42 / 52
第三章
見送り
しおりを挟む
そして、トマミュラー侯爵家での舞踏会の当日。
マーガレットは夫婦の私室で着替えているクローヴィスのことを待っていた。
(私は行けないから、どうか無事にとお祈りすることしか出来ないわ)
心の中でそんなことを思いながら、マーガレットはジビレに出してもらった紅茶を口に運ぶ。
甘さ控えめの紅茶は心をとても落ち着けてくれる。それにほっと息を吐いていれば、部屋の扉がノックされた。
それに驚きながらも控えめに返事をすれば、扉が開き舞踏会用の衣装に身を包んだクローヴィスが顔を出す。
衣装は紺色を基調としており、煌びやかな装飾があちらこちらに施されている。それはまるでオルブルヒ公爵家の権力を存分に見せつけているかのようだ。
髪の毛はきれいに撫でつけられており、表情はきりっとした凛々しいもの。しかし、彼はマーガレットのことを見るとふんわりと笑ってくれる。
「マーガレット」
マーガレットの名前を呼ぶその声には隠し切れないほどの甘さがこもっている。それに心臓をとくんと鳴らしながらも、マーガレットはクローヴィスの元に駆け寄っていく。
「……俺は、大丈夫だからね」
にっこりと笑ってクローヴィスはそう言ってくれる。それは一緒に行けないマーガレットに心配をさせまいとするような声音だ。
だが、マーガレットからすればそれは逆に嫌だった。夫婦なのだから、不安だって共有したい。そう思いながら控えめに彼の手を取り、ぎゅっと握りしめる。
「私は、お屋敷からお祈りしております」
まるで戦場に行く兵士に接しているようだ。まぁ、それはあながち間違いではないのだろうが。
そう思いながらマーガレットはそっとクローヴィスに微笑む。すると、彼は「……ねぇ、口づけしてもいい?」と言ってくる。その手袋に包まれた指はマーガレットの頬に添えられており、どうやら拒否権はないらしい。
「……どうぞ」
そっと目を瞑ってそう返事をすれば、唇に触れるだけの口づけを施された。温かくて、落ち着く感触。それに幸福を感じていれば、彼はついばむような口づけを何度も何度も角度を変えて行ってくる。……こんなことをされたら、離れがたくなってしまうじゃないか。
「……旦那様」
うっすらと目を開けてクローヴィスを見据える。そうすれば、彼は「……離れたくないなぁ」と言いながら肩をすくめていた。
「マーガレットと、離れたくないなぁ」
今度ははっきりとそう告げてくる。その言葉が何処となく照れくさくて顔を背けていれば、クローヴィスは「もう一回、いい?」と問いかけてくる。
だからこそ、マーガレットはもう一度頷く。
「んんっ」
今度は、深い口づけだった。
舌を差し込まれ、頬の内側をつつかれる。舌の付け根を刺激されてしまえば、自然と彼に縋る格好になってしまう。
くちゅくちゅと水音が口元から聞こえ、マーガレットの身体は徐々に熱を持つ。……しかし、今から彼は舞踏会に行くのだと自分に言い聞かせ、身体の熱を鎮めようとした。が、上手くいかない。
「んんっ、だんな、さまぁ?」
離れていく唇に名残惜しさを感じながらも、マーガレットは視線だけでクローヴィスのことを見上げる。彼は何処となく色っぽいような表情をした後「はぁー」っと長く息を吐いていた。
「やっぱり、行きたくないなぁ……」
その後、ボソッとそう言葉を零す。
「マーガレットと離れたくないし、このままマーガレットを抱きつぶしたいのになぁ」
それから、彼はそんなどうしようもない言葉を零す。
確かにマーガレットも抱いてほしいという気持ちはある。だが、そうはいかない。そのため、「……行くと決められたのは、旦那様ですよね……」と肩をすくめながら言う。
「そうだけれどさぁ」
まるで駄々っ子のような表情を浮かべながらそう言うクローヴィスに対し、マーガレットは「……でも、私も離れたくないです」と告げて彼の衣装に縋る。
「私も、旦那様と愛し合いたい」
彼にだけ聞こえるような声量でそう言えば、彼は一瞬だけ目をぱちぱちと瞬かせる。けれど、どうやらその言葉の意味にすぐに気が付いたらしく、「……やっぱり、行くのやめようか」なんて真剣な面持ちで言ってくる。
