24 / 52
第二章
お礼
しおりを挟む
(……私と交わるの、嫌だったのね)
冷静に考えれば、それは当然なのだ。契約的に娶った妻と交われば、関係に少なからず影響を及ぼす。今までは契約上の夫婦として過ごせていたものが、過ごせなくなってしまう。……マーガレットとて、それは嫌だ。
だけど、それ以上に。ショックなのかもしれない。クローヴィスがそこまでマーガレットのことを愛していなかったことに。
(女々しい考えは捨てなくちゃ)
その後、自分自身にそう言い聞かせ、マーガレットはぎこちなく笑う。
そうすれば、クローヴィスは露骨に顔をしかめた。もしかしたら、マーガレットが無理やり笑っていることに気が付いたのかもしれない。その痛々しいようなものを見るような目が、マーガレットの心を余計にえぐる。
「……あのさ、マーガレット」
それからしばらくして、クローヴィスは意を決したように口を開く。そのためマーガレットが「どう、しました?」と震える声で問いかければ、彼は何を思ったのか「……俺、考えたんだ」とゆっくりと口を開いた。
「俺のことを助けようとしてくれて、マーガレットは身体を預けてくれたんだよね?」
一応確認とばかりにそう問われ、マーガレットはこくんと首を縦に振る。クローヴィスに何かがあってはいけない。その一心で自分の身を挺して彼を助けたものの、もしかしたら彼にとっては有難迷惑だったのかもしれない。その可能性に今更ながらに気が付く。
「……そっか。ありがとう」
けれど、彼がそう言って笑うものだから。そんな気持ちは一気に吹き飛んでしまった。その何処となく無邪気な笑みを見ていると胸の奥がきゅんとする。先ほどの胸の痛みを消すかのように、心がとくんと音を鳴らす。
「だから……その、マーガレットさえ、よかったら、なんだけれど……」
クローヴィスがほんのりと頬を染め、視線を逸らしながらマーガレットに声をかけてくる。その表情や仕草にマーガレットが驚いていれば、クローヴィスは意を決したように「……お礼、させてくれないかな?」とボソッとこぼす。
「お礼、ですか?」
彼の言葉を繰り返せば、クローヴィスは「うん、そうだよ」とにっこりと笑って言葉をくれた。
「こんなにも俺のことを助けようとしてくれる女性は、マーガレットしかいない。そう思ったし、何よりもマーガレットに俺がお礼をしたいんだ」
そんなもの、夫婦なのだから必要ないじゃないか。そう口に出そうかと思ったものの、彼の純粋な目を見ているとそんな気持ちは消え失せていく。ここは素直に彼のお礼を受け取った方が良い。直感がそう告げたので、マーガレットは「では、お願いします」と答える。
「……そっか。受け取ってくれて嬉しいよ。ところで、何か欲しいものはあるかな?」
「えぇっと」
「やっぱり、お礼はその人の欲しいものが一番だと思うんだ。……マーガレットさえよかったら、何でも用意するからさ」
ニコニコと笑いながらクローヴィスがそう言うので、マーガレットはちょっぴり考えてみる。
(欲しいもの、か)
正直なところ、いきなり言われても何も思い浮かばない。元々欲しかったのは実家の子爵家への援助だが、それはクローヴィスがすでに行ってくれている。弟からお礼の手紙が届くほどなのだ。もうこれ以上必要ないだろう。
「何も思い浮かばない?」
あまりにも悩むマーガレットを見かねてか、クローヴィスがそう声をかけてくれる。だからこそ頷けば、彼は「……じゃあ、領地に行ってみない?」と突然の提案をしてきた。
「……領地、ですか?」
小首をかしげてそう問えば、彼は「そう」と端的に返事をくれた。
「マーガレットも知っているかもしれないけれど、オルブルヒ公爵家の領地の特産品はレモンなんだ。領地に行けば、美味しいレモンのスイーツとか食べられるんだけれど……」
クローヴィスが眉を下げながらそう言う。もしかしたら、彼はこれでマーガレットへのお礼になるか悩んでいるのかもしれない。それがわかるからこそ、マーガレットは「……いいですね」と控えめな声で言葉を発する。
「パイとか、あります?」
「あるよ。何だったら、レモンの紅茶もある」
「わぁ、すごいですね……!」
何となく、心が弾む。先ほどまでのちょっと悶々としたような気持ちが完全に抜け、マーガレットは笑みを浮かべてしまった。
そんなマーガレットの気持ちに気が付いたのか、クローヴィスは「一週間後に、行こうか」とにっこりと笑って言ってくれる。
「だから、もう少しゆっくりとしているといいよ」
それから、クローヴィスはそう言うとマーガレットの髪を優しく撫でる。その手の感覚がとても優しく感じられてしまい、マーガレットはそっと目を伏せる。
……なんだろうか。この触れ方、今までとは違うような気がする。
(なんて、自意識過剰もいいところだわ。抱き合ったから愛されるなんて、所詮物語の中だけのお話なのよ)
その証拠に、クローヴィスはマーガレットのことを好きだとか愛しているとは言わない。……結局、一度だけの関係だったのだ。そう、思った。
冷静に考えれば、それは当然なのだ。契約的に娶った妻と交われば、関係に少なからず影響を及ぼす。今までは契約上の夫婦として過ごせていたものが、過ごせなくなってしまう。……マーガレットとて、それは嫌だ。
