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第一章
来訪
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あの舞踏会から数日後。アストラガルス子爵家には似つかわしくないほど豪奢な馬車が門の前に止まる。
私室の窓からそれを目ざとく見つけたマーガレットは、突拍子もなく部屋を飛び出してしまった。
重々しく立て付けの悪い玄関の扉を開けると、ちょうど彼――クローヴィスがこちらにやってくる最中だった。彼はマーガレットのことを見つめ「この間ぶりですね、マーガレット嬢」とにこやかな笑みを浮かべる。その笑みは人好きがしそうなものであり、悪い人には見えない。
「い、いえ、わざわざ、来ていただき……」
もうこの場合なんと言えばいいのだろうか。内心でそんな疑問を抱きながらも、マーガレットはスカートの端をちょんとつまんで一礼をする。そうすれば、クローヴィスは「かしこまらないでください」と言いながら口元を緩める。
「俺は貴女のお父上に挨拶をしに来ただけですので」
「で、ですが……」
「マーガレット嬢は今後俺の妻になるのですから、かしこまる必要などないのです」
ゆるゆると首を横に振りながらクローヴィスはそう言う。そのため、マーガレットは納得できないものの「はぁ」と生返事をする。すると、屋敷の奥からガタガタと音が聞こえる。どうやら、アードルフが騒ぎに気が付いたらしい。
「マーガレット。お前に客人だと聞いていた、がっ!」
アードルフがこちらに顔を出すとほぼ同時に、硬直する。そのまま口をパクパクと動かし、彼は酸素を求める魚のような動きをしていた。そんなアードルフを一瞥し、マーガレットは「どうぞ、クローヴィス様」と言って屋敷に招き入れる。
「寛ぐこともできないほど、何もない屋敷ですが……」
肩をすくめてそう言えば、クローヴィスは「いえいえ」と言いながらにこやかな笑みを浮かべ続ける。その後、アードルフの前に立つと深々と一礼をする。
「初めまして、アストラガルス子爵」
「は、はぁ」
どうやらアードルフは驚きすぎてクローヴィスに対し無礼な態度を取っていることに気が付いていないようだ。そんな父に内心で舌打ちをし、マーガレットは「お父様、行きますわよ」と耳打ちをする。
そして、アードルフの隣をすり抜けようとしたのだが、彼は勢いよくマーガレットの腕をつかむ。
「ま、ま、マーガレットぉ!」
アードルフの絶叫が屋敷に響き渡った。それに額を押さえてしまいそうになるものの、クローヴィスの前で変なことは出来ない。そう思い、マーガレットはアードルフを柱の陰に引っ張り込む。クローヴィスには「少々、お待ちくださいませ」と声をかけておいた。もちろん、にこやかな表情で。
「マーガレット! どうして、こんなところにオルブルヒ公爵がやってこられたのだ……⁉」
マーガレットの顔を見て、アードルフが両肩を力いっぱいつかんだかと思えばそう問うてくる。しかも、肩をぐらぐらと揺らすおまけつきだ。それに頭がくらくらとしてしまいそうになる中、マーガレットは「本日、私のお客様がいらっしゃると言っておいたではありませんか」と淡々と言葉を発する。
「だ、だが、オルブルヒ公爵だなど、これっぽっちも聞いていないぞ!」
「そりゃあ、教えておりませんもの」
腕を組んでそう言えば、アードルフは「そもそも、何故公爵閣下ともあろうお方がこんなところにいらっしゃっているのだ⁉」と早口で問いかけてくる。……一体、何から説明すればいいのか。そんな風に思い頭を抱えてしまいそうになるマーガレットを他所に、アードルフは「あぁ、我が家は終わりだ……」と零している。
「お前が何か公爵閣下に粗相をしたのだろう? だから、公爵閣下は我が家に怒りの突撃をされて……」
「お父様。私をお父様と一緒にしないでくださいませ」
苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべマーガレットがそう言えば、アードルフは天を仰ぐ。その頭髪はまた少し薄くなっただろうか。何処となく他人事のようにそう思いながら、マーガレットは「クローヴィス様、私と結婚したいのですって」とやれやれとばかりに告げる。
「は、はぁ⁉ こんな貧相な娘を公爵閣下が見初めただと⁉」
自分の娘を貧相と言うのはいささか問題があるのではないだろうか。内心でそう思い冷たい目をアードルフに向ければ、彼は冷や汗をだらだらとかきながら「だ、だがな、公爵閣下は……」と口ごもる。どうやら、彼もクローヴィスの噂を知っているらしい。
「その点は、この後ご説明してくださるそうよ。とりあえずお父様、くれぐれもクローヴィス様に失礼な態度を取らないで頂戴ね」
やれやれとばかりに首を横に振ってそう言えば、アードルフはぶんぶんと効果音がつきそうなほどに首を縦に振る。それにほっと一安心し、マーガレットはクローヴィスの方を振り返る。
「お待たせいたしました。父が少々狼狽えていましたので、落ち着かせておりましたの」
にこやかなよそ行きの笑みを浮かべてそう言えば、クローヴィスは「いえ、お構いなく」とその目を細める。
美しいが、腹の底が知れない笑みだ。マーガレットは心の奥底でそう思いながら、クローヴィスを応接間へと案内する。
私室の窓からそれを目ざとく見つけたマーガレットは、突拍子もなく部屋を飛び出してしまった。
重々しく立て付けの悪い玄関の扉を開けると、ちょうど彼――クローヴィスがこちらにやってくる最中だった。彼はマーガレットのことを見つめ「この間ぶりですね、マーガレット嬢」とにこやかな笑みを浮かべる。その笑みは人好きがしそうなものであり、悪い人には見えない。
「い、いえ、わざわざ、来ていただき……」
もうこの場合なんと言えばいいのだろうか。内心でそんな疑問を抱きながらも、マーガレットはスカートの端をちょんとつまんで一礼をする。そうすれば、クローヴィスは「かしこまらないでください」と言いながら口元を緩める。
「俺は貴女のお父上に挨拶をしに来ただけですので」
「で、ですが……」
「マーガレット嬢は今後俺の妻になるのですから、かしこまる必要などないのです」
ゆるゆると首を横に振りながらクローヴィスはそう言う。そのため、マーガレットは納得できないものの「はぁ」と生返事をする。すると、屋敷の奥からガタガタと音が聞こえる。どうやら、アードルフが騒ぎに気が付いたらしい。
「マーガレット。お前に客人だと聞いていた、がっ!」
アードルフがこちらに顔を出すとほぼ同時に、硬直する。そのまま口をパクパクと動かし、彼は酸素を求める魚のような動きをしていた。そんなアードルフを一瞥し、マーガレットは「どうぞ、クローヴィス様」と言って屋敷に招き入れる。
「寛ぐこともできないほど、何もない屋敷ですが……」
肩をすくめてそう言えば、クローヴィスは「いえいえ」と言いながらにこやかな笑みを浮かべ続ける。その後、アードルフの前に立つと深々と一礼をする。
「初めまして、アストラガルス子爵」
「は、はぁ」
どうやらアードルフは驚きすぎてクローヴィスに対し無礼な態度を取っていることに気が付いていないようだ。そんな父に内心で舌打ちをし、マーガレットは「お父様、行きますわよ」と耳打ちをする。
そして、アードルフの隣をすり抜けようとしたのだが、彼は勢いよくマーガレットの腕をつかむ。
「ま、ま、マーガレットぉ!」
アードルフの絶叫が屋敷に響き渡った。それに額を押さえてしまいそうになるものの、クローヴィスの前で変なことは出来ない。そう思い、マーガレットはアードルフを柱の陰に引っ張り込む。クローヴィスには「少々、お待ちくださいませ」と声をかけておいた。もちろん、にこやかな表情で。
「マーガレット! どうして、こんなところにオルブルヒ公爵がやってこられたのだ……⁉」
マーガレットの顔を見て、アードルフが両肩を力いっぱいつかんだかと思えばそう問うてくる。しかも、肩をぐらぐらと揺らすおまけつきだ。それに頭がくらくらとしてしまいそうになる中、マーガレットは「本日、私のお客様がいらっしゃると言っておいたではありませんか」と淡々と言葉を発する。
「だ、だが、オルブルヒ公爵だなど、これっぽっちも聞いていないぞ!」
「そりゃあ、教えておりませんもの」
腕を組んでそう言えば、アードルフは「そもそも、何故公爵閣下ともあろうお方がこんなところにいらっしゃっているのだ⁉」と早口で問いかけてくる。……一体、何から説明すればいいのか。そんな風に思い頭を抱えてしまいそうになるマーガレットを他所に、アードルフは「あぁ、我が家は終わりだ……」と零している。
「お前が何か公爵閣下に粗相をしたのだろう? だから、公爵閣下は我が家に怒りの突撃をされて……」
「お父様。私をお父様と一緒にしないでくださいませ」
苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべマーガレットがそう言えば、アードルフは天を仰ぐ。その頭髪はまた少し薄くなっただろうか。何処となく他人事のようにそう思いながら、マーガレットは「クローヴィス様、私と結婚したいのですって」とやれやれとばかりに告げる。
「は、はぁ⁉ こんな貧相な娘を公爵閣下が見初めただと⁉」
自分の娘を貧相と言うのはいささか問題があるのではないだろうか。内心でそう思い冷たい目をアードルフに向ければ、彼は冷や汗をだらだらとかきながら「だ、だがな、公爵閣下は……」と口ごもる。どうやら、彼もクローヴィスの噂を知っているらしい。
「その点は、この後ご説明してくださるそうよ。とりあえずお父様、くれぐれもクローヴィス様に失礼な態度を取らないで頂戴ね」
やれやれとばかりに首を横に振ってそう言えば、アードルフはぶんぶんと効果音がつきそうなほどに首を縦に振る。それにほっと一安心し、マーガレットはクローヴィスの方を振り返る。
「お待たせいたしました。父が少々狼狽えていましたので、落ち着かせておりましたの」
にこやかなよそ行きの笑みを浮かべてそう言えば、クローヴィスは「いえ、お構いなく」とその目を細める。
美しいが、腹の底が知れない笑みだ。マーガレットは心の奥底でそう思いながら、クローヴィスを応接間へと案内する。
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