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第三章
魔法って偉大ですね
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それからまたしばしの時間が過ぎた。
焦りの所為なのかマーガレットの額にはじりじりと汗がにじみ始める。
(どうしたらいいのよ……)
どれだけ必死に考えても、結論が出てこない。
ただ一つわかるのは――クローヴィスに助けに来てほしくないということだ。
(旦那様を巻き添えにするわけにはいかないもの。……どうか、私のことをあきらめて)
そう思いぎゅっと目を瞑る。そんなマーガレットを見つめ、バルトルトが楽しそうに笑う。その笑みがひどく不愉快なものであり、マーガレットは彼のことをきっとにらみつける。
「さぁて、お前の愛する男は助けに来てくれるかなぁ?」
まるで挑発するかのような声音でそう言われ、マーガレットは悔しさから下唇をかみしめた。足を動かせば枷から伸びた鎖がじゃらりと音を立てる。
クローヴィスに助けてほしい。いや、助けに来ないでほしい。
何にしろ、巻き添えにするわけにはいかないのだ。……ただ、一つ言えることは。
(最後に、旦那様のお顔が見たかったなぁ……)
バタンとあきらめたように寝台に倒れこめば、バルトルトが「お前は、死ぬ方を選ぶんだな」と言いながら部屋を出て行こうとする。が、最後に振り返ると「まぁ、せっかくだしな。一思いに死なせてやるよ」と言葉を告げてくる。
「死にたくないなぁ。……だけど、旦那様を巻き込むのはもっと嫌なのよ……」
そっと目を伏せてマーガレットはそう思う。
目を伏せればクローヴィスのいろいろな表情が脳内に思い浮かぶ。楽しそうな笑みも、無邪気な笑みも。何処となく艶っぽいような表情も。すべてがマーガレットの心を乱してきて仕方がない。
助けてなんて言いたくない。しかし、口は無意識のうちに言葉を紡いでしまう。
「――旦那様、助けて」
小さな声でそう言えば、遠くから二人分の駆けてくるような足音が聞こえてきた。それに驚いてマーガレットがハッと身を起こせば、部屋の外からバルトルトのうめき声が聞こえてきた。そして、扉が開くような音が連続して聞こえてくる。
「マーガレット!」
遠くからそう名前を呼ばれる。その声は間違えるわけがないクローヴィスのもの。そのため、マーガレットは後先考えずに叫んでしまう。
「私は、ここです!」
そう叫べば、マーガレットのいる部屋の扉が勢いよく開きクローヴィスが顔を見せた。彼は額に流れる汗をぬぐいながら、マーガレットに近づいてくる。その後……その身体を抱きしめてきた。
「マーガレット、よかった……」
彼はマーガレットの頬に指を這わせながらそう言ってくる。彼のその行動と態度に心が落ち着いていく。しかし、まだまだいろいろな問題がある。そう思いマーガレットはクローヴィスに「逃げてくださいっ!」と言って彼を拒絶しようとする。
「こ、この部屋、爆発するって……!」
必死に首を横に振ってそう言えば、後ろから「その心配はないかなぁ」と言う声が聞こえてきた。それに驚いてそちらに視線を向ければ、そこにはバルトルトの首根っこを掴むジークハルトがいた。彼はそのきれいなかんばせを歪めながら「僕が魔法で時を止めておいたから」と言う。
「……え?」
「ジークハルト、それには語弊がある」
ジークハルトの言葉にマーガレットが戸惑っていれば、クローヴィスがそんな言葉をくれた。対するジークハルトは肩をすくめながら「この部屋の時を、止めたんだよ」と言いながらやれやれと言った態度を取る。
「僕は天才だから、物質の時を止めることが出来るんだ。……だから、今のうちに逃げて」
にっこりと笑った彼はバルトルトを引きずって何処かに立ち去っていく。その姿を見つめ、マーガレットはクローヴィスのその目を見つめた。
「……旦那様」
「マーガレット、ごめんね。怖かったよね」
彼のその指がマーガレットの目元を優しく撫でる。たったそれだけ。それだけなのに――マーガレットの目からは涙がこぼれ出てしまう。が、今はそれどころではないと思いなおし、彼のことをまっすぐに見つめた。
「……その、この足枷には」
眉を下げてバルトルトから聞いたことを伝えようとすれば、クローヴィスはにっこりと笑う。その後「ちょっと乱暴だけれど、解決方法は考えてあるから」と言ってその鎖を手に取る。
「バルトルトは枷を外したらと言っていたでしょう? ……つまり、鎖を引きちぎればいい」
「……そ、そんなの」
「枷を外すのは屋敷についてからだ。……そこだったら、媚薬が発動しても問題ないでしょ?」
……確かにそれは間違いないが。
でも、鎖を引きちぎるなんてこと出来るのだろうか?
