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第一章

来客の正体

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「その、ご迷惑ではなければどちら様なのかお教え願えますでしょうか?」

 マーガレットは恐る恐るといった風にそう問う。夫とはいえ他人のプライベートに片足を突っ込んでしまうような形なのだ。あまり、ほめられたことではないだろう。

 そう思う半面、知っておいて損はないだろうという打算的な感情もあった。夫の交友関係を知っておけば、今後は役に立つはずだから。

「いいよ」

 マーガレットのいろいろな考えを無視するかのように、クローヴィスはあっさりと肯定の返事をくれた。それに少しがっくりと来そうになったものの、マーガレットはにこやかに笑う。淑女たるもの、笑顔が大切である。……マーガレットが淑女かどうかは、別として。

 そんなことを考えていれば、朝食が運ばれてくる。朝食はシンプルなロールパンとサラダ。それからスープのようだ。それを一瞥しごくりと息を呑んでしまえば、クローヴィスは「朝食はあまり豪華じゃないけれどね」と肩をすくめながら言う。

「い、いえ、十分豪華です……!」

 クローヴィスの言葉に対し、マーガレットは思わずそう告げてしまった。子爵家にいた頃はパンだけという日が多かった。それに比べれば、この食事はとんでもなく豪華である。そう思い首を横にぶんぶんと振れば、クローヴィスは声を上げて笑っていた。

「あぁ、そう言えば話が逸れてしまったね。……今日来るのは、シェアー侯爵家のジークハルトだよ」
「……じ、ジークハルト様⁉」

 食事に持っていかれた意識が一気に現実に引き戻される名前だった。マーガレットがその名前を口にすれば、クローヴィスはにっこりと笑って「何か、問題があったかな?」と問いかけてくる。そのため、マーガレットはぶんぶんと首を横に振る。

(ジークハルト様って……クローヴィス様と恋仲だと噂されていた方じゃない!)

 クローヴィスに男色家だという噂がある以上、相手の噂も立つものである。そして、クローヴィスの恋の相手……だと言われていたのが、シェアー侯爵家の当代の当主であるジークハルト・シェアー。言葉にするのならばゆるふわ系の男性であり、優しい人だ。ちなみに、芯は強く割としっかりとした部分もある。

(もしかして、お祝いが辛かったから個別で……となったのかしら?)

 人の恋路に首を突っ込めば馬にけられる。それはわかっている。しかし、勘繰りがやめられない。だって、恋仲の人がほかの人と結婚したのだ。……それがたとえ契約的なものだったとしても、当人からすれば嫌なことであることは間違いない。

「ジークハルトが個人的にお祝いしたいって言ってくれてね。……ぜひとも、マーガレットとも会いたいって」

 何でもない風にクローヴィスはそう言うものの、マーガレットからすればそれはいわば死刑宣告のようにも聞こえてしまった。

(そんなの、無理ですってば!)

 夫の恋人に会うなど絶対に無理だ。内心ではそう思うのに、口からは「か、かしこまりました……」と出てくるのだから自分の真面目さが恨めしい。そんなことを思いながら、マーガレットは引きつったような笑みを浮かべた。

「そう、ありがとう。……ジークハルトも喜ぶよ」
「……怒るの間違いでは?」
「何か言った?」
「い、いえ……」

 どうやらマーガレットの小さな呟きは、彼には聞こえなかったらしい。それにほっと息を吐けば、クローヴィスは「じゃあ、午前の十時くらいに来るって言っていたからね。準備しておいて」と言って話を打ち切ってしまう。

「さぁて、食事が冷めてしまうから先に食べようか」
「……は、はぁ」

 確かにせっかくの食事なのだ。冷めてしまったらもったいない。そう思い、マーガレットはゆっくりとサラダに口をつけてみる。……とても、美味しかった。

(子爵家で食べていたものと同じだとは思えないわ……!)

 この味も、みずみずしさも。何もかもが別物だ。そんな風に思い引きつる頬を無視して、今度はスープを口に運ぶ。スープはコーンスープだったらしく、コーン特有の甘みが口の中に広がっていく。……美味しかった。

(こんな食事に毎日ありつけるのならば、本当に結婚してよかったわ!)

 食事一つで考えがこんなにも変わるのだから、マーガレットはなんと現金な人間なのだろうか。きっと、クローヴィスもマーガレットの内情を知ればそう言うだろう。が、生憎と言っていいのか彼は美味しそうに食事をするマーガレットのことを温かい目で見つめるだけだ。

「あぁ、そういえば。ジークハルトは一緒に食事を摂りたいって言っているから、昼食は三人になるよ」

 しかし、クローヴィスが思い出したように発したその言葉に、マーガレットはむせてしまった。慌てて水を口内に流しこめば、彼はくすくすと笑う。

「そんなに驚かなくても。……大丈夫、ジークハルトはマーガレットを取って食おうとしているわけじゃないんだから」

 そう言われても、信じられるわけがない。そんな意味を込めて彼の目を見つめれば、彼は笑っていた。……ひどく妖艶な笑みだった。
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