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第三章

素直になんてなれない

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「うん、やっぱりオルブルヒ公爵家の屋敷の料理は美味だね。もう足しげく通ってしまうよ」
「……いや、あの、その」

 ――ここはレストランじゃありませんけれど?

 口から出そうになった言葉をぐっと飲みこみ、マーガレットは出来る限りふんわりと笑った。

 あれから三ヶ月の月日が流れた。貴族たちは目の前に迫った社交期の準備に追われている。実際、マーガレットもクローヴィスも追われていると言っても過言ではない。

 社交はいつどの時期も行われるものの、社交期に入ればその頻度が増す。そこら中の家で舞踏会やパーティー、夜会が開かれる。
 クローヴィスは筆頭公爵家の当主ということもあり、彼にはかなりの量の招待状がやってきていた。もちろん、その妻であるマーガレット宛もある。まぁ、クローヴィスに比べればなんてことない量なのだろうが。

「ジークハルト。あんまりマーガレットをからかわないでね。……嫌われちゃう」

 クローヴィスがそう言って肩をすくめる。それを見たためか、公爵家の屋敷を訪れ共に食事をしていたジークハルトが「本当にべた惚れみたいだ」と言いながらくすくすと声を上げて笑っていた。

「……まぁね」

 ジークハルトの言葉を否定することなく、クローヴィスはにっこりと笑う。それを見たためだろうか。ジークハルトは「本当に、幸せそうでうらやましいや」と言っていた。

「僕もそろそろ身を固めるべきかなぁ。……クローヴィス、誰か紹介してくれないかな?」
「俺の知っている女性は野心の塊だぞ」
「じゃあ、いいや。自分で見つける」

 あっさりと引いたジークハルトはメインの魚料理に手を付けていた。綺麗な仕草で料理を口に運ぶ。その姿は絵になるほど美しい。

 ぼうっとジークハルトのことをマーガレットが見つめていれば、不意に「マーガレット」と声をかけられた。その声は紛れもなくクローヴィスのものだ。

「どうなさいました?」

 ジークハルトからクローヴィスに視線を移しそう問いかければ、彼は「……ジークハルトばっかり見ていると、妬くよ」と告げてくる。

「旦那様は本当にお心が狭いのですね」

 その言葉にマーガレットがそう返せば、クローヴィスは「そりゃあそうだよ」と開き直ってしまった。

「愛しい妻がほかの男性を熱っぽく見つめていたら、誰だって妬くよ。……正直、ジークハルトのことを追い出してしまいたいくらいだ」

 悪びれた風もなくクローヴィスがそう言えば、ジークハルトはくすくすとまた声を上げて笑う。それから「どうやら僕、追い出されちゃうみたいだ」と面白そうに言っていた。

「……笑うところですか?」

 彼の態度にいささかの疑問を抱けば、ジークハルトは「そりゃあ、そうだよ」と言いながら水の入ったワイングラスを口に運ぶ。

「あんなにも女性を毛嫌いしていたクローヴィスが、一人の女性に熱を上げているんだ。笑うしかないし、祝福するしかない」

 ゆるゆると首を横に振りながらも、真剣な面持ちでジークハルトはそういう。

 その言葉にマーガレットはほんの少し感心してしまう。……彼は、そこまでクローヴィスを思っていたのか。……もちろん、恋愛感情ではなく、友人として。

「クローヴィス。……いい妻を持ったね」

 最後に笑ってそう言われるので、マーガレットはうつむくことしか出来なかった。

 対するクローヴィスは「あぁ、最高の妻だよ」と言っている。……そういうのは、本人がいないところで話してくれないだろうか。

「俺にはもったいないくらい、最高の妻だ」

 もう一度、今度はマーガレットに向かってクローヴィスはそういう。……その所為で、マーガレットの顔に熱が溜まっていく。……こんなにべた褒めされてしまえば、照れるほかない。

「だ、旦那様も……その、素敵、だと思いますよ?」

 こっちだけ照れるのは何とも不公平だ。そう思いマーガレットがそっと視線を逸らしてそう言えば、クローヴィスは「どうして疑問形なんだ」と言ってくる。どうやら、そこは少し不満だったらしい。

「俺は、マーガレットにとって素敵な夫になれていないのかな?」

 にっこりと笑ってそう問いかけられ、マーガレットはそっと視線を逸らす。

 確かにクローヴィスはとてもいい夫である。それこそ、マーガレットにはもったいないほどの。

 しかし、やはりどうしても……いろいろと考えてしまうのだ。

(そもそも、これって契約結婚だったもの。今更契約の破棄って言われても……ねぇ)

 ここ最近、クローヴィスはマーガレットに契約の破棄をさせてほしいと言ってくるようになった。それは、マーガレットが契約結婚だったことを気にしているからなのだと容易に想像が出来る。

 でも……やっぱり、マーガレットからすればクローヴィスは契約上の夫なのだ。……愛するとか愛せないとか、そういう問題ではない。あえて言うのならば、そう。身分が違う。

 そう思って俯いていれば、ジークハルトの「惚気はそこまでにしてもらえるかな」という言葉で現実に戻ってきた。……どうやら、彼は退屈しきってしまったらしい。
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