25 / 52
第二章
意識しているのは私だけ?
しおりを挟む
それから一週間後。マーガレットがクローヴィスと共にオルブルヒ公爵領に向かう日がやってきた。
直前まで日帰りにしようと相談していたものの、クローヴィスが突如「泊りがけにしよう」と言ったことにより、領地に一泊することになった。領地には別邸があるらしく、そちらに泊まるということだ。
「奥様。……行ってらっしゃいませ」
ジビレやフローラをはじめとする使用人たちに見送られ、マーガレットとクローヴィスは公爵家所有の馬車に乗り込む。
二人が乗り込んだのを確認すると、御者がゆっくりと馬車を走らせ始めた。
「領地には二時間後にはつくと思うから、ゆっくりしているといいよ」
馬車が走り出してすぐにクローヴィスはそう声をかけてくれた。公爵家の領地は王都からかなり近い場所にあるらしく、片道二時間弱で行けるということだ。普通領地と言うともっと遠いイメージがあったので、マーガレットは驚いてしまう。
(まぁ、公爵家だしね。子爵家とは全然違うということだわ)
アストラガルス子爵家の領地はこじんまりとした上に田舎だった。まぁ、田舎には田舎の良さがあるため、そこまで悲観するようなことではないのだろうが。
そんなことを考えていれば、不意に馬車が石に躓いたのかがたんと跳ねる。驚いてマーガレットが身を跳ねさせれば、クローヴィスが突然マーガレットの身体を抱き留めてくる。
「……大丈夫?」
彼のたくましい腕が腰に回され、マーガレットの頬がカーっと熱くなる。でも、クローヴィスの表情はいつも通りだ。どうやら、マーガレットのことを気遣ってくれただけらしい。
それがわかるからこそ、マーガレットは悔しくなる。あの行為で意識したのは自分だけなのか。そう思ってしまって、下唇をかみしめる。
しかし、すぐにハッとして「大丈夫、です」とにこやかな笑みを浮かべてクローヴィスに返事をした。
「そっか。……もうちょっとしたら道が荒くなるし、こういうことも増えるからね。……俺にくっついていても、いいよ」
そう言うとクローヴィスはマーガレットの細い腰を抱き寄せ、自身と身体を密着させる。その所為で、マーガレットは変に意識をしてしまってびくんと身体を跳ねさせた。……これでは、意識していることがバレバレだ。
「マーガレット?」
長い間俯いてしまっていたからだろう。クローヴィスが怪訝そうにマーガレットの顔を覗き込んでくる。その漆黒色の目に射貫かれて、何とも言えない感情がふつふつと湧き上がってくる。
そのたくましい腕も、漆黒色の美しい目も。その肌を見るだけで、心がふつふつと沸き立つ。……あの時の行為が思い起こされ、マーガレットはそっと視線を逸らす。
(って、ここ一週間ずっとこうじゃない。そろそろいい加減、慣れなくちゃ……)
あれ以来、マーガレットとクローヴィスの間に進展はない。むしろ、クローヴィスはマーガレットを抱いてからも抱く前と扱いを一切変えないのだ。変に関係が変わるよりはずっとマシだが、こうなるとやはり意識しているのは自分だけなのだと思ってしまう。
(旦那様は男色家ではないわ。……だったら、少しくらい私のことを意識してくださってもいいのではなくて?)
そう思っても、口に出すことは出来ない。重い女だと思われるのが嫌だったし、何よりも二人の関係は契約的なもの。雇い主と雇われた者なのだ。雇われの身である自分が変に口を出すことは出来ない。
意を決してクローヴィスの方を見つめれば、彼は馬車の窓から外の景色を眺めていた。その横顔さえも何処となく色っぽく見えてしまって、結局マーガレットは視線を逸らした。……彼の顔は、目に毒だ。
(あの時の余裕のない表情も、素敵だった……)
不意にそう思ってしまって、マーガレットはその考えを消すかのように首を横に振った。ダメだ。意識しちゃダメだ。そう自分に言い聞かせるのに、思えば思うほど変に意識してしまって……逆効果となる。
そんなとき、不意にマーガレットの腰を抱き寄せていたクローヴィスの手が抱き寄せる場所を腰から肩に変える。そのまま彼はマーガレットの頭を自身の肩に押し付けてしまった。
「……マーガレット」
優しい声で名前を呼ばれ、マーガレットの心臓が音を鳴らす。顔を真っ赤にしていることを悟られたくなく、顔を背けながら「どう、なさいましたか?」と問う。そうすれば、彼は「……俺のこと、幻滅しちゃったかな?」と質問を返してきた。
「ど、どうして、そう思われますの……?」
「いや、何となく。……っていうか、最近のマーガレット何処となくよそよそしいし。……あんな風にしたから嫌われるのは覚悟の上だったんだけれどね……」
ははは。
そう声を上げて笑うクローヴィスの声は、何となくだが寂しそうだ。
(違う。むしろ……逆なのよ)
クローヴィスの言葉に内心でそう返し、マーガレットは「そ、そんなこと、ありません」と告げる。これが精いっぱいだった。
「……むしろ、その」
――意識してしまった。
そう言おうとして口を開き、彼を見つめる。そうすれば、彼の端正な顔が視界いっぱいに広がった。
直前まで日帰りにしようと相談していたものの、クローヴィスが突如「泊りがけにしよう」と言ったことにより、領地に一泊することになった。領地には別邸があるらしく、そちらに泊まるということだ。
「奥様。……行ってらっしゃいませ」
ジビレやフローラをはじめとする使用人たちに見送られ、マーガレットとクローヴィスは公爵家所有の馬車に乗り込む。
二人が乗り込んだのを確認すると、御者がゆっくりと馬車を走らせ始めた。
「領地には二時間後にはつくと思うから、ゆっくりしているといいよ」
馬車が走り出してすぐにクローヴィスはそう声をかけてくれた。公爵家の領地は王都からかなり近い場所にあるらしく、片道二時間弱で行けるということだ。普通領地と言うともっと遠いイメージがあったので、マーガレットは驚いてしまう。
(まぁ、公爵家だしね。子爵家とは全然違うということだわ)
アストラガルス子爵家の領地はこじんまりとした上に田舎だった。まぁ、田舎には田舎の良さがあるため、そこまで悲観するようなことではないのだろうが。
そんなことを考えていれば、不意に馬車が石に躓いたのかがたんと跳ねる。驚いてマーガレットが身を跳ねさせれば、クローヴィスが突然マーガレットの身体を抱き留めてくる。
「……大丈夫?」
彼のたくましい腕が腰に回され、マーガレットの頬がカーっと熱くなる。でも、クローヴィスの表情はいつも通りだ。どうやら、マーガレットのことを気遣ってくれただけらしい。
それがわかるからこそ、マーガレットは悔しくなる。あの行為で意識したのは自分だけなのか。そう思ってしまって、下唇をかみしめる。
しかし、すぐにハッとして「大丈夫、です」とにこやかな笑みを浮かべてクローヴィスに返事をした。
「そっか。……もうちょっとしたら道が荒くなるし、こういうことも増えるからね。……俺にくっついていても、いいよ」
そう言うとクローヴィスはマーガレットの細い腰を抱き寄せ、自身と身体を密着させる。その所為で、マーガレットは変に意識をしてしまってびくんと身体を跳ねさせた。……これでは、意識していることがバレバレだ。
「マーガレット?」
長い間俯いてしまっていたからだろう。クローヴィスが怪訝そうにマーガレットの顔を覗き込んでくる。その漆黒色の目に射貫かれて、何とも言えない感情がふつふつと湧き上がってくる。
そのたくましい腕も、漆黒色の美しい目も。その肌を見るだけで、心がふつふつと沸き立つ。……あの時の行為が思い起こされ、マーガレットはそっと視線を逸らす。
(って、ここ一週間ずっとこうじゃない。そろそろいい加減、慣れなくちゃ……)
あれ以来、マーガレットとクローヴィスの間に進展はない。むしろ、クローヴィスはマーガレットを抱いてからも抱く前と扱いを一切変えないのだ。変に関係が変わるよりはずっとマシだが、こうなるとやはり意識しているのは自分だけなのだと思ってしまう。
(旦那様は男色家ではないわ。……だったら、少しくらい私のことを意識してくださってもいいのではなくて?)
そう思っても、口に出すことは出来ない。重い女だと思われるのが嫌だったし、何よりも二人の関係は契約的なもの。雇い主と雇われた者なのだ。雇われの身である自分が変に口を出すことは出来ない。
意を決してクローヴィスの方を見つめれば、彼は馬車の窓から外の景色を眺めていた。その横顔さえも何処となく色っぽく見えてしまって、結局マーガレットは視線を逸らした。……彼の顔は、目に毒だ。
(あの時の余裕のない表情も、素敵だった……)
不意にそう思ってしまって、マーガレットはその考えを消すかのように首を横に振った。ダメだ。意識しちゃダメだ。そう自分に言い聞かせるのに、思えば思うほど変に意識してしまって……逆効果となる。
そんなとき、不意にマーガレットの腰を抱き寄せていたクローヴィスの手が抱き寄せる場所を腰から肩に変える。そのまま彼はマーガレットの頭を自身の肩に押し付けてしまった。
「……マーガレット」
優しい声で名前を呼ばれ、マーガレットの心臓が音を鳴らす。顔を真っ赤にしていることを悟られたくなく、顔を背けながら「どう、なさいましたか?」と問う。そうすれば、彼は「……俺のこと、幻滅しちゃったかな?」と質問を返してきた。
「ど、どうして、そう思われますの……?」
「いや、何となく。……っていうか、最近のマーガレット何処となくよそよそしいし。……あんな風にしたから嫌われるのは覚悟の上だったんだけれどね……」
ははは。
そう声を上げて笑うクローヴィスの声は、何となくだが寂しそうだ。
(違う。むしろ……逆なのよ)
クローヴィスの言葉に内心でそう返し、マーガレットは「そ、そんなこと、ありません」と告げる。これが精いっぱいだった。
「……むしろ、その」
――意識してしまった。
そう言おうとして口を開き、彼を見つめる。そうすれば、彼の端正な顔が視界いっぱいに広がった。
20
お気に入りに追加
2,540
あなたにおすすめの小説
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。
そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!?
貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる