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第二章

意識しているのは私だけ?

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 それから一週間後。マーガレットがクローヴィスと共にオルブルヒ公爵領に向かう日がやってきた。

 直前まで日帰りにしようと相談していたものの、クローヴィスが突如「泊りがけにしよう」と言ったことにより、領地に一泊することになった。領地には別邸があるらしく、そちらに泊まるということだ。

「奥様。……行ってらっしゃいませ」

 ジビレやフローラをはじめとする使用人たちに見送られ、マーガレットとクローヴィスは公爵家所有の馬車に乗り込む。

 二人が乗り込んだのを確認すると、御者がゆっくりと馬車を走らせ始めた。

「領地には二時間後にはつくと思うから、ゆっくりしているといいよ」

 馬車が走り出してすぐにクローヴィスはそう声をかけてくれた。公爵家の領地は王都からかなり近い場所にあるらしく、片道二時間弱で行けるということだ。普通領地と言うともっと遠いイメージがあったので、マーガレットは驚いてしまう。

(まぁ、公爵家だしね。子爵家とは全然違うということだわ)

 アストラガルス子爵家の領地はこじんまりとした上に田舎だった。まぁ、田舎には田舎の良さがあるため、そこまで悲観するようなことではないのだろうが。

 そんなことを考えていれば、不意に馬車が石に躓いたのかがたんと跳ねる。驚いてマーガレットが身を跳ねさせれば、クローヴィスが突然マーガレットの身体を抱き留めてくる。

「……大丈夫?」

 彼のたくましい腕が腰に回され、マーガレットの頬がカーっと熱くなる。でも、クローヴィスの表情はいつも通りだ。どうやら、マーガレットのことを気遣ってくれただけらしい。

 それがわかるからこそ、マーガレットは悔しくなる。あの行為で意識したのは自分だけなのか。そう思ってしまって、下唇をかみしめる。

 しかし、すぐにハッとして「大丈夫、です」とにこやかな笑みを浮かべてクローヴィスに返事をした。

「そっか。……もうちょっとしたら道が荒くなるし、こういうことも増えるからね。……俺にくっついていても、いいよ」

 そう言うとクローヴィスはマーガレットの細い腰を抱き寄せ、自身と身体を密着させる。その所為で、マーガレットは変に意識をしてしまってびくんと身体を跳ねさせた。……これでは、意識していることがバレバレだ。

「マーガレット?」

 長い間俯いてしまっていたからだろう。クローヴィスが怪訝そうにマーガレットの顔を覗き込んでくる。その漆黒色の目に射貫かれて、何とも言えない感情がふつふつと湧き上がってくる。

 そのたくましい腕も、漆黒色の美しい目も。その肌を見るだけで、心がふつふつと沸き立つ。……あの時の行為が思い起こされ、マーガレットはそっと視線を逸らす。

(って、ここ一週間ずっとこうじゃない。そろそろいい加減、慣れなくちゃ……)

 あれ以来、マーガレットとクローヴィスの間に進展はない。むしろ、クローヴィスはマーガレットを抱いてからも抱く前と扱いを一切変えないのだ。変に関係が変わるよりはずっとマシだが、こうなるとやはり意識しているのは自分だけなのだと思ってしまう。

(旦那様は男色家ではないわ。……だったら、少しくらい私のことを意識してくださってもいいのではなくて?)

 そう思っても、口に出すことは出来ない。重い女だと思われるのが嫌だったし、何よりも二人の関係は契約的なもの。雇い主と雇われた者なのだ。雇われの身である自分が変に口を出すことは出来ない。

 意を決してクローヴィスの方を見つめれば、彼は馬車の窓から外の景色を眺めていた。その横顔さえも何処となく色っぽく見えてしまって、結局マーガレットは視線を逸らした。……彼の顔は、目に毒だ。

(あの時の余裕のない表情も、素敵だった……)

 不意にそう思ってしまって、マーガレットはその考えを消すかのように首を横に振った。ダメだ。意識しちゃダメだ。そう自分に言い聞かせるのに、思えば思うほど変に意識してしまって……逆効果となる。

 そんなとき、不意にマーガレットの腰を抱き寄せていたクローヴィスの手が抱き寄せる場所を腰から肩に変える。そのまま彼はマーガレットの頭を自身の肩に押し付けてしまった。

「……マーガレット」

 優しい声で名前を呼ばれ、マーガレットの心臓が音を鳴らす。顔を真っ赤にしていることを悟られたくなく、顔を背けながら「どう、なさいましたか?」と問う。そうすれば、彼は「……俺のこと、幻滅しちゃったかな?」と質問を返してきた。

「ど、どうして、そう思われますの……?」
「いや、何となく。……っていうか、最近のマーガレット何処となくよそよそしいし。……あんな風にしたから嫌われるのは覚悟の上だったんだけれどね……」

 ははは。

 そう声を上げて笑うクローヴィスの声は、何となくだが寂しそうだ。

(違う。むしろ……逆なのよ)

 クローヴィスの言葉に内心でそう返し、マーガレットは「そ、そんなこと、ありません」と告げる。これが精いっぱいだった。

「……むしろ、その」

 ――意識してしまった。

 そう言おうとして口を開き、彼を見つめる。そうすれば、彼の端正な顔が視界いっぱいに広がった。
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