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第1章
⑤
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殿下の目には優しそうな色が浮かんでいた。けど、それだけじゃない。ほかの感情も浮かんでいる。
(嬉しさに愛おしさ。大切な存在に向ける視線。そして、なによりも――憎しみ)
深い深い憎しみの感情が、殿下の目には宿っていた。
「ラードルフさん」
ヴィクトール殿下が俺を呼ぶ。現実逃避に耽っていた思考がようやくこの場に戻ってきた。
「――俺のことが、嫌いですか?」
続けられた言葉に、俺はなんと返すのが正解だったのだろうか。
俺は殿下のことが嫌いではない。殿下のことは弟子のように思っていて、大切な弟分だった。
ただ、そうだ。殿下と一緒にいると、自分の未熟な部分を突きつけられてしまうような気もする。それもまた事実。
「嫌いではないですよ。俺はヴィクトール殿下のことを、大切な教え子だと思っています」
頭がふわふわとする。先ほどの赤ワインはアルコール度数が強かったのだろうか。
どこかほうっとする頭で殿下を見つめると、殿下が奥歯を噛んだのがわかった。
先ほどまでは奥の奥に押し込まれていた憎しみの感情が、今は前面に出ている。
「――あなたにとって、俺はその程度の存在ですか」
「その程度、とは?」
ヴィクトール殿下の言葉を繰り返すと、殿下が俺の手首を引っ張った。
踏ん張りが効かず、俺は殿下の胸にダイブするような形になってしまう。
(――は?)
戸惑って慌てて殿下から身体を離そうとするも、殿下の腕が俺の背中に回る。逃げることが出来なくなった。
「あなたにとって、俺は特別じゃない。俺はこんなにも苦しかったのに」
「……殿下?」
なんか、視界が歪んでいく。ひどい二日酔いのときのような頭痛もする。
「俺にはあなたしかいないのに。離れていて苦しくて、一日も忘れたことがなかったのに」
「で、ん」
「あなたにとって、俺は思い出すに値する人間じゃなかったってことですよね」
ただならぬ様子だった。反論しなくては――と思うのに、口が上手く動かなくなった。
周囲の喧騒がどんどん遠ざかっていく。意識がふわふわとして、頭がぐわんぐわんとする。
「だから、俺の前からいとも簡単に姿を消せたんだ」
その言葉にはおぞましいほどの負の感情がこもっていた。
「でも、もう離れる必要なんてない。ラードルフさんは俺のモノだし、俺はラードルフさんのモノですよ」
頭が上手く動いてくれない。殿下がなにを言っているのかさえ、理解できない。
「俺の前から姿を消すのは終わりですよ。――あなたは、俺の妻になるんですから」
耳元で囁かれた言葉に、一瞬だけ思考が戻ってきた。
(ヴィクトール殿下は、なにをおっしゃっているんだ――!)
俺が殿下の妻になれるわけがないじゃないか。十二も年齢が離れていて、なによりも俺は――男だ。
「で、んか」
「俺、ヴィクトール・エデル・アスタフェイは――ここにいるラードルフ・コーンバーグを妻にします」
静まり返った会場に殿下の宣言が響いた。ふざけるなって言いたかった。言えなかった。
(これは、なんの茶番なんだ――!)