「ですが、ドタキャンはジークハルト様のご迷惑になってしまいます」
正直なところ、マーガレットだって行ってほしくない。
でも、それではお供としてついてくるジークハルトの迷惑になってしまう。それがわかるからこそ首を横に振りながらそう言えば、彼は「そりゃそうだねぇ」と言いながら笑っていた。
そのままマーガレットの背に腕を回し「……マーガレットを抱きしめて、気を引き締めるよ」と言ってくる。……何とも恥ずかしいセリフだ。
「……旦那様」
「マーガレット、好きだよ」
その言葉はまるで――最後の別れみたいじゃないか。
そう思う所為なのだろうか。マーガレットの胸中には嫌な予感がこれでもかと言うほど駆け巡る。
どうか、これが杞憂で済みますように。今は、そう願うことしか出来ない。それしか、マーガレットにはできない。
マーガレットは夫婦の私室で着替えているクローヴィスのことを待っていた。
(私は行けないから、どうか無事にとお祈りすることしか出来ないわ)
心の中でそんなことを思いながら、マーガレットはジビレに出してもらった紅茶を口に運ぶ。
甘さ控えめの紅茶は心をとても落ち着けてくれる。それにほっと息を吐いていれば、部屋の扉がノックされた。
それに驚きながらも控えめに返事をすれば、扉が開き舞踏会用の衣装に身を包んだクローヴィスが顔を出す。
衣装は紺色を基調としており、煌びやかな装飾があちらこちらに施されている。それはまるでオルブルヒ公爵家の権力を存分に見せつけているかのようだ。
髪の毛はきれいに撫でつけられており、表情はきりっとした凛々しいもの。しかし、彼はマーガレットのことを見るとふんわりと笑ってくれる。
「マーガレット」
マーガレットの名前を呼ぶその声には隠し切れないほどの甘さがこもっている。それに心臓をとくんと鳴らしながらも、マーガレットはクローヴィスの元に駆け寄っていく。
「……俺は、大丈夫だからね」
にっこりと笑ってクローヴィスはそう言ってくれる。それは一緒に行けないマーガレットに心配をさせまいとするような声音だ。
だが、マーガレットからすればそれは逆に嫌だった。夫婦なのだから、不安だって共有したい。そう思いながら控えめに彼の手を取り、ぎゅっと握りしめる。
「私は、お屋敷からお祈りしております」
まるで戦場に行く兵士に接しているようだ。まぁ、それはあながち間違いではないのだろうが。
そう思いながらマーガレットはそっとクローヴィスに微笑む。すると、彼は「……ねぇ、口づけしてもいい?」と言ってくる。その手袋に包まれた指はマーガレットの頬に添えられており、どうやら拒否権はないらしい。
「……どうぞ」
そっと目を瞑ってそう返事をすれば、唇に触れるだけの口づけを施された。温かくて、落ち着く感触。それに幸福を感じていれば、彼はついばむような口づけを何度も何度も角度を変えて行ってくる。……こんなことをされたら、離れがたくなってしまうじゃないか。
「……旦那様」
うっすらと目を開けてクローヴィスを見据える。そうすれば、彼は「……離れたくないなぁ」と言いながら肩をすくめていた。
「マーガレットと、離れたくないなぁ」
今度ははっきりとそう告げてくる。その言葉が何処となく照れくさくて顔を背けていれば、クローヴィスは「もう一回、いい?」と問いかけてくる。
だからこそ、マーガレットはもう一度頷く。
「んんっ」
今度は、深い口づけだった。
舌を差し込まれ、頬の内側をつつかれる。舌の付け根を刺激されてしまえば、自然と彼に縋る格好になってしまう。
くちゅくちゅと水音が口元から聞こえ、マーガレットの身体は徐々に熱を持つ。……しかし、今から彼は舞踏会に行くのだと自分に言い聞かせ、身体の熱を鎮めようとした。が、上手くいかない。
「んんっ、だんな、さまぁ?」
離れていく唇に名残惜しさを感じながらも、マーガレットは視線だけでクローヴィスのことを見上げる。彼は何処となく色っぽいような表情をした後「はぁー」っと長く息を吐いていた。
「やっぱり、行きたくないなぁ……」
その後、ボソッとそう言葉を零す。
「マーガレットと離れたくないし、このままマーガレットを抱きつぶしたいのになぁ」
それから、彼はそんなどうしようもない言葉を零す。
確かにマーガレットも抱いてほしいという気持ちはある。だが、そうはいかない。そのため、「……行くと決められたのは、旦那様ですよね……」と肩をすくめながら言う。
「そうだけれどさぁ」
まるで駄々っ子のような表情を浮かべながらそう言うクローヴィスに対し、マーガレットは「……でも、私も離れたくないです」と告げて彼の衣装に縋る。
「私も、旦那様と愛し合いたい」
彼にだけ聞こえるような声量でそう言えば、彼は一瞬だけ目をぱちぱちと瞬かせる。けれど、どうやらその言葉の意味にすぐに気が付いたらしく、「……やっぱり、行くのやめようか」なんて真剣な面持ちで言ってくる。
「ですが、ドタキャンはジークハルト様のご迷惑になってしまいます」
正直なところ、マーガレットだって行ってほしくない。
でも、それではお供としてついてくるジークハルトの迷惑になってしまう。それがわかるからこそ首を横に振りながらそう言えば、彼は「そりゃそうだねぇ」と言いながら笑っていた。
そのままマーガレットの背に腕を回し「……マーガレットを抱きしめて、気を引き締めるよ」と言ってくる。……何とも恥ずかしいセリフだ。
「……旦那様」
「マーガレット、好きだよ」
その言葉はまるで――最後の別れみたいじゃないか。
そう思う所為なのだろうか。マーガレットの胸中には嫌な予感がこれでもかと言うほど駆け巡る。
どうか、これが杞憂で済みますように。今は、そう願うことしか出来ない。それしか、マーガレットにはできない。
10
お気に入りに追加
2,541
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】レスだった私が異世界で美形な夫達と甘い日々を過ごす事になるなんて思わなかった
むい
恋愛
魔法のある世界に転移した割に特に冒険も事件もバトルもない引きこもり型エロライフ。
✳✳✳
夫に愛されず女としても見てもらえず子供もなく、寂しい結婚生活を送っていた璃子は、ある日酷い目眩を覚え意識を失う。
目覚めた場所は小さな泉の辺り。
転移して若返った?!と思いきやなんだか微妙に違うような…。まるで自分に似せた入れ物に自分の意識が入ってるみたい。
何故ここにいるかも分からないまま初対面の男性に会って5分で求婚されあれよあれよと結婚する事に?!
だいたいエロしかない異世界専業主婦ライフ。
本編完結済み。たまに番外編投稿します。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。ユリウスに一目で恋に落ちたマリナは彼の幸せを願い、ゲームとは全く違う行動をとることにした。するとマリナが思っていたのとは違う展開になってしまった。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
隠された王女~王太子の溺愛と騎士からの執愛~
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
グルブランソン国ヘドマン辺境伯の娘であるアルベティーナ。幼い頃から私兵団の訓練に紛れ込んでいた彼女は、王国騎士団の女性騎士に抜擢される。だが、なぜかグルブランソン国の王太子が彼女を婚約者候補にと指名した。婚約者候補から外れたいアルベティーナは、騎士団団長であるルドルフに純潔をもらってくれと言い出す。王族に嫁ぐには処女性が求められるため、それを失えば婚約者候補から外れるだろうと安易に考えたのだ。ルドルフとは何度か仕事を一緒にこなしているため、アルベティーナが家族以外に心を許せる唯一の男性だったのだが――
抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。
そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!?
貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる