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第三章
敵対関係
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「……そうだな。第一前提として、俺はトマミュラー侯爵家にいい印象を持っていない」
しばらくして、クローヴィスがそっと声を発する。そのため、マーガレットは「……はい」と相槌を打った。
「そもそも、トマミュラー侯爵家とオルブルヒ公爵家は代々仲が悪いんだ」
「……そうなの、ですか?」
それは初耳だった。使用人たちもマーガレットにそんなことは言わなかったし、何よりもあの時クローヴィスはトマミュラー侯爵家にいた。だからこそ、それに気がつくことが出来なかったのかもしれない。
「表向きにはそこまで……みたいに思われているけれど、実のところ裏ではバチバチやり合っているんだ」
苦笑を浮かべながらクローヴィスはそういう。
その言葉にマーガレットが驚いていれば、彼は「だから、本当のところあの日も適当にやり過ごして帰るつもりだった」と言ってそっと目を伏せた。
「……でも、マーガレットと出逢った。何だろうね。放っておけない子だって思ったんだ」
慈愛に満ちたようなクローヴィスの声に、マーガレットの心臓がどくんと大きく音を鳴らす。
確かにあの時、マーガレットは靴擦れをしていた。それをクローヴィスがさりげなく連れ出してくれたことが二人の始まり。
「それに、俺はとある事情から契約上の妻が欲しかった」
クローヴィスは凛とした声でマーガレットにそう言う。その目はマーガレットのことを射貫いており、何処となく迫力があるように見えてしまった。けれど、マーガレットは怯まない。そんな彼にも愛おしさを感じてしまっているから。
「男色家だって噂されていても、一定数の婚約の話は来るんだ。……特に、オルブルヒ公爵家は筆頭公爵家。その妻になって……という野心家は多い」
ゆるゆると首を横に振りながらクローヴィスはそう言うと、マーガレットに対してふわりと微笑む。その笑みが色っぽくて、艶っぽくて。心臓がとくんと音を鳴らしてしまう。そのため、マーガレットは彼から視線を逸らしてしまう。
「実のことを言うと、とある一人の令嬢が俺に言い寄ってきていた。その子を躱すためには、何が何でも契約上の妻が欲しかった」
「……あの噂があっても、旦那様に言い寄ってこられていたのですね」
「あぁ。まぁ、彼女が欲しかったのはこのオルブルヒ公爵家の権力だけれどね」
肩をすくめながらクローヴィスは何でもない風に言う。
しかし、マーガレットの心がその言葉に微かに痛んだ。そもそも、愛する人を利用しようとする人がいる時点で許せそうにない。
(ということは、もしかして――)
その後、マーガレットの頭の中に一つの可能性が思い浮かび、クローヴィスのことを見つめる。それから、ゆっくりと口を開いた。
「旦那様に媚薬を持ったのって、もしかして――」
そこまで告げると、クローヴィスはすべてをわかったかのように頷く。
マーガレットとクローヴィスが正真正銘の夫婦になったあの出来事。あの出来事の裏には悪意を持つ人間がいるとは思っていた。だけど、まさか――オルブルヒ公爵家の権力を狙ってやったことなのか。
「そうだよ。その令嬢の名前はアンジェリカ・トマミュラー。……トマミュラー侯爵家の令嬢で、現当主バルトルト・トマミュラーの最愛の妹君だ」
クローヴィスのその言葉を聞いて、マーガレットは彼がトマミュラー侯爵家を嫌う理由が理解できたような気がした。
「彼女は俺の子を孕めば俺がマーガレットと離縁し、自分を妻に迎えなければならないと計算したらしい。……予想外だったのは、俺が案外我慢強かったことみたいだけれどさ」
「……そうなの、ですね」
もしも、あの時クローヴィスが媚薬に負けていたら――なんて、想像もしたくない想像だ。あの頃は何も思わなかったかもしれないが、今ならば胸が引き裂かれそうなほどに苦しさを感じてしまう。
本当に、クローヴィスが我慢強くてよかった。心の底からそう思ってしまう。
「でも、そのおかげでマーガレットの魅力に気が付けたから、今となったらアンジェリカ嬢には感謝しないといけないな」
けらけらと笑いながらクローヴィスがそう言うので、マーガレットは苦笑を浮かべてしまった。
その点ではアンジェリカに感謝するというのも分かる。でも、やはりマーガレットとしてはアンジェリカのことは許せそうにない。顔も知らない令嬢にこんなにも殺意を覚えたのは、生まれて初めてかもしれない。
「まぁ、そういうことで俺はあんまりトマミュラー侯爵家に好印象は抱いていない。むしろ……」
「むしろ?」
「嫌っていると言っても過言じゃない。奴らはオルブルヒ公爵家の権力が欲しいんだ。それに、もしもこれを知ってしまえばマーガレットに危険が及ぶかもと思ったんだ」
そういうクローヴィスは本気でそう思っているかのようだった。今だって、マーガレットにこのことを言ったのは不本意だったに違いない。
でも、マーガレットは知れてよかったと心の底から思っている。クローヴィスのことを支えたい。彼の本当の妻になりたい。そう思う気持ちがある以上、彼のことは何でも知りたかった。
しばらくして、クローヴィスがそっと声を発する。そのため、マーガレットは「……はい」と相槌を打った。
「そもそも、トマミュラー侯爵家とオルブルヒ公爵家は代々仲が悪いんだ」
「……そうなの、ですか?」
それは初耳だった。使用人たちもマーガレットにそんなことは言わなかったし、何よりもあの時クローヴィスはトマミュラー侯爵家にいた。だからこそ、それに気がつくことが出来なかったのかもしれない。
「表向きにはそこまで……みたいに思われているけれど、実のところ裏ではバチバチやり合っているんだ」
苦笑を浮かべながらクローヴィスはそういう。
その言葉にマーガレットが驚いていれば、彼は「だから、本当のところあの日も適当にやり過ごして帰るつもりだった」と言ってそっと目を伏せた。
「……でも、マーガレットと出逢った。何だろうね。放っておけない子だって思ったんだ」
慈愛に満ちたようなクローヴィスの声に、マーガレットの心臓がどくんと大きく音を鳴らす。
確かにあの時、マーガレットは靴擦れをしていた。それをクローヴィスがさりげなく連れ出してくれたことが二人の始まり。
「それに、俺はとある事情から契約上の妻が欲しかった」
クローヴィスは凛とした声でマーガレットにそう言う。その目はマーガレットのことを射貫いており、何処となく迫力があるように見えてしまった。けれど、マーガレットは怯まない。そんな彼にも愛おしさを感じてしまっているから。
「男色家だって噂されていても、一定数の婚約の話は来るんだ。……特に、オルブルヒ公爵家は筆頭公爵家。その妻になって……という野心家は多い」
ゆるゆると首を横に振りながらクローヴィスはそう言うと、マーガレットに対してふわりと微笑む。その笑みが色っぽくて、艶っぽくて。心臓がとくんと音を鳴らしてしまう。そのため、マーガレットは彼から視線を逸らしてしまう。
「実のことを言うと、とある一人の令嬢が俺に言い寄ってきていた。その子を躱すためには、何が何でも契約上の妻が欲しかった」
「……あの噂があっても、旦那様に言い寄ってこられていたのですね」
「あぁ。まぁ、彼女が欲しかったのはこのオルブルヒ公爵家の権力だけれどね」
肩をすくめながらクローヴィスは何でもない風に言う。
しかし、マーガレットの心がその言葉に微かに痛んだ。そもそも、愛する人を利用しようとする人がいる時点で許せそうにない。
(ということは、もしかして――)
その後、マーガレットの頭の中に一つの可能性が思い浮かび、クローヴィスのことを見つめる。それから、ゆっくりと口を開いた。
「旦那様に媚薬を持ったのって、もしかして――」
そこまで告げると、クローヴィスはすべてをわかったかのように頷く。
マーガレットとクローヴィスが正真正銘の夫婦になったあの出来事。あの出来事の裏には悪意を持つ人間がいるとは思っていた。だけど、まさか――オルブルヒ公爵家の権力を狙ってやったことなのか。
「そうだよ。その令嬢の名前はアンジェリカ・トマミュラー。……トマミュラー侯爵家の令嬢で、現当主バルトルト・トマミュラーの最愛の妹君だ」
クローヴィスのその言葉を聞いて、マーガレットは彼がトマミュラー侯爵家を嫌う理由が理解できたような気がした。
「彼女は俺の子を孕めば俺がマーガレットと離縁し、自分を妻に迎えなければならないと計算したらしい。……予想外だったのは、俺が案外我慢強かったことみたいだけれどさ」
「……そうなの、ですね」
もしも、あの時クローヴィスが媚薬に負けていたら――なんて、想像もしたくない想像だ。あの頃は何も思わなかったかもしれないが、今ならば胸が引き裂かれそうなほどに苦しさを感じてしまう。
本当に、クローヴィスが我慢強くてよかった。心の底からそう思ってしまう。
「でも、そのおかげでマーガレットの魅力に気が付けたから、今となったらアンジェリカ嬢には感謝しないといけないな」
けらけらと笑いながらクローヴィスがそう言うので、マーガレットは苦笑を浮かべてしまった。
その点ではアンジェリカに感謝するというのも分かる。でも、やはりマーガレットとしてはアンジェリカのことは許せそうにない。顔も知らない令嬢にこんなにも殺意を覚えたのは、生まれて初めてかもしれない。
「まぁ、そういうことで俺はあんまりトマミュラー侯爵家に好印象は抱いていない。むしろ……」
「むしろ?」
「嫌っていると言っても過言じゃない。奴らはオルブルヒ公爵家の権力が欲しいんだ。それに、もしもこれを知ってしまえばマーガレットに危険が及ぶかもと思ったんだ」
そういうクローヴィスは本気でそう思っているかのようだった。今だって、マーガレットにこのことを言ったのは不本意だったに違いない。
でも、マーガレットは知れてよかったと心の底から思っている。クローヴィスのことを支えたい。彼の本当の妻になりたい。そう思う気持ちがある以上、彼のことは何でも知りたかった。
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