周囲の戸惑うような声や悲鳴が遠のいていく。意識を保つことが出来なくなっていく。
「俺はあなたに永遠の愛を誓いますよ。もう、離れないで済むんです。ずっと、一緒」
俺の耳元で殿下が囁く。砂糖菓子でも溶かしたかのような甘さを孕んだ声。
「死ぬまで、ううん、死んでも一緒。あなたは魂まで俺に縛られるんですよ」
殿下が俺の背中に回した腕にぎゅっと力を込める。
それはまるで、子供が大切なおもちゃを取られまいと抱きしめているかのような。
無邪気な独占欲からくる行為。
ただし、殿下はもう子供じゃなくて、俺は――殿下のおもちゃではないだけだ――。
(嬉しさに愛おしさ。大切な存在に向ける視線。そして、なによりも――憎しみ)
深い深い憎しみの感情が、殿下の目には宿っていた。
「ラードルフさん」
ヴィクトール殿下が俺を呼ぶ。現実逃避に耽っていた思考がようやくこの場に戻ってきた。
「――俺のことが、嫌いですか?」
続けられた言葉に、俺はなんと返すのが正解だったのだろうか。
俺は殿下のことが嫌いではない。殿下のことは弟子のように思っていて、大切な弟分だった。
ただ、そうだ。殿下と一緒にいると、自分の未熟な部分を突きつけられてしまうような気もする。それもまた事実。
「嫌いではないですよ。俺はヴィクトール殿下のことを、大切な教え子だと思っています」
頭がふわふわとする。先ほどの赤ワインはアルコール度数が強かったのだろうか。
どこかほうっとする頭で殿下を見つめると、殿下が奥歯を噛んだのがわかった。
先ほどまでは奥の奥に押し込まれていた憎しみの感情が、今は前面に出ている。
「――あなたにとって、俺はその程度の存在ですか」
「その程度、とは?」
ヴィクトール殿下の言葉を繰り返すと、殿下が俺の手首を引っ張った。
踏ん張りが効かず、俺は殿下の胸にダイブするような形になってしまう。
(――は?)
戸惑って慌てて殿下から身体を離そうとするも、殿下の腕が俺の背中に回る。逃げることが出来なくなった。
「あなたにとって、俺は特別じゃない。俺はこんなにも苦しかったのに」
「……殿下?」
なんか、視界が歪んでいく。ひどい二日酔いのときのような頭痛もする。
「俺にはあなたしかいないのに。離れていて苦しくて、一日も忘れたことがなかったのに」
「で、ん」
「あなたにとって、俺は思い出すに値する人間じゃなかったってことですよね」
ただならぬ様子だった。反論しなくては――と思うのに、口が上手く動かなくなった。
周囲の喧騒がどんどん遠ざかっていく。意識がふわふわとして、頭がぐわんぐわんとする。
「だから、俺の前からいとも簡単に姿を消せたんだ」
その言葉にはおぞましいほどの負の感情がこもっていた。
「でも、もう離れる必要なんてない。ラードルフさんは俺のモノだし、俺はラードルフさんのモノですよ」
頭が上手く動いてくれない。殿下がなにを言っているのかさえ、理解できない。
「俺の前から姿を消すのは終わりですよ。――あなたは、俺の妻になるんですから」
耳元で囁かれた言葉に、一瞬だけ思考が戻ってきた。
(ヴィクトール殿下は、なにをおっしゃっているんだ――!)
俺が殿下の妻になれるわけがないじゃないか。十二も年齢が離れていて、なによりも俺は――男だ。
「で、んか」
「俺、ヴィクトール・エデル・アスタフェイは――ここにいるラードルフ・コーンバーグを妻にします」
静まり返った会場に殿下の宣言が響いた。ふざけるなって言いたかった。言えなかった。
(これは、なんの茶番なんだ――!)
周囲の戸惑うような声や悲鳴が遠のいていく。意識を保つことが出来なくなっていく。
「俺はあなたに永遠の愛を誓いますよ。もう、離れないで済むんです。ずっと、一緒」
俺の耳元で殿下が囁く。砂糖菓子でも溶かしたかのような甘さを孕んだ声。
「死ぬまで、ううん、死んでも一緒。あなたは魂まで俺に縛られるんですよ」
殿下が俺の背中に回した腕にぎゅっと力を込める。
それはまるで、子供が大切なおもちゃを取られまいと抱きしめているかのような。
無邪気な独占欲からくる行為。
ただし、殿下はもう子供じゃなくて、俺は――殿下のおもちゃではないだけだ――。
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