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第二章

お礼

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(……私と交わるの、嫌だったのね)

 冷静に考えれば、それは当然なのだ。契約的に娶った妻と交われば、関係に少なからず影響を及ぼす。今までは契約上の夫婦として過ごせていたものが、過ごせなくなってしまう。……マーガレットとて、それは嫌だ。

 だけど、それ以上に。ショックなのかもしれない。クローヴィスがそこまでマーガレットのことを愛していなかったことに。

(女々しい考えは捨てなくちゃ)

 その後、自分自身にそう言い聞かせ、マーガレットはぎこちなく笑う。

 そうすれば、クローヴィスは露骨に顔をしかめた。もしかしたら、マーガレットが無理やり笑っていることに気が付いたのかもしれない。その痛々しいようなものを見るような目が、マーガレットの心を余計にえぐる。

「……あのさ、マーガレット」

 それからしばらくして、クローヴィスは意を決したように口を開く。そのためマーガレットが「どう、しました?」と震える声で問いかければ、彼は何を思ったのか「……俺、考えたんだ」とゆっくりと口を開いた。

「俺のことを助けようとしてくれて、マーガレットは身体を預けてくれたんだよね?」

 一応確認とばかりにそう問われ、マーガレットはこくんと首を縦に振る。クローヴィスに何かがあってはいけない。その一心で自分の身を挺して彼を助けたものの、もしかしたら彼にとっては有難迷惑だったのかもしれない。その可能性に今更ながらに気が付く。

「……そっか。ありがとう」

 けれど、彼がそう言って笑うものだから。そんな気持ちは一気に吹き飛んでしまった。その何処となく無邪気な笑みを見ていると胸の奥がきゅんとする。先ほどの胸の痛みを消すかのように、心がとくんと音を鳴らす。

「だから……その、マーガレットさえ、よかったら、なんだけれど……」

 クローヴィスがほんのりと頬を染め、視線を逸らしながらマーガレットに声をかけてくる。その表情や仕草にマーガレットが驚いていれば、クローヴィスは意を決したように「……お礼、させてくれないかな?」とボソッとこぼす。

「お礼、ですか?」

 彼の言葉を繰り返せば、クローヴィスは「うん、そうだよ」とにっこりと笑って言葉をくれた。

「こんなにも俺のことを助けようとしてくれる女性は、マーガレットしかいない。そう思ったし、何よりもマーガレットに俺がお礼をしたいんだ」

 そんなもの、夫婦なのだから必要ないじゃないか。そう口に出そうかと思ったものの、彼の純粋な目を見ているとそんな気持ちは消え失せていく。ここは素直に彼のお礼を受け取った方が良い。直感がそう告げたので、マーガレットは「では、お願いします」と答える。

「……そっか。受け取ってくれて嬉しいよ。ところで、何か欲しいものはあるかな?」
「えぇっと」
「やっぱり、お礼はその人の欲しいものが一番だと思うんだ。……マーガレットさえよかったら、何でも用意するからさ」

 ニコニコと笑いながらクローヴィスがそう言うので、マーガレットはちょっぴり考えてみる。

(欲しいもの、か)

 正直なところ、いきなり言われても何も思い浮かばない。元々欲しかったのは実家の子爵家への援助だが、それはクローヴィスがすでに行ってくれている。弟からお礼の手紙が届くほどなのだ。もうこれ以上必要ないだろう。

「何も思い浮かばない?」

 あまりにも悩むマーガレットを見かねてか、クローヴィスがそう声をかけてくれる。だからこそ頷けば、彼は「……じゃあ、領地に行ってみない?」と突然の提案をしてきた。

「……領地、ですか?」

 小首をかしげてそう問えば、彼は「そう」と端的に返事をくれた。

「マーガレットも知っているかもしれないけれど、オルブルヒ公爵家の領地の特産品はレモンなんだ。領地に行けば、美味しいレモンのスイーツとか食べられるんだけれど……」

 クローヴィスが眉を下げながらそう言う。もしかしたら、彼はこれでマーガレットへのお礼になるか悩んでいるのかもしれない。それがわかるからこそ、マーガレットは「……いいですね」と控えめな声で言葉を発する。

「パイとか、あります?」
「あるよ。何だったら、レモンの紅茶もある」
「わぁ、すごいですね……!」

 何となく、心が弾む。先ほどまでのちょっと悶々としたような気持ちが完全に抜け、マーガレットは笑みを浮かべてしまった。

 そんなマーガレットの気持ちに気が付いたのか、クローヴィスは「一週間後に、行こうか」とにっこりと笑って言ってくれる。

「だから、もう少しゆっくりとしているといいよ」

 それから、クローヴィスはそう言うとマーガレットの髪を優しく撫でる。その手の感覚がとても優しく感じられてしまい、マーガレットはそっと目を伏せる。

 ……なんだろうか。この触れ方、今までとは違うような気がする。

(なんて、自意識過剰もいいところだわ。抱き合ったから愛されるなんて、所詮物語の中だけのお話なのよ)

 その証拠に、クローヴィスはマーガレットのことを好きだとか愛しているとは言わない。……結局、一度だけの関係だったのだ。そう、思った。
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