上 下
6 / 14
第1章

第5話

しおりを挟む
 更衣室に入って、私はいつもの服装に戻る。

 今日の衣服はブラウンのブラウス。それから、ベージュのパンツだ。世にいう、きれいめという服装になるのだと思う。

 元々女性にしては高身長の私は、壊滅的に可愛い服装が似合わなかった。というわけで、いつもシンプルなきれいめにまとめている。

 着替えて、少しだけメイクを直して。髪の毛を整え、更衣室を出て行こうとする。そうすれば、後ろから声をかけられた。

「香坂さん。なんか今日、ご機嫌ですね」

 そこにいたのは、営業課にいる同期の女性百田ももたさんだった。

 彼女はニコニコと笑って私に声をかけてくる。だから、私は曖昧に笑った。

「そう?」
「はい。なんか、いつもよりも輝いて見えます」

 同期とあまり親しくしていない私だけれど、百田さん……それから、もう一人の女性社員とは割と話す。

 そのためか、彼女は私の些細な変化に気が付いたらしい。

(別に輝いているっていうほどでは……)

 単に副社長と食事に行くというだけなんだけれど。

(まぁ、好みド真ん中な男性との食事だし。……今までになく、張り切ってはいるのかも)

 とはいっても、私は副社長とそういう関係になりたいとは思っていない。身分だって全然違うし、職場恋愛はご遠慮願いたい。あと、あそこまで好みになると、もういっそ観賞用と割り切りたい。

「別に特別なことは……って、ごめん。この後待ち合わせがあるから」
「……そうなんですか? 飲みに誘うつもりだったのに」
「ごめんね。あなたとだったら行くから、また誘って」

 遠回しに『男性社員はお断り』という意思を表示して、私は早足で更衣室を出て行った。

 着替えとかメイク直しとか。そういうので割と時間を使ってしまっていて、約束の二十分前になっている。

 別にそこまで急ぐ必要はないと思うのだけれど、相手は上司。それから、この退勤時間のエレベーターはとにかく混むのだ。

(副社長を待たせるなんて、絶対に無理)

 こう見えて、私は小心者である。上司には逆らうことはない。……もちろん、セクハラとかパワハラ上司は別だけど。

 エレベーターホールに来て、いくつかのエレベーターを見送る。ようやく乗れたエレベーターは、相変わらずというかぎゅうぎゅう詰めだった。

(側にいるのが女性社員って言うのが、不幸中の幸いだ……)

 押しつぶされつつも一階についてエレベーターを降りる。

 一息ついて、玄関に視線を向ける。……そこには、スマホを弄っている――副社長。

(え、遅かった……?)

 慌てて時計を見る。けど、時間は約束の十分ほど前だ。……彼が単に早く来たということだろうか?

 ちょっと慌てつつ、私は彼のほうに近づく。副社長は私に気が付いてスマホをポケットに入れられる。

「早かったですね」
「い、いえ、その。上司をお待たせするのはダメかと思いまして……」

 と、言っているけれど。

 副社長を待たせたことには変わりない。

「その、遅れてしまって……」
「別に、気にしないでください。俺が早く出て来ただけなので」

 彼は私の謝罪を制すると、「行きましょうか」とおっしゃった。私は、ためらいがちに頷く。

「何処かおススメの場所とかあります? ついこの間まで地方にいたので、ここら辺あまり詳しくなくて」
「あっ、そ、そうですよね。副社長は、どういうのがお好きですか?」

 この辺りのお店については、一通り頭に叩き込んである。なので、洋食でも和食でも中華でも。なんだったらフレンチとかでも紹介できる。

「いえ、俺に合わせなくていいです。香坂さんに合わせます」

 しかし、彼の返答は私の予想していないもので。……若干頬が引きつった。

「で、ですが」
「俺の好みになると、肉とかそういうものになっちゃうので。……居酒屋とかになりますよ?」

 なんてことない風にそう言う彼。……居酒屋。

「そういうの、女性ってあんまり――」
「――いいところあります!」

 それだったら。そう思って、私は若干身を乗り出しつつ、副社長にそう宣言した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孤独なメイドは、夜ごと元国王陛下に愛される 〜治験と言う名の淫らなヒメゴト〜

