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第1章

第7話

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「その、出来れば、社外では俺のことを『副社長』と呼ばないで欲しいんです」

 何処か真剣な面持ちで、彼がそうおっしゃる。

 ……私は、どうしてか意味がわからなくて小首をかしげてしまった。

「いえ、無理だったら構いません。ただ、なんていうか、慣れなくて。プライベートと仕事は別けたいといいますか……」
「……そういうことですか」

 ならば、私は従うだけだ。

 そう思って大きく頷けば、彼が少しだけ表情を緩めてくださった。……そういう表情、少し子供っぽいなぁって。

「では、なんと呼べばいいでしょうか……?」

 無難に「真田さん」でいいのだろうか? いや、むしろそれ以外の呼び方なんてわからない。

「……好きに呼んでくれて、構わないです。ただ」
「……ただ?」
「できれば、名前で呼んでくれたら嬉しいです」

 ……ということは「真田さん」ではないということだろう。

「……丞さん?」

 きょとんとしつつ彼の名前を口ずさめば、彼が大きく頷いてくださった。これで、いいらしい。

「じゃあ、今後はそういうことで」

 何処か早口でそう告げて、彼がぐいっとハイボールを飲む。

 というか、この場合私だけ「香坂さん」って変じゃないだろうか?

(私も名前で呼んでもらったほうがいい……?)

 いや、けど、でも……! なんていうか、私たちはそこまで仲良くなっているわけではないだろうに。

 副社長……丞さんはプライベートと仕事は別けたいタイプらしいけれど、私はそこまでじゃないというか……。

(ど、どうしよう……)

 頭の中が混乱して、なんかもう無性に喉が渇いてきて。私はレモンサワーを一気に飲んだ。

 目の前の丞さんが驚いているのがよくわかる。えぇい、この際お酒の勢いだ。

「私のことも、名前で呼んでくださっても大丈夫……です」

 しかし、これは少々上から目線過ぎないだろうか?

 後悔して、サーっと頭が冷静になるみたいな感覚に陥った。……マズイ、マズイ。謝ったほうがいい?

 そう思う私を他所に、丞さんが少し考えるような素振りを見せる。

「あ、別に、香坂のままでも――」
「じゃあ、杏珠さん」

 けれど、なんだろうか。彼は特に文句をおっしゃることもなく、さも当然のように私の名前を口にする。

 ……というか、私の名前、憶えていてくださったのだと、ある意味感心。

 ぽかんとする私に、丞さんが笑みを向けてくださる。……あ、その表情、好きかも。

「とりあえず、今日は楽しく飲めたらいいなぁって思います。……杏珠さんと一緒だと、なんでも楽しめそうですし」

 これは、口説かれているのだろうか?

 そんなことを考える私だったけれど、店員の女性が戻ってきて、いくつかのおつまみをテーブルの上に並べてくれるから。

 一旦思考回路を中断して、私はとりあえずと焼き鳥に手を伸ばした。

「杏珠さんって、鶏肉好きなんですか?」
「……まぁ、そうですね。豚肉とか、牛肉とかより、鶏肉が好きです」

 なんだろうか、この会話は。

 あと、純粋に恥ずかしくて。いつもよりも早いペースで、お酒を飲んでいく。

 それから、なんだろうか。途中から記憶があいまいになって、消えて行って。

 気が付いたら――冒頭の状態になっていた。多分、そういうことだ。

 我ながら、とんでもない失態を犯してしまったと、思う。
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