞してからも。殿下のことを心配していた。
「別に大した理由はないです。騎士団長の職を辞し、王都から出て行ったのは俺が弱かったからですよ」
『あの一件』がなかったとしても、俺はいつかは王都を離れていた。誰にもなにも告げずに、ひっそりと姿を消していた。
「じゃあ、ふたつめ。――なんで、俺のことを捨てたの?」
「――は?」
「俺のことを拒絶したのはどうしてですか? 俺と結婚したくないのは、どうして?」
次々に問いかけをぶつけられた。問いかけをつむぐ殿下の視線は俺の胸を容赦なく抉るような、鋭利さを持っている。
「俺があなたを一番愛していると、自負している。俺の愛を受け入れることができないのは、どうして?」
「どうして、とは」
「俺の気持ちをあなたはわかってくれない。あなたの全部が俺は欲しいのに。同時に、俺の全部をあなたにもらってほしいのに」
もう、黙っていることしかできなかった。余計なことを口にして、殿下を怒らせるのは得策ではない。
視線を下げて口を閉ざした俺を見て、殿下も黙ってしまわれた。
俺たちの間に走る重い沈黙。二人ともなにも言わないまま、数分が経過して。
先に沈黙を破ったのは、殿下だった。殿下の手が俺のほうに伸びて、頬に添えられる。
「気持ちを通じ合わせたかったのは、俺の本心です」
殿下の言葉は悲痛な色を宿していた。けど、甘い顔を見せることは出来なくて、俺はまだ口を閉ざす。
「だけど、あなたがなにも言ってくれないなら、それは無理なんですよね。……残念です」
露骨にがっかりしたような声。もしも殿下がこれで俺に失望してくれたら――という期待は甘かった。
「気持ちが通じないなら、やっぱり当初の予定に戻りましょうか」
殿下の手が俺の肩をつかんで、寝台に強引に押し倒した。驚いて目がまたたく。
「やっと表情が動いてくれた。俺の行動で表情を動かすあなたは本当に愛おしい」
片手で俺の肩を押さえつけた殿下は、もう片方の手で自身のシャツのボタンを一つ外した。
「めちゃくちゃにして、俺に依存してもらう。俺の愛を一方的に注ぎ込んで、分からせてあげます」
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