当麻月菜
恋愛
「さっそくだけれど、ここに座ってスカートをめくりあげて」 「はい!?」 諸般の事情で寄る辺の無い身の上になったファルナは、街で見かけた求人広告を頼りに面接を受け、とある医師のメイドになった。 ただこの医者──グリジットは、顔は良いけれど夜のお薬を開発するいかがわしい医者だった。しかも元国王陛下だった。 ファルナに与えられたお仕事は、昼はメイド(でもお仕事はほとんどナシ)で夜は治験(こっちがメイン)。 治験と言う名の大義名分の下、淫らなアレコレをしちゃう元国王陛下とメイドの、すれ違ったり、じれじれしたりする一線を越えるか超えないか微妙な夜のおはなし。 ※ 2021/04/08 タイトル変更しました。 ※ ただただ私(作者)がえっちい話を書きたかっただけなので、設定はふわっふわです。お許しください。 ※ R18シーンには☆があります。ご注意ください。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜

花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか? どこにいても誰といても冷静沈着。 二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司 そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは 十条コーポレーションのお嬢様 十条 月菜《じゅうじょう つきな》 真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。 「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」 「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」 しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――? 冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳 努力家妻  十条 月菜   150㎝ 24歳

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

【完結】【R18短編】その腕の中でいっそ窒息したい

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
私立大学の三年生である辻 朱夏《つじ あやか》は大層な美女である。 しかし、彼女はどんな美形に言い寄られてもなびかない。そんなこともあり、男子学生たちは朱夏のことを『難攻不落』と呼んだ。 だけど、朱夏は実は――ただの初恋拗らせ女子だったのだ。 体育会系ストーカー予備軍男子×筋肉フェチの絶世の美女。両片想いなのにモダモダする二人が成り行きで結ばれるお話。 ◇hotランキング入りありがとうございます……! ―― ◇初の現代作品です。お手柔らかにお願いします。 ◇5~10話で完結する短いお話。 ◇掲載先→ムーンライトノベルズ、アルファポリス、エブリスタ

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【R18】強面若頭とお見合い結婚したら、愛され妻になりました!

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
極道一家羽賀(はが)家の愛娘であるすみれは蝶よ花よと育てられてきた21歳。 周囲が過保護なこと、幼少期に同年代の男の子に意地悪をされてきたことから、男性が大の苦手。年齢=彼氏いない歴である。 そんなすみれを心配した祖父が、ひとつの見合い話を持ってくる。 だけど、相手は同業者!? しかも、九つも年上だなんて! そう思ったのに、彼にどんどん惹かれてしまう……。 ―― ◇掲載先→エブリスタ、アルファポリス(性描写多めのバージョン) ※エブリスタさんで先行公開しているものを転載しております。こちらは性描写多めです。

【R18】寡黙で大人しいと思っていた夫の本性は獣

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 侯爵令嬢セイラの家が借金でいよいよ没落しかけた時、支援してくれたのは学生時代に好きだった寡黙で理知的な青年エドガーだった。いまや国の経済界をゆるがすほどの大富豪になっていたエドガーの見返りは、セイラとの結婚。  だけど、周囲からは爵位目当てだと言われ、それを裏付けるかのように夜の営みも淡白なものだった。しかも、彼の秘書のサラからは、エドガーと身体の関係があると告げられる。  二度目の結婚記念日、ついに業を煮やしたセイラはエドガーに離縁したいと言い放ち――?   ※ムーンライト様で、日間総合1位、週間総合1位、月間短編1位をいただいた作品になります。

処理中です...