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第一章

手のひらの上

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「――あの貧乏子爵家の令嬢が、僕のクローヴィスにどうやって取り入ったのかな?」

 ジークハルトはその目を鋭く細め、マーガレットを吟味するように見つめてくる。

 マーガレットはそれに恐れ……るよりも先にジークハルトの発言が気になってしまった。

(……僕のって、ことは……?)

 まさかまさかで、二人は本当に恋仲だったのか。そう思い頬が引きつるのを実感しながら、マーガレットは「……取り入った、わけでは」と眉を下げて答える。

「嘘だよね。取り入らないと、あいつが結婚なんて考えられない。だって、僕たち約束したから」
「や、約束とは……?」
「二人の目的が同じである以上、僕たちはずっと独身だっていうこと」

 ゆるゆると首を横に振りながらそう言うジークハルトに、マーガレットは内心で「クローヴィス様ぁぁ!」と絶叫してしまった。

(こんな面倒ごとに巻き込まれるんだったら、さっさと断ったわよ!)

 恋の邪魔ものになるつもりなどこれっぽっちもなかった。ただ、ちょっと援助に目がくらんだだけだ。そう思いマーガレットが冷や汗をだらだらとかいていれば、ジークハルトは露骨に「はぁ」とため息をつく。

 見た目麗しき男性のため息はとても絵になるものだ。けれど、今のマーガレットにそんなことを考える余裕などない。このままだとガチで――殺される。もう、命の危険さえ覚えてしまっている。

「クローヴィスってば、ひどいよねぇ。僕のことを捨てて、一人置いてきぼりにするんだから」

 やれやれと言った風にそう零すジークハルトの真っ赤な目が、マーガレットを射貫く。……もう、どうにでもなれ。そんなことを思ってしまい、マーガレットは天井を仰いだ。

「……本当に、キミのことが目障りかも」

 その後、ジークハルトはマーガレットの方に近づいてくると、その銀色の髪を優しく撫でる。その手つきには何処となく下心のようなものがこもっているのは気のせいだろうか? いや、きっと気のせいである。だって、彼はクローヴィスのことを愛しているはずなのだから。

「ねぇ、どうせだし――」

 ――僕と、秘密の関係でも持たない?

 耳元でそう囁かれ、マーガレットの頬が一気にぶわっと熱くなった。

(っていうか、男色家同士の恋のスパイスになるならばまだしも、秘密の関係ってどういうことですか⁉)

 混乱する頭はそんなことを絶叫する。だが、それは生憎と言っていいのかジークハルトには伝わっていなかったらしく、彼はそのきれいな指先でマーガレットの身体を撫で――その頬に指を押し当てる。

「――ねぇ、口づけしようか」

 そう言われ、マーガレットはさらに混乱した。本当に、このジークハルトの思惑がこれっぽっちもわからない。これでも思惑を読み取るのは得意な方だと思ってきた。が、ジークハルトに関してはこれっぽっちもわからない。その所為で、目を回してしまう。

「僕、キミみたいな子も大好きなんだ」

 その唇が、どんどんマーガレットに近づいていく。端正な顔が視界いっぱいに広がって……マーガレットはさらに目を回し、頭の上から湯気を放つ。

「そう。そういう子が――」
「――ジークハルト」

 唇と唇が触れるほんの寸前。不意にその間に手が入ってくる。それに驚いてその手の持ち主に視線を向ければ――そこには、にっこりと笑ったクローヴィスがいた。

 彼はジークハルトとマーガレットの身体を引き離すと、何故かマーガレットの隣に腰掛けてくる。

「あ、あの……?」

 これでは、自分がジークハルトに妬まれてしまうじゃないか。そんな不安を抱きクローヴィスのことを憎たらしく見つめれば、彼は「ジークハルト、からかいすぎだ」と彼に注意する。

「……からかう、って?」

 もう何も考えたくない。そう思いだらしなくもソファーの背もたれにもたれかかっていれば、ジークハルトのくすくすという笑い声が耳に届いた。

「ごめんごめん。こういう子を見ると、ついついからかいたくなっちゃって」

 肩をすくめながら反省した様子もなくジークハルトは謝罪をしてくる。……これは一体、どういう状態なのだろうか?

「ごめんね、マーガレット。ジークハルトはマーガレットみたいな子が大好きなんだ」

 首を横に振りながらクローヴィスはそう言う。しかし、それは尚更意味が分からない。だって、ジークハルトはクローヴィスの恋人で――……。

「……この場合、マーガレットには種明かしした方が良いかもね。……あのね、マーガレット。僕とクローヴィスは恋仲でも何でもない。ただの親友だよ」
「え?」
「男色家っていうのは……僕たちがあまりにも仲良くしているから流れちゃったただの噂に過ぎないんだ。……驚かせちゃった、ごめんね?」

 いやいやいや、先ほどジークハルトは『僕のクローヴィス』と言ったじゃないか。そんな意味を込めて彼を見つめれば、彼は「キミみたいな純粋な子って、からかいたくなるよねぇ」とけらけらと笑いながら言う。……完全に、彼の手のひらの上だったらしい。
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