だけど、それ以上に。ショックなのかもしれない。クローヴィスがそこまでマーガレットのことを愛していなかったことに。
(女々しい考えは捨てなくちゃ)
その後、自分自身にそう言い聞かせ、マーガレットはぎこちなく笑う。
そうすれば、クローヴィスは露骨に顔をしかめた。もしかしたら、マーガレットが無理やり笑っていることに気が付いたのかもしれない。その痛々しいようなものを見るような目が、マーガレットの心を余計にえぐる。
「……あのさ、マーガレット」
それからしばらくして、クローヴィスは意を決したように口を開く。そのためマーガレットが「どう、しました?」と震える声で問いかければ、彼は何を思ったのか「……俺、考えたんだ」とゆっくりと口を開いた。
「俺のことを助けようとしてくれて、マーガレットは身体を預けてくれたんだよね?」
一応確認とばかりにそう問われ、マーガレットはこくんと首を縦に振る。クローヴィスに何かがあってはいけない。その一心で自分の身を挺して彼を助けたものの、もしかしたら彼にとっては有難迷惑だったのかもしれない。その可能性に今更ながらに気が付く。
「……そっか。ありがとう」
けれど、彼がそう言って笑うものだから。そんな気持ちは一気に吹き飛んでしまった。その何処となく無邪気な笑みを見ていると胸の奥がきゅんとする。先ほどの胸の痛みを消すかのように、心がとくんと音を鳴らす。
「だから……その、マーガレットさえ、よかったら、なんだけれど……」
クローヴィスがほんのりと頬を染め、視線を逸らしながらマーガレットに声をかけてくる。その表情や仕草にマーガレットが驚いていれば、クローヴィスは意を決したように「……お礼、させてくれないかな?」とボソッとこぼす。
「お礼、ですか?」
彼の言葉を繰り返せば、クローヴィスは「うん、そうだよ」とにっこりと笑って言葉をくれた。
「こんなにも俺のことを助けようとしてくれる女性は、マーガレットしかいない。そう思ったし、何よりもマーガレットに俺がお礼をしたいんだ」
そんなもの、夫婦なのだから必要ないじゃないか。そう口に出そうかと思ったものの、彼の純粋な目を見ているとそんな気持ちは消え失せていく。ここは素直に彼のお礼を受け取った方が良い。直感がそう告げたので、マーガレットは「では、お願いします」と答える。
「……そっか。受け取ってくれて嬉しいよ。ところで、何か欲しいものはあるかな?」
「えぇっと」
「やっぱり、お礼はその人の欲しいものが一番だと思うんだ。……マーガレットさえよかったら、何でも用意するからさ」
ニコニコと笑いながらクローヴィスがそう言うので、マーガレットはちょっぴり考えてみる。
(欲しいもの、か)
正直なところ、いきなり言われても何も思い浮かばない。元々欲しかったのは実家の子爵家への援助だが、それはクローヴィスがすでに行ってくれている。弟からお礼の手紙が届くほどなのだ。もうこれ以上必要ないだろう。
「何も思い浮かばない?」
あまりにも悩むマーガレットを見かねてか、クローヴィスがそう声をかけてくれる。だからこそ頷けば、彼は「……じゃあ、領地に行ってみない?」と突然の提案をしてきた。
「……領地、ですか?」
小首をかしげてそう問えば、彼は「そう」と端的に返事をくれた。
「マーガレットも知っているかもしれないけれど、オルブルヒ公爵家の領地の特産品はレモンなんだ。領地に行けば、美味しいレモンのスイーツとか食べられるんだけれど……」
クローヴィスが眉を下げながらそう言う。もしかしたら、彼はこれでマーガレットへのお礼になるか悩んでいるのかもしれない。それがわかるからこそ、マーガレットは「……いいですね」と控えめな声で言葉を発する。
「パイとか、あります?」
「あるよ。何だったら、レモンの紅茶もある」
「わぁ、すごいですね……!」
何となく、心が弾む。先ほどまでのちょっと悶々としたような気持ちが完全に抜け、マーガレットは笑みを浮かべてしまった。
そんなマーガレットの気持ちに気が付いたのか、クローヴィスは「一週間後に、行こうか」とにっこりと笑って言ってくれる。
「だから、もう少しゆっくりとしているといいよ」
それから、クローヴィスはそう言うとマーガレットの髪を優しく撫でる。その手の感覚がとても優しく感じられてしまい、マーガレットはそっと目を伏せる。
……なんだろうか。この触れ方、今までとは違うような気がする。
(なんて、自意識過剰もいいところだわ。抱き合ったから愛されるなんて、所詮物語の中だけのお話なのよ)
その証拠に、クローヴィスはマーガレットのことを好きだとか愛しているとは言わない。……結局、一度だけの関係だったのだ。そう、思った。
31
お気に入りに追加
2,540
あなたにおすすめの小説
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。
そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!?
貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる