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第一章
美しき男性
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(あぁ、本当に最低だわ。……恨むわよ、お父様……!)
内心で悪態をつきながら、マーガレットは舞踏会の会場であるトマミュラー侯爵邸にやってきていた。
淡い緑色の落ち着いたデザインのドレスと、大ぶりの髪飾り。銀色の髪は軽く結い上げ、何処となく上品な印象を醸し出す。
マーガレットのこの装いを見たアードルフは「おぉ、これならばいい男が捕まりそうだ!」と歓喜していた。
しかし、当の本人であるマーガレットからすれば冗談じゃない。母のお古である靴のサイズは合っていないし、こんな装いでは下に見られるのは目に見えているじゃないか。なんと言っても、主催者は侯爵家なのだから。
予想通りと言うべきか、周囲のマーガレットを見る視線はあまり心地のいいモノではない。視線を向けられるだけならばまだ我慢できる。が、マーガレットに視線を向けてこそこそと会話をされるのはちょっと傷つく。
「ねぇ、あのお方ってアストラガルス子爵家の娘さんですわよね……?」
「あぁ、あの投資詐欺に引っ掛かってさらに貧乏になったとかいう」
こそこそとした話し声の内容は嘲笑がほとんどだ。その言葉に一々耳を傾けることもできず、マーガレットは露骨にため息をついた。
「もしかして、いい男でも捕まえて成り上がりを狙っているのではないかしら?」
「そうだとしても、あの地味な装いでは無理ですわよ、おほほ」
夫人たちのそんな会話を聞いて、マーガレットは内心で「正解です」と答える。
婚活をするのならばもっと目立つような装いをしなければならない。婚活とは目立ってなんぼ。男性の目に留まらなければ意味をなさないのだ。
(……お母様。もう、本当に無理かもしれません)
天井を見上げ空にいるであろう母にそう零す。少なくとも、マーガレットは今まで必死にやってきたつもりだった。だが、アードルフがあんな感じである以上、マーガレットにも限界というものが来てしまう。
そんなことを思いながら歩いていると、不意に足に痛みが走った。……まさか。そう思い痛む足を引きずり会場の端に寄る。そのまま靴をこっそりと脱げば――痛々しい傷が出来ていた。
(やっぱり。靴擦れしたんだわ)
レースの靴下には血が染みついており、相当深い靴擦れだとわかる。これは、洗っても取れないだろうなぁと何処となく庶民的な考えを思い浮かべながら、マーガレットはこっそりと「はぁ」と息を吐く。
これでは婚活どころの騒ぎではない。そう思いマーガレットはもう一度靴を履く。そうすれば、やはりひどい痛みに顔をしかめてしまった。……あぁ、最悪だ。
(これではもう歩くのは無理だわ。……舞踏会が終わるまでお外で待機していましょう)
舞踏会というだけはあり、ここは踊る場所である。だからこそ、ここにいることは憚られた。誘われはしないだろうが、ダンスに誘われれば踊らなければならない。が、この靴擦れでは踊ることなど出来なかった。
そう思いながらマーガレットがゆっくりと外に歩きだそうとすれば、不意に「レディ」と声をかけられる。その声は落ち着いた男性のものであり、低くて心地のいいものだ。驚いてそちらに視線を向ければ――そこにはさらりとした漆黒色の髪を持つ、美しき男性が立っていた。
「もしかして、靴擦れしたのでは?」
男性は少し困ったように笑いながらマーガレットに声をかけてくる。……こういうとき、どういう風に答えようか。そんな風に思いながらマーガレットが眉を下げていれば、男性は「……迷惑、でしたでしょうか?」と言いながら肩をすくめる。
「い、いえ、そういうわけでは……」
ゆるゆると首を横に振りながらそう言えば、彼は「ですが」と言葉を漏らす。そのため、マーガレットは必死に首を横に振って「そ、そういうわけでは、ないのです」ともう一度繰り返す。
そして、ようやく真正面からこの男性の顔を見つめた時、マーガレットは気が付いた。……その鋭い黒色の目を持つ、気品に満ち溢れた男性。
(この男性、もしかして――……!)
