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第三章
行動で示す
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「……嬉しかった、です」
だからこそ、マーガレットはそう伝える。すると、クローヴィスは「……あんまりいい話じゃないでしょう?」と言ってくる。
けれど、マーガレットからすれば長年の疑問がほどけたような感覚だった。
どうして彼ほどの人間が契約上の妻を求めていたのか。どうして、彼があの時媚薬に犯されてしまっていたのか。
様々な疑問が一斉にほどけ、マーガレットはそっと息を吐いた。
「私、旦那様のことが知れて嬉しかった。……話してくださって、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて礼を告げれば、クローヴィスは大きく目を見開いた。しかし、すぐにその目を嬉しそうに細める。
「マーガレットにそう言ってもらえて、よかった」
その後、ふぅっと息を吐きながらそう言葉を零す。
どうやら、彼は本気で不安だったらしい。それが伝わってくるからこそ、マーガレットの心臓がとくんと音を鳴らす。
彼は自分の身に危険が及ばないようにと配慮をしてくれていた。それが、わかる。
「でも、だからこそ。トマミュラー侯爵家に行くときは気をつけないといけない」
だが、彼はすぐに真剣な面持ちになるとマーガレットにそう言ってくる。……ジークハルトはトマミュラー侯爵家で舞踏会が開かれると言っていた。
もしかしたらだが、クローヴィスは危険を承知のうえでそこに行くのかもしれない。そんな想像をして、マーガレットはぞっと青ざめてしまう。
「旦那様……舞踏会には、行かれるのですか?」
クローヴィスからすればいわば敵地だろう。そんなのこのこと敵地に単身で乗り込んでいくのは……と思う気持ちがマーガレットにはある。
が、クローヴィスは「そうだね、行くよ」と言いながら首を縦に振った。
「行かないと、逃げたと思われちゃうから」
その気持ちはマーガレットにはわからない。多分だが、男性のプライドとかそういうことに関わることなのだろう。
(……ならば、私が出来ることは)
少なくとも、クローヴィスの邪魔にならないことだ。彼が行くと決めた以上、止めることは得策ではない。ただ、笑顔で彼を送り出す。送り出すことなのだが――……。
(無理よっ! 旦那様が危険に晒されるかもとわかっていて、のこのこと送り出すことなんて出来ないわ……)
たとえジークハルトが側に居てくれたとしても、クローヴィスの身に何か危険が襲い掛かるかもと思うと、冷静ではいられない。それに、舞踏会と言うことはパートナー同伴だろう。……クローヴィスがほかの女性と腕を組んで歩く姿も、想像したくない。
「旦那様、でしたらっ!」
「マーガレット?」
「私のことも、連れて行ってくださいませんか?」
クローヴィスの腕に控えめにしがみつきながら、マーガレットは自然とそう言っていた。
そうすれば、クローヴィスは「無理だ」と言いながら首を横にゆるゆると振る。
「マーガレットを危険に晒すことなんて出来ない。それに、相手だって貴族だ。そんな表立った攻撃はしてこない」
確かにその言葉は正しいかもしれない。でも、もしもまた、クローヴィスに媚薬が盛られてしまったら――。
(いいえ、それだけじゃないわ。アンジェリカ様がどういう風に旦那様を手籠めにしようとするか……)
そんな想像をするだけで身体から血の気が引いていくような感覚だった。
そんなマーガレットのことを見つめながら、クローヴィスは「大丈夫だって」と言いながら笑いかけてくれる。しかし、その笑みも何処か痛々しい。
「俺は絶対に大丈夫。だから、マーガレットは安心して屋敷で待っていて。……それに、ジークハルトだっているわけだし」
「……そう、ですか」
ここまで言われたら、引くしかない。そう判断しマーガレットが視線を下に向ければ、彼はおもむろに「けれど、心配してくれているんだよね。ありがとう」と言ってくれた。
「マーガレットみたいな可愛らしくて優しい奥さんに心配されて、俺は幸せ者だな」
「……そんな」
ニコニコと笑いながらクローヴィスはそう伝えてくる。まっすぐに愛を伝えてくれる彼は、マーガレットからすればとてもまぶしい存在だ。……自分も、たまには彼に愛の言葉を告げた方が良いの……かもしれない。そう思っても、素直になどなれないのだが。
「……旦那様」
ならば、行動で示すしかない。そう思いマーガレットはクローヴィスの腕を引き寄せて――その唇に触れるだけの口づけを施した。
「――っつ!」
クローヴィスが驚いているのがよく分かる。まさか、彼もマーガレットがここまで積極的になるとは思わなかったのだろう。
「絶対に、無事でいてくださいませ。……少なくとも、私以外に、その……」
最後の方はうまく言葉にならなくて、しぼんでいく。でも、彼にはそれで十分だったらしい。にっこりと笑うと「俺が愛するのはマーガレットだけだ」と言ってくれた。
その言葉は、マーガレットの心にしみわたっていった。
だからこそ、マーガレットはそう伝える。すると、クローヴィスは「……あんまりいい話じゃないでしょう?」と言ってくる。
けれど、マーガレットからすれば長年の疑問がほどけたような感覚だった。
どうして彼ほどの人間が契約上の妻を求めていたのか。どうして、彼があの時媚薬に犯されてしまっていたのか。
様々な疑問が一斉にほどけ、マーガレットはそっと息を吐いた。
「私、旦那様のことが知れて嬉しかった。……話してくださって、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて礼を告げれば、クローヴィスは大きく目を見開いた。しかし、すぐにその目を嬉しそうに細める。
「マーガレットにそう言ってもらえて、よかった」
その後、ふぅっと息を吐きながらそう言葉を零す。
どうやら、彼は本気で不安だったらしい。それが伝わってくるからこそ、マーガレットの心臓がとくんと音を鳴らす。
彼は自分の身に危険が及ばないようにと配慮をしてくれていた。それが、わかる。
「でも、だからこそ。トマミュラー侯爵家に行くときは気をつけないといけない」
だが、彼はすぐに真剣な面持ちになるとマーガレットにそう言ってくる。……ジークハルトはトマミュラー侯爵家で舞踏会が開かれると言っていた。
もしかしたらだが、クローヴィスは危険を承知のうえでそこに行くのかもしれない。そんな想像をして、マーガレットはぞっと青ざめてしまう。
「旦那様……舞踏会には、行かれるのですか?」
クローヴィスからすればいわば敵地だろう。そんなのこのこと敵地に単身で乗り込んでいくのは……と思う気持ちがマーガレットにはある。
が、クローヴィスは「そうだね、行くよ」と言いながら首を縦に振った。
「行かないと、逃げたと思われちゃうから」
その気持ちはマーガレットにはわからない。多分だが、男性のプライドとかそういうことに関わることなのだろう。
(……ならば、私が出来ることは)
少なくとも、クローヴィスの邪魔にならないことだ。彼が行くと決めた以上、止めることは得策ではない。ただ、笑顔で彼を送り出す。送り出すことなのだが――……。
(無理よっ! 旦那様が危険に晒されるかもとわかっていて、のこのこと送り出すことなんて出来ないわ……)
たとえジークハルトが側に居てくれたとしても、クローヴィスの身に何か危険が襲い掛かるかもと思うと、冷静ではいられない。それに、舞踏会と言うことはパートナー同伴だろう。……クローヴィスがほかの女性と腕を組んで歩く姿も、想像したくない。
「旦那様、でしたらっ!」
「マーガレット?」
「私のことも、連れて行ってくださいませんか?」
クローヴィスの腕に控えめにしがみつきながら、マーガレットは自然とそう言っていた。
そうすれば、クローヴィスは「無理だ」と言いながら首を横にゆるゆると振る。
「マーガレットを危険に晒すことなんて出来ない。それに、相手だって貴族だ。そんな表立った攻撃はしてこない」
確かにその言葉は正しいかもしれない。でも、もしもまた、クローヴィスに媚薬が盛られてしまったら――。
(いいえ、それだけじゃないわ。アンジェリカ様がどういう風に旦那様を手籠めにしようとするか……)
そんな想像をするだけで身体から血の気が引いていくような感覚だった。
そんなマーガレットのことを見つめながら、クローヴィスは「大丈夫だって」と言いながら笑いかけてくれる。しかし、その笑みも何処か痛々しい。
「俺は絶対に大丈夫。だから、マーガレットは安心して屋敷で待っていて。……それに、ジークハルトだっているわけだし」
「……そう、ですか」
ここまで言われたら、引くしかない。そう判断しマーガレットが視線を下に向ければ、彼はおもむろに「けれど、心配してくれているんだよね。ありがとう」と言ってくれた。
「マーガレットみたいな可愛らしくて優しい奥さんに心配されて、俺は幸せ者だな」
「……そんな」
ニコニコと笑いながらクローヴィスはそう伝えてくる。まっすぐに愛を伝えてくれる彼は、マーガレットからすればとてもまぶしい存在だ。……自分も、たまには彼に愛の言葉を告げた方が良いの……かもしれない。そう思っても、素直になどなれないのだが。
「……旦那様」
ならば、行動で示すしかない。そう思いマーガレットはクローヴィスの腕を引き寄せて――その唇に触れるだけの口づけを施した。
「――っつ!」
クローヴィスが驚いているのがよく分かる。まさか、彼もマーガレットがここまで積極的になるとは思わなかったのだろう。
「絶対に、無事でいてくださいませ。……少なくとも、私以外に、その……」
最後の方はうまく言葉にならなくて、しぼんでいく。でも、彼にはそれで十分だったらしい。にっこりと笑うと「俺が愛するのはマーガレットだけだ」と言ってくれた。
その言葉は、マーガレットの心にしみわたっていった。
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