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第一章
ジビレ・ペッシェル
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それからしばしマーガレットは室内を物色してみることにした。
机の引き出しの中には書き物が出来るようなセットが入っていた。レターセットの一つを手に取ってみるものの、その紙質の良さに驚いてしまう。……さすがは、筆頭公爵家というべきか。
そう思いながら、次に棚の方へと移動してみる。棚の中には女性が好きそうな物語が所狭しと詰まっていた。そのラインナップは読書に疎いマーガレットでさえ聞いたことのあるタイトルばかりだ。試しに一番右の本を手に取ってみる。内容としては王道のものだろうか。けれど、長いこと王国で愛されてきた物語だ。
(しかし……契約妻って何をすればいいのかしら?)
室内を物色しながら、マーガレットはそう思う。普通契約妻となれば、子を産む……とかそういうことを求められるはずだ。しかし、マーガレットは契約結婚してほしいとしか言われていない。そして、彼は寝室を完全に別にしてしまっている。……これでは、子が出来ることは一生ない。
(多分、クローヴィス様は都合のいい妻をお求めなのよね。……よし、こうなったら立派にここの女主人を務めてやろうじゃない!)
あまり積極的な行動はしたくない。しかし、マーガレットは元々何かをしないと落ち着かない性質なのだ。求められたこと以上の結果を残してこそ、契約成立というものだ。少なくとも、マーガレットはそう思っている。
そんなことを考え、マーガレットが決意を固めていると不意に私室の扉がノックされる。その後、小さく「奥様」と声をかけられた。……どうやら、専属侍女が来たらしい。
「どうぞ」
端的な返事をして、マーガレットは応接スペースに腰を下ろす。すると、私室の扉が開き何処となく冷たい印象を与える女性が顔を見せた。彼女は丈の長い侍女服を身に纏っており、その真っ青な髪は一つにお団子としてまとめられている。
「本日から奥様の専属侍女の頭を務めさせていただきます、ジビレ・ペッシェルと申します。よろしくお願いいたします」
専属侍女――ジビレの声は聞いていてとても心地のいいモノだった。ただ、あえて言うのならば……そう、少し声量が小さいだろうか。まぁ、仕事さえできればそこら辺は構わないとマーガレットは思っている。
「こちらこそ、よろしくね。マーガレットよ」
にこやかな笑みを顔に作り上げ、マーガレットはジビレにそう声をかける。そうすれば、彼女はぺこりと頭を下げるだけだった。……どうやら、あまり話が好きな人種ではないらしい。
「何かありましたら、そちらのベルを鳴らしてくださいませ。……私どもが、駆けつけますので」
業務連絡とばかりに愛想もなくジビレはそう言う。……どうやら、彼女は最低限以外会話をしたくないらしい。それに気が付き、マーガレットは苦笑を浮かべる。
(もしも、癇癪持ちの女性が嫁いできたら、怒り出すわね)
そう思うものの、そうなれば彼女が専属侍女の頭になることはないだろう。そんなことを思いながら、マーガレットは「今日は遅いし、下がっていいわよ」とにこやかな笑みのまま告げる。
「明日の起床時間はどれくらいにすればいいかしら?」
「……旦那様のご予定に合わせるのならば、六時半には」
「わかったわ。では、それくらいに起きるわね」
マーガレットは一応早起きが得意な部類の人間である。だからこそ、別に六時半に起きることに文句などない。むしろ、六時に起きていた子爵家での生活を思い出すに、かなりいい待遇と言えるのではないだろうか。
「では、また明日お願いするわ。……おやすみなさい」
「はい」
時刻は夜の九時半を回っている。普段ならばまだ活動する時間帯ではあるものの、挙式やら披露宴やらで疲れ切った身体は睡眠を求めていた。そういう意味を込めてジビレにそう声をかければ、彼女も言葉の意味を素直に受け取ったのだろう。一度深々と頭を下げたかと思えば「では、おやすみなさいませ」と定型文の挨拶をして部屋を出て行く。
(……ふぅ)
ジビレが下がったのを確認し、マーガレットは息を吐いた。そのまま寝台の方に移動し、その豪奢な寝台にダイブする。大人三人が横になっても大丈夫そうな巨大な寝台は、子爵家で使っていたものとは全く違う。それにほんの少し惨めになりながらも、マーガレットは目を瞑る。
(私は今日からオルブルヒ公爵夫人なのよね。……クローヴィス様のことを、お支えしなければ)
たとえ彼がそれを求めていなかったとしても、仲睦まじい夫婦を演じるのは必要かもしれない。彼が本当に男色家なのかはわからないが、わかることはただ一つ。
――マーガレットとの間に子を持つ意思はないということ。
それを理解し、マーガレットは「ふぅ」ともう一度息を吐いた。別に、寂しくはない……はずである。だって、それくらい覚悟のうえで彼の提示した契約を受け入れたのだから。
(むしろ、衣食住完全補償はいい条件のはず)
そう思いなおし、マーガレットはあっさりと夢の世界へと落ちていった。体力のあるマーガレットでも、さすがに眠気には抗えなかった。
机の引き出しの中には書き物が出来るようなセットが入っていた。レターセットの一つを手に取ってみるものの、その紙質の良さに驚いてしまう。……さすがは、筆頭公爵家というべきか。
そう思いながら、次に棚の方へと移動してみる。棚の中には女性が好きそうな物語が所狭しと詰まっていた。そのラインナップは読書に疎いマーガレットでさえ聞いたことのあるタイトルばかりだ。試しに一番右の本を手に取ってみる。内容としては王道のものだろうか。けれど、長いこと王国で愛されてきた物語だ。
(しかし……契約妻って何をすればいいのかしら?)
室内を物色しながら、マーガレットはそう思う。普通契約妻となれば、子を産む……とかそういうことを求められるはずだ。しかし、マーガレットは契約結婚してほしいとしか言われていない。そして、彼は寝室を完全に別にしてしまっている。……これでは、子が出来ることは一生ない。
(多分、クローヴィス様は都合のいい妻をお求めなのよね。……よし、こうなったら立派にここの女主人を務めてやろうじゃない!)
あまり積極的な行動はしたくない。しかし、マーガレットは元々何かをしないと落ち着かない性質なのだ。求められたこと以上の結果を残してこそ、契約成立というものだ。少なくとも、マーガレットはそう思っている。
そんなことを考え、マーガレットが決意を固めていると不意に私室の扉がノックされる。その後、小さく「奥様」と声をかけられた。……どうやら、専属侍女が来たらしい。
「どうぞ」
端的な返事をして、マーガレットは応接スペースに腰を下ろす。すると、私室の扉が開き何処となく冷たい印象を与える女性が顔を見せた。彼女は丈の長い侍女服を身に纏っており、その真っ青な髪は一つにお団子としてまとめられている。
「本日から奥様の専属侍女の頭を務めさせていただきます、ジビレ・ペッシェルと申します。よろしくお願いいたします」
専属侍女――ジビレの声は聞いていてとても心地のいいモノだった。ただ、あえて言うのならば……そう、少し声量が小さいだろうか。まぁ、仕事さえできればそこら辺は構わないとマーガレットは思っている。
「こちらこそ、よろしくね。マーガレットよ」
にこやかな笑みを顔に作り上げ、マーガレットはジビレにそう声をかける。そうすれば、彼女はぺこりと頭を下げるだけだった。……どうやら、あまり話が好きな人種ではないらしい。
「何かありましたら、そちらのベルを鳴らしてくださいませ。……私どもが、駆けつけますので」
業務連絡とばかりに愛想もなくジビレはそう言う。……どうやら、彼女は最低限以外会話をしたくないらしい。それに気が付き、マーガレットは苦笑を浮かべる。
(もしも、癇癪持ちの女性が嫁いできたら、怒り出すわね)
そう思うものの、そうなれば彼女が専属侍女の頭になることはないだろう。そんなことを思いながら、マーガレットは「今日は遅いし、下がっていいわよ」とにこやかな笑みのまま告げる。
「明日の起床時間はどれくらいにすればいいかしら?」
「……旦那様のご予定に合わせるのならば、六時半には」
「わかったわ。では、それくらいに起きるわね」
マーガレットは一応早起きが得意な部類の人間である。だからこそ、別に六時半に起きることに文句などない。むしろ、六時に起きていた子爵家での生活を思い出すに、かなりいい待遇と言えるのではないだろうか。
「では、また明日お願いするわ。……おやすみなさい」
「はい」
時刻は夜の九時半を回っている。普段ならばまだ活動する時間帯ではあるものの、挙式やら披露宴やらで疲れ切った身体は睡眠を求めていた。そういう意味を込めてジビレにそう声をかければ、彼女も言葉の意味を素直に受け取ったのだろう。一度深々と頭を下げたかと思えば「では、おやすみなさいませ」と定型文の挨拶をして部屋を出て行く。
(……ふぅ)
ジビレが下がったのを確認し、マーガレットは息を吐いた。そのまま寝台の方に移動し、その豪奢な寝台にダイブする。大人三人が横になっても大丈夫そうな巨大な寝台は、子爵家で使っていたものとは全く違う。それにほんの少し惨めになりながらも、マーガレットは目を瞑る。
(私は今日からオルブルヒ公爵夫人なのよね。……クローヴィス様のことを、お支えしなければ)
たとえ彼がそれを求めていなかったとしても、仲睦まじい夫婦を演じるのは必要かもしれない。彼が本当に男色家なのかはわからないが、わかることはただ一つ。
――マーガレットとの間に子を持つ意思はないということ。
それを理解し、マーガレットは「ふぅ」ともう一度息を吐いた。別に、寂しくはない……はずである。だって、それくらい覚悟のうえで彼の提示した契約を受け入れたのだから。
(むしろ、衣食住完全補償はいい条件のはず)
そう思いなおし、マーガレットはあっさりと夢の世界へと落ちていった。体力のあるマーガレットでも、さすがに眠気には抗えなかった。
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