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第一章

親子団らん

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「それではマーガレット嬢。……また、会いましょうね」
「えぇ、クローヴィス様」

 玄関でにっこりと笑って別れの挨拶をする。

 クローヴィスはにこやかな笑みを浮かべながらアストラガルス子爵家の屋敷を後にした。

(……ふぅ、疲れたわ)

 彼の姿が見えなくなると、マーガレットは一息つく。やはりどうにも公爵なる身分の人間を相手にすると疲れてしまうらしい。それに、彼の言った「アストラガルス子爵と話をした方が良いよ」という言葉が引っかかる。

 そのため、マーガレットはゆっくりと振り返り――自分たちを柱の陰から見ていたアードルフに視線を向けた。

「お父様」

 眉を顰めながらそう声をかければ、アードルフは「マーガレットぉぉ!」と歓喜に満ち溢れた声でマーガレットのことを呼ぶ。

「あぁ、お前ならば必ず良き男性を捕まえてくることが出来ると思っていたよ。……公爵閣下を惚れさせるなど、素晴らしいじゃないか!」

 アードルフはマーガレットの手を握りしめ、ぶんぶんと振りながらそう言う。この態度を見て、クローヴィスの言葉に関しては「ないな」と判断してしまう。申し訳ないが、アードルフはそういうタイプではなさそうだ。

(そりゃあ、変なところに売り飛ばさなかったところは褒められるべきことなのかもだけれど)

 借金だらけだからといって、娘を変な輩に売り飛ばさなかったところは褒めるべきところだろう。けれど、結局はそうなのだ。貴族の令嬢など道具でしかないということ。

「ところで、公爵閣下は我が家のことを何かおっしゃっていたかい?」

 マーガレットが一人考えていると、不意にアードルフがそう声をかけてくる。だからこそ、マーガレットは「いえ、特には」と言って笑みを浮かべる。その後「ただ、援助をしてくださるということはおっしゃっていたわ」と挑発的に笑って言う。

(まぁ、そこには多大なる私の犠牲が含まれているのだけれど)

 実際、援助を手に入れるためには男色家疑惑のある彼の元にマーガレットが契約妻として嫁ぐという犠牲がある。だが、父はそんなこと気にも留めないだろう。そう判断し、その部分は伏せてクローヴィスの発した言葉を告げる。

「おぉ、公爵閣下はとても思いやりのあるお方なのだな! そんなところに嫁げるなど、幸せに違いない!」

 アードルフのその言葉を聞いて、マーガレットの中にモヤモヤが渦巻いていく。

 貴族の令嬢の幸せとは夫に愛されること……ではなく、いい家に嫁ぐことである。そこで冷遇されていようが、愛人にしか愛を向けられなかろうが。いい家に嫁げばそれが幸せとされる。

 マーガレットは常々それに疑問を抱いてきた。しかし、それを口に出すことは出来ない。そのため、にっこりと笑って「えぇ、最高の幸福だわ」と言うだけにとどめておいた。

(……男色家疑惑の公爵様の元に嫁いだら、私は一体どんな目で見られるのかしらねぇ?)

 憐れみを含んだ目だろうか。それとも、羨みを含んだ目だろうか? 少なくとも、好意的な目で見られることはないだろうな。内心でそう思いへこたれそうになるものの、自分が選んだ道だとマーガレットは自分の気持ちをただす。

「クローヴィス様は後日婚約の書類を送ってくださるそうよ。挙式とかは半年後を予定しているということも聞いたわ」
「おぉ、そうか!」
「くれぐれも、挙式で飲みすぎないで頂戴よ。今から言っておくわ」

 ゆるゆると首を横に振りながらそう言えば、アードルフは「花嫁の父が、そんなこと出来るわけがないだろう!」と嬉しそうに言う。が、アードルフは三日も経てば小言を忘れてしまうという素晴らしい頭の持ち主である。全く、あてにできるわけがない。

「お父様。では、私は私室に戻りますね。……また、食事を作る際に戻ってきますので」
「あぁ、わかったよ」
「それから、クローヴィス様が使用人を数名よこしてくださるそうです。料理人も含まれているので、私の料理はここで終わり」

 お世辞にもあまり上手とは言えない料理。それを作らなくて済むというのは喜ばしいことだが、ちょっと寂しい。そう思い方をすくめれば、アードルフは「そうかぁ」と何処か懐かしむような声で天井を見上げる。

「お前の料理も食べ収めかぁ。……初めの頃より上手になって、最近はそこそこ旨かったんだがなぁ」

 そう零すアードルフは何となくだが、娘を大切に思っている父親のようだった。そんなアードルフの意外な一面に心を動かされるものの、マーガレットは首を横に振って「なんですか、それは」と呆れたような言葉を投げつける。

「お父様が料理を全くできないので、私がするほかなかったのではありませんか」
「まぁ、そうだな」

 マーガレットの皮肉交じりの言葉を素直に受け止め、アードルフは「ははは」と笑う。その笑みも何処となく老けたような感じがして、マーガレットは「はぁ」とため息をついた。少なくとも、アードルフは悪い父親ではないのだ。……いい父親かということは、別ではあるのだが。
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