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第一章
オルブルヒ公爵家
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それからの半年間は忙しなく過ぎた。挙式の準備に婚約者としてのあいさつ回り。クローヴィスがそれとなく手助けしてくれたものの、社交界にあまり慣れていないマーガレットからすればそれは苦痛でしかなく。
さらには、クローヴィスが贈ってくれたドレスはかなり華美なものであり、マーガレットは顔を真っ赤にしながら着ていた。
そして、挙式が終わり、マーガレットがオルブルヒ公爵家の屋敷に引っ越す時。披露宴でくたくたになってしまったマーガレットを待ち受けていたのは……これでもかというほど豪華な屋敷だった。
「おかえりなさいませ、旦那様、奥様」
玄関の重厚な扉が開くと、数多くの使用人が一斉に頭を下げる。そのまま彼らはそんな言葉を一言一句乱れぬハーモニーで告げてくる。それにマーガレットが恐縮していれば、クローヴィスは執事と思わしき男性と何やら会話を始めてしまった。
残されたマーガレットがぼんやりとしていれば、不意に「奥様」と声をかけられる。一瞬誰のことを呼んでいたのかはわからなかったが、すぐに自分のことだと気が付きマーガレットはそちらに視線を向けた。
「えぇっと……」
「私はフローラと申します。オルブルヒ公爵家で侍女頭を務めさせていただいております」
深々と頭を下げ、フローラと名乗った侍女頭が挨拶をしてくる。だからこそ、マーガレットは「は、はい」と上ずったような声で返事をした。すると、フローラはふんわりと笑う。
「奥様。そんな風に緊張しないでくださいませ。何かありましたら、私どもに遠慮なく言いつけてくださいませ」
「は、はい」
緊張するなと言われても、緊張してしまう。こんな豪華絢爛な屋敷の奥様になったのだと思うと、混乱してしまいそうだ。挙式の際や披露宴の際はそこまで気にならなかったが、ここに来てしまうと一気に実感がわき出てくる。
(いいえ、頑張るのよ。クローヴィス様に恩を返すの。頑張りなさい、マーガレット)
内心でそう呟き、マーガレットはクローヴィスの姿を見つめる。すると、その視線に気が付いたのかクローヴィスはにっこりと笑いかけてきた。
「マーガレット。とりあえず、私室となるお部屋に案内しましょう。行きましょうか」
「……は、はぃ!」
クローヴィスに手を取られ、マーガレットは玄関の正面にある階段を上っていく。二階の廊下を左に向かい、そのまま奥へ奥へと進んでいく。
(うわぁ、この骨董品だけでも子爵家ならば三ヶ月以上生きていけそうだわ……)
廊下に並ぶ骨董品を見つめながら、マーガレットは悲しい想像をする。
そんなマーガレットに気がついているのか、いないのか。そこは定かではないものの、クローヴィスはくすくすと声を上げて笑う。
「マーガレット。そんな風にきょろきょろと見渡さなくても大丈夫です。貴女はここの女主人となったのですから」
「で、ですが……」
クローヴィスのその言葉に、マーガレットは露骨に眉を下げる。確かにマーガレットはこの家の女主人となったのかもしれない。しかし、それは所詮契約上のものであり、彼に見初められたわけでは……と、そこまで想像して思う。
(結婚なんて所詮契約じゃない。何も変わっていないわ)
それに気が付くと、マーガレットの中で何かがすっと降りてきた。それと同時に表情を引き締めれば、クローヴィスは「堂々としていればいいのです」と言ってにっこりと笑う。
その後、しばし歩いてとある扉の前に連れてこられる。その扉の前で、クローヴィスは「ここが、マーガレットの私室になります」と言ってその扉を開けた。
「……うわぁ」
室内はとてもきれいだった。白を基調とした女性らしい家具がたくさん並んでおり、マーガレットの興味をそそる。
室内にはソファーやテーブル。ほか机やいすや棚。それから寝台がある。その寝台はまるでお姫様が使うかのようなほどの豪華さを誇っていた。
「一応夫婦の寝室はあるのですが、こちらを使用してください。俺も、私室の寝台を使用しますので」
「……は、はい」
やはりと言うべきか、クローヴィスはマーガレットのことを抱くつもりは一切ないらしい。それにほっと一安心をするほか、胸の内側に小さな寂しさが生まれてくる。その寂しさを壊すかのように首を横に振り、マーガレットはしっかりとクローヴィスを見据えた。
その黒曜石のような美しい目は何を考えているのかが全く分からない。……このまま、見つめていても時間の無駄だな。そう思いマーガレットはそっと視線を逸らす。
「では、後はご自由にくつろいでください。しばらくしたら専属侍女が顔を見せると思うので、挨拶もお願いしますよ」
「はい」
クローヴィスはそれだけを言うと踵を返してマーガレットの私室を出てこうとする。それを引き止めることなく、マーガレットは彼のことを見送った。
(……愛されない妻、か)
その響きはお世辞にもいいモノとは言えない。でも、これは自分が望んだことなのだ。マーガレットはクローヴィスと契約した。ただ、それだけなのだから。
さらには、クローヴィスが贈ってくれたドレスはかなり華美なものであり、マーガレットは顔を真っ赤にしながら着ていた。
そして、挙式が終わり、マーガレットがオルブルヒ公爵家の屋敷に引っ越す時。披露宴でくたくたになってしまったマーガレットを待ち受けていたのは……これでもかというほど豪華な屋敷だった。
「おかえりなさいませ、旦那様、奥様」
玄関の重厚な扉が開くと、数多くの使用人が一斉に頭を下げる。そのまま彼らはそんな言葉を一言一句乱れぬハーモニーで告げてくる。それにマーガレットが恐縮していれば、クローヴィスは執事と思わしき男性と何やら会話を始めてしまった。
残されたマーガレットがぼんやりとしていれば、不意に「奥様」と声をかけられる。一瞬誰のことを呼んでいたのかはわからなかったが、すぐに自分のことだと気が付きマーガレットはそちらに視線を向けた。
「えぇっと……」
「私はフローラと申します。オルブルヒ公爵家で侍女頭を務めさせていただいております」
深々と頭を下げ、フローラと名乗った侍女頭が挨拶をしてくる。だからこそ、マーガレットは「は、はい」と上ずったような声で返事をした。すると、フローラはふんわりと笑う。
「奥様。そんな風に緊張しないでくださいませ。何かありましたら、私どもに遠慮なく言いつけてくださいませ」
「は、はい」
緊張するなと言われても、緊張してしまう。こんな豪華絢爛な屋敷の奥様になったのだと思うと、混乱してしまいそうだ。挙式の際や披露宴の際はそこまで気にならなかったが、ここに来てしまうと一気に実感がわき出てくる。
(いいえ、頑張るのよ。クローヴィス様に恩を返すの。頑張りなさい、マーガレット)
内心でそう呟き、マーガレットはクローヴィスの姿を見つめる。すると、その視線に気が付いたのかクローヴィスはにっこりと笑いかけてきた。
「マーガレット。とりあえず、私室となるお部屋に案内しましょう。行きましょうか」
「……は、はぃ!」
クローヴィスに手を取られ、マーガレットは玄関の正面にある階段を上っていく。二階の廊下を左に向かい、そのまま奥へ奥へと進んでいく。
(うわぁ、この骨董品だけでも子爵家ならば三ヶ月以上生きていけそうだわ……)
廊下に並ぶ骨董品を見つめながら、マーガレットは悲しい想像をする。
そんなマーガレットに気がついているのか、いないのか。そこは定かではないものの、クローヴィスはくすくすと声を上げて笑う。
「マーガレット。そんな風にきょろきょろと見渡さなくても大丈夫です。貴女はここの女主人となったのですから」
「で、ですが……」
クローヴィスのその言葉に、マーガレットは露骨に眉を下げる。確かにマーガレットはこの家の女主人となったのかもしれない。しかし、それは所詮契約上のものであり、彼に見初められたわけでは……と、そこまで想像して思う。
(結婚なんて所詮契約じゃない。何も変わっていないわ)
それに気が付くと、マーガレットの中で何かがすっと降りてきた。それと同時に表情を引き締めれば、クローヴィスは「堂々としていればいいのです」と言ってにっこりと笑う。
その後、しばし歩いてとある扉の前に連れてこられる。その扉の前で、クローヴィスは「ここが、マーガレットの私室になります」と言ってその扉を開けた。
「……うわぁ」
室内はとてもきれいだった。白を基調とした女性らしい家具がたくさん並んでおり、マーガレットの興味をそそる。
室内にはソファーやテーブル。ほか机やいすや棚。それから寝台がある。その寝台はまるでお姫様が使うかのようなほどの豪華さを誇っていた。
「一応夫婦の寝室はあるのですが、こちらを使用してください。俺も、私室の寝台を使用しますので」
「……は、はい」
やはりと言うべきか、クローヴィスはマーガレットのことを抱くつもりは一切ないらしい。それにほっと一安心をするほか、胸の内側に小さな寂しさが生まれてくる。その寂しさを壊すかのように首を横に振り、マーガレットはしっかりとクローヴィスを見据えた。
その黒曜石のような美しい目は何を考えているのかが全く分からない。……このまま、見つめていても時間の無駄だな。そう思いマーガレットはそっと視線を逸らす。
「では、後はご自由にくつろいでください。しばらくしたら専属侍女が顔を見せると思うので、挨拶もお願いしますよ」
「はい」
クローヴィスはそれだけを言うと踵を返してマーガレットの私室を出てこうとする。それを引き止めることなく、マーガレットは彼のことを見送った。
(……愛されない妻、か)
その響きはお世辞にもいいモノとは言えない。でも、これは自分が望んだことなのだ。マーガレットはクローヴィスと契約した。ただ、それだけなのだから。
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