2 / 52
第一章
マーガレット・アストラガルス
しおりを挟む
かつかつと大きな足音が屋敷の中に響き渡る。
ボロボロの扉を無理やりこじ開け、この子爵家の娘であるマーガレットは父の執務室に怒りの面持ちで足を踏み入れた。
「お父様ー!」
叫ぶように父のことを呼べば、父――アードルフは露骨に耳をふさぐ。その目にはわずらわしさではなく怯えが色濃く宿っており、彼は背中を丸めてマーガレットから逃げようとする。
しかし、そんなアードルフの肩を乱暴につかみ、マーガレットは「また、詐欺に引っ掛かられたのですね⁉」と詰め寄る。
「だ、だってぇ……」
「だってぇもくそったれもありませんわ。……この子爵家の財政状況をわかったうえで投資詐欺に引っ掛かるなど、バカのやることです」
肩をすくめながら、マーガレットは自身の手元にある借用書を見つめる。その金額、庶民の給金の約三年分。全く、これではこのまま生活することさえ危ういじゃないか。そう思いマーガレットがため息をつけば、アードルフは「だってぇ……」と意を決したように告げる。
「我がアストラガルス子爵家は貧乏じゃないか。貴族が成り上がるためには、それこそ金かコネが……」
「生活費を詐欺に突っ込んだ愚かなお父様が何をおっしゃっても無駄ですわ」
プイっと顔を背け、マーガレットはアードルフに「こちら、何とかなさってくださいせ」と言い借用書を突きつける。
そうすれば、アードルフは「た、助けてくれぇ……!」とマーガレットに縋る。全く、娘に縋るなどプライドなどないのか。内心でそう思い舌打ちしそうになるのを我慢しながら、マーガレットは「いいですか?」といったん前置きをする。
「このままですと、我がアストラガルス子爵家は没落、または夜逃げの二択を迫られてしまいます」
「……えぇっ」
「むしろ、もうすでにその状態に片足どころか首まで突っ込んでおります」
ゆるゆると首を横に振りながらマーガレットはそう言う。そうすれば、アードルフは「な、なんとか、何とかしなくちゃ……!」と言いながら慌てふためく。
アードルフのその姿を見つめながら、マーガレットはため息をつく。
マーガレットは物心ついたころからわかったのだが、どうにもこのアードルフには貴族としての才がないらしい。代々貧乏子爵家ではあったものの、マーガレットの幼い頃はまだここまでではなかった。
状態が悪化したのは……マーガレットの母が亡くなったことが原因だ。
マーガレットの母は気弱で詐欺に引っ掛かりやすいアードルフの手綱をしっかりと握り、彼が変な行動を取らないようにと監視してきた。そのため、まだ当時はマシだったのだ。
しかし、マーガレットの母はマーガレットの弟を産んだ後の状態が良くなく、そのまま儚くなってしまった。彼女は最後の最後に「あの人は……ダメ、だから」とマーガレットに呟いたのをよく覚えている。
(お母様にお父様のことを任されたとはいえ、この状態が続くのならばいっそ夜逃げした方が楽だわ)
内心でそう思い悪態をついていれば、アードルフは「どうしよう、どうしよう……」と言いながら狼狽える。
だが、それからすぐ後に「あっ!」と零して手をパンっとたたいた。……あぁ、何となく嫌な予感がする。そう思いマーガレットが顔をしかめれば、彼は「マーガレットが良いところに嫁げばいいんだよ!」と言って表情を明るくしマーガレットに詰め寄ってくる。
「実は数日後にトマミュラー侯爵家で舞踏会が開かれるんだ。そこに……招待されていてねぇ」
「……こんな貧乏貴族の元に招待状が?」
「……そういう言葉は慎んでくれないかい?」
アードルフは少しがっかりとしたような表情を一瞬だけ浮かべるものの、すぐに「それでだね」と続ける。
「そこでマーガレットにいい男を捕まえてもらえばいいんだよ!」
……やっぱり、ろくなことじゃなかった。
そう思いその端正な顔を露骨に歪めるマーガレットに対し、アードルフは「頼む、本当に頼むんだ!」と言いながらまた縋ってくる。
「マーガレットの言う通り、このままだとうちは夜逃げか没落だ。先祖代々続いたこの家を私の代で絶やすわけにはいかないだろう?」
その原因は一体どこの誰が作ってきたんだ。そういう意味を視線に込めてアードルフを見つめれば、彼は「……ははは」と言いながら渇いたような笑いを零す。
「お、お前だって、弟が可愛いだろう? あの子が苦労するようなことは、あってはならないだろう……?」
「……原因を作ったのはお父様ですけれどね」
冷たい目でアードルフを見つめそう言えば、彼は「ま、まぁまぁ!」と言ってマーガレットの肩を力いっぱいつかんでくる。
「頑張っていい男を捕まえてきてくれ!」
アードルフが満面の笑みでそう繰り返す。だからこそ、マーガレットは天井を見上げた。そこには雨漏りの跡があり、「あぁ、屋敷もついにがたついてきたのかぁ」と内心で思う。それはいわば、現実逃避の一種だった。
ボロボロの扉を無理やりこじ開け、この子爵家の娘であるマーガレットは父の執務室に怒りの面持ちで足を踏み入れた。
「お父様ー!」
叫ぶように父のことを呼べば、父――アードルフは露骨に耳をふさぐ。その目にはわずらわしさではなく怯えが色濃く宿っており、彼は背中を丸めてマーガレットから逃げようとする。
しかし、そんなアードルフの肩を乱暴につかみ、マーガレットは「また、詐欺に引っ掛かられたのですね⁉」と詰め寄る。
「だ、だってぇ……」
「だってぇもくそったれもありませんわ。……この子爵家の財政状況をわかったうえで投資詐欺に引っ掛かるなど、バカのやることです」
肩をすくめながら、マーガレットは自身の手元にある借用書を見つめる。その金額、庶民の給金の約三年分。全く、これではこのまま生活することさえ危ういじゃないか。そう思いマーガレットがため息をつけば、アードルフは「だってぇ……」と意を決したように告げる。
「我がアストラガルス子爵家は貧乏じゃないか。貴族が成り上がるためには、それこそ金かコネが……」
「生活費を詐欺に突っ込んだ愚かなお父様が何をおっしゃっても無駄ですわ」
プイっと顔を背け、マーガレットはアードルフに「こちら、何とかなさってくださいせ」と言い借用書を突きつける。
そうすれば、アードルフは「た、助けてくれぇ……!」とマーガレットに縋る。全く、娘に縋るなどプライドなどないのか。内心でそう思い舌打ちしそうになるのを我慢しながら、マーガレットは「いいですか?」といったん前置きをする。
「このままですと、我がアストラガルス子爵家は没落、または夜逃げの二択を迫られてしまいます」
「……えぇっ」
「むしろ、もうすでにその状態に片足どころか首まで突っ込んでおります」
ゆるゆると首を横に振りながらマーガレットはそう言う。そうすれば、アードルフは「な、なんとか、何とかしなくちゃ……!」と言いながら慌てふためく。
アードルフのその姿を見つめながら、マーガレットはため息をつく。
マーガレットは物心ついたころからわかったのだが、どうにもこのアードルフには貴族としての才がないらしい。代々貧乏子爵家ではあったものの、マーガレットの幼い頃はまだここまでではなかった。
状態が悪化したのは……マーガレットの母が亡くなったことが原因だ。
マーガレットの母は気弱で詐欺に引っ掛かりやすいアードルフの手綱をしっかりと握り、彼が変な行動を取らないようにと監視してきた。そのため、まだ当時はマシだったのだ。
しかし、マーガレットの母はマーガレットの弟を産んだ後の状態が良くなく、そのまま儚くなってしまった。彼女は最後の最後に「あの人は……ダメ、だから」とマーガレットに呟いたのをよく覚えている。
(お母様にお父様のことを任されたとはいえ、この状態が続くのならばいっそ夜逃げした方が楽だわ)
内心でそう思い悪態をついていれば、アードルフは「どうしよう、どうしよう……」と言いながら狼狽える。
だが、それからすぐ後に「あっ!」と零して手をパンっとたたいた。……あぁ、何となく嫌な予感がする。そう思いマーガレットが顔をしかめれば、彼は「マーガレットが良いところに嫁げばいいんだよ!」と言って表情を明るくしマーガレットに詰め寄ってくる。
「実は数日後にトマミュラー侯爵家で舞踏会が開かれるんだ。そこに……招待されていてねぇ」
「……こんな貧乏貴族の元に招待状が?」
「……そういう言葉は慎んでくれないかい?」
アードルフは少しがっかりとしたような表情を一瞬だけ浮かべるものの、すぐに「それでだね」と続ける。
「そこでマーガレットにいい男を捕まえてもらえばいいんだよ!」
……やっぱり、ろくなことじゃなかった。
そう思いその端正な顔を露骨に歪めるマーガレットに対し、アードルフは「頼む、本当に頼むんだ!」と言いながらまた縋ってくる。
「マーガレットの言う通り、このままだとうちは夜逃げか没落だ。先祖代々続いたこの家を私の代で絶やすわけにはいかないだろう?」
その原因は一体どこの誰が作ってきたんだ。そういう意味を視線に込めてアードルフを見つめれば、彼は「……ははは」と言いながら渇いたような笑いを零す。
「お、お前だって、弟が可愛いだろう? あの子が苦労するようなことは、あってはならないだろう……?」
「……原因を作ったのはお父様ですけれどね」
冷たい目でアードルフを見つめそう言えば、彼は「ま、まぁまぁ!」と言ってマーガレットの肩を力いっぱいつかんでくる。
「頑張っていい男を捕まえてきてくれ!」
アードルフが満面の笑みでそう繰り返す。だからこそ、マーガレットは天井を見上げた。そこには雨漏りの跡があり、「あぁ、屋敷もついにがたついてきたのかぁ」と内心で思う。それはいわば、現実逃避の一種だった。
20
お気に入りに追加
2,542
あなたにおすすめの小説
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる