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第三章

帰りの馬車の中にて

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 次にマーガレットはクローヴィスに横抱きにされ、部屋を連れ出された。

 どうやらここはトマミュラー侯爵家の別邸の離れだったらしい。クローヴィス曰く、舞踏会にバルトルトが欠席していたことを怪しく思い、いろいろとジークハルトに探らせていたそうだ。……その結果、ここに行きついたと。

「俺を狙うのならば、まだ許せたんだけれど……マーガレットを狙ったから、もう許せないな」

 真剣な面持ちでクローヴィスはそう言うと、乗ってきた馬車にマーガレットを乗せる。その後、彼自身も馬車に乗り込んできた。

 クローヴィスの合図で馬車が音を立てて走り始める。カタカタと整備された道を走る馬車の音だけが聞こえる。

 そんな空間の中、マーガレットはそっと隣に腰掛けるクローヴィスに視線を向けた。彼は真剣な面持ちのまま外の景色を眺めていた。

「あ、あの、旦那様……?」

 ゆっくりと声をかければ、クローヴィスの視線がこちらに向く。なので、マーガレットは意を決したように「助けてくださって、ありがとうございました」と言って深々と頭を下げた。

「……礼なんて告げなくてもいいよ」
「いえ、本当に助かったと思っておりますから。……あのままですと、私は死ぬか穢されていたでしょうから」

 そっと目を伏せてそう言えば、彼はぎりりと歯を食いしばる。それから「マーガレット」と名前を呼んできた。その声には、何処となく怒りのような感情がこもっている。……一体、何だというのだろうか。

「ねぇ、マーガレット」
「……はい?」
「あの男に、何処を触られた?」

 クローヴィスの手がマーガレットの頬を撫でる。触れられたというほど、触れられた覚えはない。何故ならばそれよりも先に彼を押しのけたためだ。

 しかし、覆いかぶされたことを思いだし背筋がゾクゾクと震えてしまう。……思わず腕をこすれば、クローヴィスは何を思ったのか「相当、辛かったんだよね」と言ってくる。

「でも、大丈夫。……俺が付いているから」

 肩を抱き寄せられ、そう言われる。そうすれば、マーガレットの胸の奥がぽかぽかと温かくなるような感覚だった。

 そして、ポロリと一粒の涙がこぼれる。先ほどまで気を張っていて、涙など出なかった。けれど、どうやら気がほどけたらしい。

「だ、旦那様ぁ……!」

 彼の胸に顔を預けてそう言えば、クローヴィスはその手をマーガレットの背に回す。そのままとんとんと規則正しく優しくたたいてくれた。その感触に、マーガレットの心が落ち着く。

 なのに、涙腺は緩んでしまう。涙を零しながら、クローヴィスに縋りつく。

「……怖かったよね」
「……はぃ」
「ごめんね、危険な目に遭わせて」

 そのきれいな手がマーガレットの頬を挟み込む。そして、優しく唇に口づけられた。ちゅっと音を立てて口づけられて、マーガレットの頬にカーっと熱が溜まっていく。

「俺も油断しちゃった。……本当に、ごめんね」
「い、いえ……」
「今度は、屋敷の警護の方もしっかりとしておくよ。ジークハルトに頼むから」

 マーガレットのことを抱きしめながら、クローヴィスがそう告げてくる。そのため、マーガレットはこくんと首を縦に振った。

 基本的に屋敷の警護は魔法使いの仕事だ。ジークハルトほどの魔法使いが警護魔法をかけてくれれば、もう怖いことはないはずである。

 それからしばらくして、マーガレットの涙が引っ込んだ頃。

 クローヴィスはマーガレットの足首に残っている枷を見つめる。その視線の先に気が付いて、マーガレットは「……旦那様」と弱々しく声を上げた。

「媚薬の成分がこみあげるっていうことは……いろいろと面倒だよねぇ」
「……申し訳ございません」
「ううん、謝らなくてもいいよ。……俺が我慢できなかったら、ごめんね」

 その我慢できないという言葉の意味は、一体どういうこと――。

 そう思ってマーガレットが頭上に疑問符を浮かべていれば、馬車がゆっくりと止まる。どうやら、オルブルヒ公爵家にたどり着いたらしい。

「……マーガレット、おかえり」

 クローヴィスがおもむろにそう声をかけてくる。その声に胸をなでおろしながら、マーガレットは「……ただいま、帰りました」と言ってにっこりと笑う。

(とはいっても、まだこの後に面倒なことが残っているんだけれどね……)

 この足枷の問題がある。

 そう思いマーガレットは「ふぅ」っと息を吐いた。そんなマーガレットのことを見つめながら、クローヴィスは「……本当に、可愛らしいなぁ」と零す。それに、マーガレットは気が付かなかった。
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