そんなことを思いマーガレットが頬を引きつらせていれば、クローヴィスは「これでも俺は魔法だって使えるんだ」と言いながらその鎖に手をかける。
そして――ぶちっという小気味よい音を立てて鎖が引きちぎれた。
「……ほらね」
「ほらって……」
自慢気に彼が笑うものだから、マーガレットはこれが普通のことなのかと思ってしまった。……全く、普通のことではないような気もするが。そこを気にする余裕などなかった。
焦りの所為なのかマーガレットの額にはじりじりと汗がにじみ始める。
(どうしたらいいのよ……)
どれだけ必死に考えても、結論が出てこない。
ただ一つわかるのは――クローヴィスに助けに来てほしくないということだ。
(旦那様を巻き添えにするわけにはいかないもの。……どうか、私のことをあきらめて)
そう思いぎゅっと目を瞑る。そんなマーガレットを見つめ、バルトルトが楽しそうに笑う。その笑みがひどく不愉快なものであり、マーガレットは彼のことをきっとにらみつける。
「さぁて、お前の愛する男は助けに来てくれるかなぁ?」
まるで挑発するかのような声音でそう言われ、マーガレットは悔しさから下唇をかみしめた。足を動かせば枷から伸びた鎖がじゃらりと音を立てる。
クローヴィスに助けてほしい。いや、助けに来ないでほしい。
何にしろ、巻き添えにするわけにはいかないのだ。……ただ、一つ言えることは。
(最後に、旦那様のお顔が見たかったなぁ……)
バタンとあきらめたように寝台に倒れこめば、バルトルトが「お前は、死ぬ方を選ぶんだな」と言いながら部屋を出て行こうとする。が、最後に振り返ると「まぁ、せっかくだしな。一思いに死なせてやるよ」と言葉を告げてくる。
「死にたくないなぁ。……だけど、旦那様を巻き込むのはもっと嫌なのよ……」
そっと目を伏せてマーガレットはそう思う。
目を伏せればクローヴィスのいろいろな表情が脳内に思い浮かぶ。楽しそうな笑みも、無邪気な笑みも。何処となく艶っぽいような表情も。すべてがマーガレットの心を乱してきて仕方がない。
助けてなんて言いたくない。しかし、口は無意識のうちに言葉を紡いでしまう。
「――旦那様、助けて」
小さな声でそう言えば、遠くから二人分の駆けてくるような足音が聞こえてきた。それに驚いてマーガレットがハッと身を起こせば、部屋の外からバルトルトのうめき声が聞こえてきた。そして、扉が開くような音が連続して聞こえてくる。
「マーガレット!」
遠くからそう名前を呼ばれる。その声は間違えるわけがないクローヴィスのもの。そのため、マーガレットは後先考えずに叫んでしまう。
「私は、ここです!」
そう叫べば、マーガレットのいる部屋の扉が勢いよく開きクローヴィスが顔を見せた。彼は額に流れる汗をぬぐいながら、マーガレットに近づいてくる。その後……その身体を抱きしめてきた。
「マーガレット、よかった……」
彼はマーガレットの頬に指を這わせながらそう言ってくる。彼のその行動と態度に心が落ち着いていく。しかし、まだまだいろいろな問題がある。そう思いマーガレットはクローヴィスに「逃げてくださいっ!」と言って彼を拒絶しようとする。
「こ、この部屋、爆発するって……!」
必死に首を横に振ってそう言えば、後ろから「その心配はないかなぁ」と言う声が聞こえてきた。それに驚いてそちらに視線を向ければ、そこにはバルトルトの首根っこを掴むジークハルトがいた。彼はそのきれいなかんばせを歪めながら「僕が魔法で時を止めておいたから」と言う。
「……え?」
「ジークハルト、それには語弊がある」
ジークハルトの言葉にマーガレットが戸惑っていれば、クローヴィスがそんな言葉をくれた。対するジークハルトは肩をすくめながら「この部屋の時を、止めたんだよ」と言いながらやれやれと言った態度を取る。
「僕は天才だから、物質の時を止めることが出来るんだ。……だから、今のうちに逃げて」
にっこりと笑った彼はバルトルトを引きずって何処かに立ち去っていく。その姿を見つめ、マーガレットはクローヴィスのその目を見つめた。
「……旦那様」
「マーガレット、ごめんね。怖かったよね」
彼のその指がマーガレットの目元を優しく撫でる。たったそれだけ。それだけなのに――マーガレットの目からは涙がこぼれ出てしまう。が、今はそれどころではないと思いなおし、彼のことをまっすぐに見つめた。
「……その、この足枷には」
眉を下げてバルトルトから聞いたことを伝えようとすれば、クローヴィスはにっこりと笑う。その後「ちょっと乱暴だけれど、解決方法は考えてあるから」と言ってその鎖を手に取る。
「バルトルトは枷を外したらと言っていたでしょう? ……つまり、鎖を引きちぎればいい」
「……そ、そんなの」
「枷を外すのは屋敷についてからだ。……そこだったら、媚薬が発動しても問題ないでしょ?」
……確かにそれは間違いないが。
でも、鎖を引きちぎるなんてこと出来るのだろうか?
そんなことを思いマーガレットが頬を引きつらせていれば、クローヴィスは「これでも俺は魔法だって使えるんだ」と言いながらその鎖に手をかける。
そして――ぶちっという小気味よい音を立てて鎖が引きちぎれた。
「……ほらね」
「ほらって……」
自慢気に彼が笑うものだから、マーガレットはこれが普通のことなのかと思ってしまった。……全く、普通のことではないような気もするが。そこを気にする余裕などなかった。
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