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第三章
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そして、トマミュラー侯爵家での舞踏会の当日。
マーガレットは夫婦の私室で着替えているクローヴィスのことを待っていた。
(私は行けないから、どうか無事にとお祈りすることしか出来ないわ)
心の中でそんなことを思いながら、マーガレットはジビレに出してもらった紅茶を口に運ぶ。
甘さ控えめの紅茶は心をとても落ち着けてくれる。それにほっと息を吐いていれば、部屋の扉がノックされた。
それに驚きながらも控えめに返事をすれば、扉が開き舞踏会用の衣装に身を包んだクローヴィスが顔を出す。
衣装は紺色を基調としており、煌びやかな装飾があちらこちらに施されている。それはまるでオルブルヒ公爵家の権力を存分に見せつけているかのようだ。
髪の毛はきれいに撫でつけられており、表情はきりっとした凛々しいもの。しかし、彼はマーガレットのことを見るとふんわりと笑ってくれる。
「マーガレット」
マーガレットの名前を呼ぶその声には隠し切れないほどの甘さがこもっている。それに心臓をとくんと鳴らしながらも、マーガレットはクローヴィスの元に駆け寄っていく。
「……俺は、大丈夫だからね」
にっこりと笑ってクローヴィスはそう言ってくれる。それは一緒に行けないマーガレットに心配をさせまいとするような声音だ。
だが、マーガレットからすればそれは逆に嫌だった。夫婦なのだから、不安だって共有したい。そう思いながら控えめに彼の手を取り、ぎゅっと握りしめる。
「私は、お屋敷からお祈りしております」
まるで戦場に行く兵士に接しているようだ。まぁ、それはあながち間違いではないのだろうが。
そう思いながらマーガレットはそっとクローヴィスに微笑む。すると、彼は「……ねぇ、口づけしてもいい?」と言ってくる。その手袋に包まれた指はマーガレットの頬に添えられており、どうやら拒否権はないらしい。
「……どうぞ」
そっと目を瞑ってそう返事をすれば、唇に触れるだけの口づけを施された。温かくて、落ち着く感触。それに幸福を感じていれば、彼はついばむような口づけを何度も何度も角度を変えて行ってくる。……こんなことをされたら、離れがたくなってしまうじゃないか。
「……旦那様」
うっすらと目を開けてクローヴィスを見据える。そうすれば、彼は「……離れたくないなぁ」と言いながら肩をすくめていた。
「マーガレットと、離れたくないなぁ」
今度ははっきりとそう告げてくる。その言葉が何処となく照れくさくて顔を背けていれば、クローヴィスは「もう一回、いい?」と問いかけてくる。
だからこそ、マーガレットはもう一度頷く。
「んんっ」
今度は、深い口づけだった。
舌を差し込まれ、頬の内側をつつかれる。舌の付け根を刺激されてしまえば、自然と彼に縋る格好になってしまう。
くちゅくちゅと水音が口元から聞こえ、マーガレットの身体は徐々に熱を持つ。……しかし、今から彼は舞踏会に行くのだと自分に言い聞かせ、身体の熱を鎮めようとした。が、上手くいかない。
「んんっ、だんな、さまぁ?」
離れていく唇に名残惜しさを感じながらも、マーガレットは視線だけでクローヴィスのことを見上げる。彼は何処となく色っぽいような表情をした後「はぁー」っと長く息を吐いていた。
「やっぱり、行きたくないなぁ……」
その後、ボソッとそう言葉を零す。
「マーガレットと離れたくないし、このままマーガレットを抱きつぶしたいのになぁ」
それから、彼はそんなどうしようもない言葉を零す。
確かにマーガレットも抱いてほしいという気持ちはある。だが、そうはいかない。そのため、「……行くと決められたのは、旦那様ですよね……」と肩をすくめながら言う。
「そうだけれどさぁ」
まるで駄々っ子のような表情を浮かべながらそう言うクローヴィスに対し、マーガレットは「……でも、私も離れたくないです」と告げて彼の衣装に縋る。
「私も、旦那様と愛し合いたい」
彼にだけ聞こえるような声量でそう言えば、彼は一瞬だけ目をぱちぱちと瞬かせる。けれど、どうやらその言葉の意味にすぐに気が付いたらしく、「……やっぱり、行くのやめようか」なんて真剣な面持ちで言ってくる。
「ですが、ドタキャンはジークハルト様のご迷惑になってしまいます」
正直なところ、マーガレットだって行ってほしくない。
でも、それではお供としてついてくるジークハルトの迷惑になってしまう。それがわかるからこそ首を横に振りながらそう言えば、彼は「そりゃそうだねぇ」と言いながら笑っていた。
そのままマーガレットの背に腕を回し「……マーガレットを抱きしめて、気を引き締めるよ」と言ってくる。……何とも恥ずかしいセリフだ。
「……旦那様」
「マーガレット、好きだよ」
その言葉はまるで――最後の別れみたいじゃないか。
そう思う所為なのだろうか。マーガレットの胸中には嫌な予感がこれでもかと言うほど駆け巡る。
どうか、これが杞憂で済みますように。今は、そう願うことしか出来ない。それしか、マーガレットにはできない。
マーガレットは夫婦の私室で着替えているクローヴィスのことを待っていた。
(私は行けないから、どうか無事にとお祈りすることしか出来ないわ)
心の中でそんなことを思いながら、マーガレットはジビレに出してもらった紅茶を口に運ぶ。
甘さ控えめの紅茶は心をとても落ち着けてくれる。それにほっと息を吐いていれば、部屋の扉がノックされた。
それに驚きながらも控えめに返事をすれば、扉が開き舞踏会用の衣装に身を包んだクローヴィスが顔を出す。
衣装は紺色を基調としており、煌びやかな装飾があちらこちらに施されている。それはまるでオルブルヒ公爵家の権力を存分に見せつけているかのようだ。
髪の毛はきれいに撫でつけられており、表情はきりっとした凛々しいもの。しかし、彼はマーガレットのことを見るとふんわりと笑ってくれる。
「マーガレット」
マーガレットの名前を呼ぶその声には隠し切れないほどの甘さがこもっている。それに心臓をとくんと鳴らしながらも、マーガレットはクローヴィスの元に駆け寄っていく。
「……俺は、大丈夫だからね」
にっこりと笑ってクローヴィスはそう言ってくれる。それは一緒に行けないマーガレットに心配をさせまいとするような声音だ。
だが、マーガレットからすればそれは逆に嫌だった。夫婦なのだから、不安だって共有したい。そう思いながら控えめに彼の手を取り、ぎゅっと握りしめる。
「私は、お屋敷からお祈りしております」
まるで戦場に行く兵士に接しているようだ。まぁ、それはあながち間違いではないのだろうが。
そう思いながらマーガレットはそっとクローヴィスに微笑む。すると、彼は「……ねぇ、口づけしてもいい?」と言ってくる。その手袋に包まれた指はマーガレットの頬に添えられており、どうやら拒否権はないらしい。
「……どうぞ」
そっと目を瞑ってそう返事をすれば、唇に触れるだけの口づけを施された。温かくて、落ち着く感触。それに幸福を感じていれば、彼はついばむような口づけを何度も何度も角度を変えて行ってくる。……こんなことをされたら、離れがたくなってしまうじゃないか。
「……旦那様」
うっすらと目を開けてクローヴィスを見据える。そうすれば、彼は「……離れたくないなぁ」と言いながら肩をすくめていた。
「マーガレットと、離れたくないなぁ」
今度ははっきりとそう告げてくる。その言葉が何処となく照れくさくて顔を背けていれば、クローヴィスは「もう一回、いい?」と問いかけてくる。
だからこそ、マーガレットはもう一度頷く。
「んんっ」
今度は、深い口づけだった。
舌を差し込まれ、頬の内側をつつかれる。舌の付け根を刺激されてしまえば、自然と彼に縋る格好になってしまう。
くちゅくちゅと水音が口元から聞こえ、マーガレットの身体は徐々に熱を持つ。……しかし、今から彼は舞踏会に行くのだと自分に言い聞かせ、身体の熱を鎮めようとした。が、上手くいかない。
「んんっ、だんな、さまぁ?」
離れていく唇に名残惜しさを感じながらも、マーガレットは視線だけでクローヴィスのことを見上げる。彼は何処となく色っぽいような表情をした後「はぁー」っと長く息を吐いていた。
「やっぱり、行きたくないなぁ……」
その後、ボソッとそう言葉を零す。
「マーガレットと離れたくないし、このままマーガレットを抱きつぶしたいのになぁ」
それから、彼はそんなどうしようもない言葉を零す。
確かにマーガレットも抱いてほしいという気持ちはある。だが、そうはいかない。そのため、「……行くと決められたのは、旦那様ですよね……」と肩をすくめながら言う。
「そうだけれどさぁ」
まるで駄々っ子のような表情を浮かべながらそう言うクローヴィスに対し、マーガレットは「……でも、私も離れたくないです」と告げて彼の衣装に縋る。
「私も、旦那様と愛し合いたい」
彼にだけ聞こえるような声量でそう言えば、彼は一瞬だけ目をぱちぱちと瞬かせる。けれど、どうやらその言葉の意味にすぐに気が付いたらしく、「……やっぱり、行くのやめようか」なんて真剣な面持ちで言ってくる。
「ですが、ドタキャンはジークハルト様のご迷惑になってしまいます」
正直なところ、マーガレットだって行ってほしくない。
でも、それではお供としてついてくるジークハルトの迷惑になってしまう。それがわかるからこそ首を横に振りながらそう言えば、彼は「そりゃそうだねぇ」と言いながら笑っていた。
そのままマーガレットの背に腕を回し「……マーガレットを抱きしめて、気を引き締めるよ」と言ってくる。……何とも恥ずかしいセリフだ。
「……旦那様」
「マーガレット、好きだよ」
その言葉はまるで――最後の別れみたいじゃないか。
そう思う所為なのだろうか。マーガレットの胸中には嫌な予感がこれでもかと言うほど駆け巡る。
どうか、これが杞憂で済みますように。今は、そう願うことしか出来ない。それしか、マーガレットにはできない。
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