思い浮かんだ可能性に、一気に血の気が引いていくような感覚だった。ぞっと蒼くなるマーガレットに対し、男性は「相当調子が悪いのだ」と判断したらしい。「失礼」と一度だけ声をかけると、マーガレットの身体をふわりと抱き上げる。
「……え?」
たったそれだけの行動で、マーガレットは戸惑った。どうして、自分はこんな風に男性に抱きかかえられているのか。そう思い目を回すマーガレットを他所に、男性は「少し、外に行きましょうか」と言ってかつかつと歩いていく。
その様子を、周囲の人たちは驚いたように見つめていた。……そりゃそうだ。先ほどまで嘲笑していた相手が――極上の男性に抱きかかえられているのだから。
(いやいやいや、どういう風の吹き回しですか⁉)
心の中でそう思い、マーガレットは彼の顔を見つめる。……漆黒色の髪。漆黒色の鋭い目。端正な顔立ちは彫刻のよう。少しがっしりとした背丈。年齢は三十手前――やはり、間違いない。
この男性は。
(クローヴィス・オルブルヒ様⁉)
このメラーズ王国の筆頭公爵家オルブルヒ家の現当主に間違いない。
内心で悪態をつきながら、マーガレットは舞踏会の会場であるトマミュラー侯爵邸にやってきていた。
淡い緑色の落ち着いたデザインのドレスと、大ぶりの髪飾り。銀色の髪は軽く結い上げ、何処となく上品な印象を醸し出す。
マーガレットのこの装いを見たアードルフは「おぉ、これならばいい男が捕まりそうだ!」と歓喜していた。
しかし、当の本人であるマーガレットからすれば冗談じゃない。母のお古である靴のサイズは合っていないし、こんな装いでは下に見られるのは目に見えているじゃないか。なんと言っても、主催者は侯爵家なのだから。
予想通りと言うべきか、周囲のマーガレットを見る視線はあまり心地のいいモノではない。視線を向けられるだけならばまだ我慢できる。が、マーガレットに視線を向けてこそこそと会話をされるのはちょっと傷つく。
「ねぇ、あのお方ってアストラガルス子爵家の娘さんですわよね……?」
「あぁ、あの投資詐欺に引っ掛かってさらに貧乏になったとかいう」
こそこそとした話し声の内容は嘲笑がほとんどだ。その言葉に一々耳を傾けることもできず、マーガレットは露骨にため息をついた。
「もしかして、いい男でも捕まえて成り上がりを狙っているのではないかしら?」
「そうだとしても、あの地味な装いでは無理ですわよ、おほほ」
夫人たちのそんな会話を聞いて、マーガレットは内心で「正解です」と答える。
婚活をするのならばもっと目立つような装いをしなければならない。婚活とは目立ってなんぼ。男性の目に留まらなければ意味をなさないのだ。
(……お母様。もう、本当に無理かもしれません)
天井を見上げ空にいるであろう母にそう零す。少なくとも、マーガレットは今まで必死にやってきたつもりだった。だが、アードルフがあんな感じである以上、マーガレットにも限界というものが来てしまう。
そんなことを思いながら歩いていると、不意に足に痛みが走った。……まさか。そう思い痛む足を引きずり会場の端に寄る。そのまま靴をこっそりと脱げば――痛々しい傷が出来ていた。
(やっぱり。靴擦れしたんだわ)
レースの靴下には血が染みついており、相当深い靴擦れだとわかる。これは、洗っても取れないだろうなぁと何処となく庶民的な考えを思い浮かべながら、マーガレットはこっそりと「はぁ」と息を吐く。
これでは婚活どころの騒ぎではない。そう思いマーガレットはもう一度靴を履く。そうすれば、やはりひどい痛みに顔をしかめてしまった。……あぁ、最悪だ。
(これではもう歩くのは無理だわ。……舞踏会が終わるまでお外で待機していましょう)
舞踏会というだけはあり、ここは踊る場所である。だからこそ、ここにいることは憚られた。誘われはしないだろうが、ダンスに誘われれば踊らなければならない。が、この靴擦れでは踊ることなど出来なかった。
そう思いながらマーガレットがゆっくりと外に歩きだそうとすれば、不意に「レディ」と声をかけられる。その声は落ち着いた男性のものであり、低くて心地のいいものだ。驚いてそちらに視線を向ければ――そこにはさらりとした漆黒色の髪を持つ、美しき男性が立っていた。
「もしかして、靴擦れしたのでは?」
男性は少し困ったように笑いながらマーガレットに声をかけてくる。……こういうとき、どういう風に答えようか。そんな風に思いながらマーガレットが眉を下げていれば、男性は「……迷惑、でしたでしょうか?」と言いながら肩をすくめる。
「い、いえ、そういうわけでは……」
ゆるゆると首を横に振りながらそう言えば、彼は「ですが」と言葉を漏らす。そのため、マーガレットは必死に首を横に振って「そ、そういうわけでは、ないのです」ともう一度繰り返す。
そして、ようやく真正面からこの男性の顔を見つめた時、マーガレットは気が付いた。……その鋭い黒色の目を持つ、気品に満ち溢れた男性。
(この男性、もしかして――……!)
思い浮かんだ可能性に、一気に血の気が引いていくような感覚だった。ぞっと蒼くなるマーガレットに対し、男性は「相当調子が悪いのだ」と判断したらしい。「失礼」と一度だけ声をかけると、マーガレットの身体をふわりと抱き上げる。
「……え?」
たったそれだけの行動で、マーガレットは戸惑った。どうして、自分はこんな風に男性に抱きかかえられているのか。そう思い目を回すマーガレットを他所に、男性は「少し、外に行きましょうか」と言ってかつかつと歩いていく。
その様子を、周囲の人たちは驚いたように見つめていた。……そりゃそうだ。先ほどまで嘲笑していた相手が――極上の男性に抱きかかえられているのだから。
(いやいやいや、どういう風の吹き回しですか⁉)
心の中でそう思い、マーガレットは彼の顔を見つめる。……漆黒色の髪。漆黒色の鋭い目。端正な顔立ちは彫刻のよう。少しがっしりとした背丈。年齢は三十手前――やはり、間違いない。
この男性は。
(クローヴィス・オルブルヒ様⁉)
このメラーズ王国の筆頭公爵家オルブルヒ家の現当主に間違いない。
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