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第2章
第1話
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丞さんと関係を持って、数日後。土曜日のお昼過ぎ。私はとある総合病院にいた。
受付を済ませて、エレベーターに乗る。病室は移動していないので、この間と同じ階のボタンを押した。
そして、エレベーターを降りて病室に向かう。入院患者の名前を確かめて、私は扉を開けた。
「あぁ、杏珠!」
病室は二人部屋。けど、先週隣の人が退院したらしく、今はお母さん一人だと聞いている。だからか、お母さんはいつもよりも少し大きな声を出す。
「はい、頼まれてた着替え」
持ってきた大きめの紙袋を渡せば、お母さんは「ごめんねぇ」と言いながらも笑った。
……全然反省していない。
「退院の目途とか、立ちそうなの?」
近くにある折り畳みの椅子を開いて、私はそこに腰を下ろす。
お母さんは私の言葉を聞いて、ゆるゆると首を横に振った。
「まだ全然よ。私もさっさと退院したいんだけど……」
「けど、先生が許可を出さないってことは、無理なのよね」
私のお母さんは、一ヶ月と少し前。お風呂場で転んだ。あまりにも痛いというので、救急車を呼んで病院に運ばれて――まさかの、入院となったのだ。
打撲だけならばよかったのに、骨が折れているということ。しかも、手術が必要とまで言われた。
(術後、あんまりよくないみたいだしね……)
そう思いつつ、私はお母さんに視線を向ける。すると、お母さんは不意に「あっ」と声を上げた。
「そういえば、杏珠。あの話、どうなったの?」
……お母さんのその言葉に、私の頬がピクリと動いた。
「あの話って……?」
「あの話はあの話でしょう。彼氏を連れてくるっていう話」
……忘れていてほしかった。
だって、あれは――その場を切り抜けるためについた、いわば嘘なのだから。
「あ、あのね、彼はとっても忙しくて……」
「とっても忙しくても、彼女の親に挨拶するくらいは出来るでしょう? さっさとお休み合わせなさい」
「そう、言われても……」
そう言われても、困るのだ。だって私に彼氏はいない。今まで一度もいたことがない。
あえて言うのならば、私の頭の中にいる妄想上の彼氏くらいだろうか。
「あなたに彼氏が出来たというから、私はとっても会うのを楽しみにしているのに……」
……それは、その場しのぎでついた嘘なんです。
と、今更言える雰囲気でもなくて。私は頬を引きつらせる。
(確かに、今まで男っ気がなくて心配されていたけれど……)
お母さんは一人娘の私にいつまで経っても恋人が出来ないことを危惧していた。
それが余計なお節介につながり、お見合いでもしてみないかと言ってきたのだ。
もちろん、私はそれを拒否。理由は理想じゃない人との結婚なんて考えられないから。
(かといって、彼氏がいるなんて嘘つくんじゃなかった……)
でも、さすがにそれは悪手だった。お母さんの性格上、こうなるのは目に見えていたのだから。
受付を済ませて、エレベーターに乗る。病室は移動していないので、この間と同じ階のボタンを押した。
そして、エレベーターを降りて病室に向かう。入院患者の名前を確かめて、私は扉を開けた。
「あぁ、杏珠!」
病室は二人部屋。けど、先週隣の人が退院したらしく、今はお母さん一人だと聞いている。だからか、お母さんはいつもよりも少し大きな声を出す。
「はい、頼まれてた着替え」
持ってきた大きめの紙袋を渡せば、お母さんは「ごめんねぇ」と言いながらも笑った。
……全然反省していない。
「退院の目途とか、立ちそうなの?」
近くにある折り畳みの椅子を開いて、私はそこに腰を下ろす。
お母さんは私の言葉を聞いて、ゆるゆると首を横に振った。
「まだ全然よ。私もさっさと退院したいんだけど……」
「けど、先生が許可を出さないってことは、無理なのよね」
私のお母さんは、一ヶ月と少し前。お風呂場で転んだ。あまりにも痛いというので、救急車を呼んで病院に運ばれて――まさかの、入院となったのだ。
打撲だけならばよかったのに、骨が折れているということ。しかも、手術が必要とまで言われた。
(術後、あんまりよくないみたいだしね……)
そう思いつつ、私はお母さんに視線を向ける。すると、お母さんは不意に「あっ」と声を上げた。
「そういえば、杏珠。あの話、どうなったの?」
……お母さんのその言葉に、私の頬がピクリと動いた。
「あの話って……?」
「あの話はあの話でしょう。彼氏を連れてくるっていう話」
……忘れていてほしかった。
だって、あれは――その場を切り抜けるためについた、いわば嘘なのだから。
「あ、あのね、彼はとっても忙しくて……」
「とっても忙しくても、彼女の親に挨拶するくらいは出来るでしょう? さっさとお休み合わせなさい」
「そう、言われても……」
そう言われても、困るのだ。だって私に彼氏はいない。今まで一度もいたことがない。
あえて言うのならば、私の頭の中にいる妄想上の彼氏くらいだろうか。
「あなたに彼氏が出来たというから、私はとっても会うのを楽しみにしているのに……」
……それは、その場しのぎでついた嘘なんです。
と、今更言える雰囲気でもなくて。私は頬を引きつらせる。
(確かに、今まで男っ気がなくて心配されていたけれど……)
お母さんは一人娘の私にいつまで経っても恋人が出来ないことを危惧していた。
それが余計なお節介につながり、お見合いでもしてみないかと言ってきたのだ。
もちろん、私はそれを拒否。理由は理想じゃない人との結婚なんて考えられないから。
(かといって、彼氏がいるなんて嘘つくんじゃなかった……)
でも、さすがにそれは悪手だった。お母さんの性格上、こうなるのは目に見えていたのだから。
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