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第1章
第5話
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更衣室に入って、私はいつもの服装に戻る。
今日の衣服はブラウンのブラウス。それから、ベージュのパンツだ。世にいう、きれいめという服装になるのだと思う。
元々女性にしては高身長の私は、壊滅的に可愛い服装が似合わなかった。というわけで、いつもシンプルなきれいめにまとめている。
着替えて、少しだけメイクを直して。髪の毛を整え、更衣室を出て行こうとする。そうすれば、後ろから声をかけられた。
「香坂さん。なんか今日、ご機嫌ですね」
そこにいたのは、営業課にいる同期の女性百田さんだった。
彼女はニコニコと笑って私に声をかけてくる。だから、私は曖昧に笑った。
「そう?」
「はい。なんか、いつもよりも輝いて見えます」
同期とあまり親しくしていない私だけれど、百田さん……それから、もう一人の女性社員とは割と話す。
そのためか、彼女は私の些細な変化に気が付いたらしい。
(別に輝いているっていうほどでは……)
単に副社長と食事に行くというだけなんだけれど。
(まぁ、好みド真ん中な男性との食事だし。……今までになく、張り切ってはいるのかも)
とはいっても、私は副社長とそういう関係になりたいとは思っていない。身分だって全然違うし、職場恋愛はご遠慮願いたい。あと、あそこまで好みになると、もういっそ観賞用と割り切りたい。
「別に特別なことは……って、ごめん。この後待ち合わせがあるから」
「……そうなんですか? 飲みに誘うつもりだったのに」
「ごめんね。あなたとだったら行くから、また誘って」
遠回しに『男性社員はお断り』という意思を表示して、私は早足で更衣室を出て行った。
着替えとかメイク直しとか。そういうので割と時間を使ってしまっていて、約束の二十分前になっている。
別にそこまで急ぐ必要はないと思うのだけれど、相手は上司。それから、この退勤時間のエレベーターはとにかく混むのだ。
(副社長を待たせるなんて、絶対に無理)
こう見えて、私は小心者である。上司には逆らうことはない。……もちろん、セクハラとかパワハラ上司は別だけど。
エレベーターホールに来て、いくつかのエレベーターを見送る。ようやく乗れたエレベーターは、相変わらずというかぎゅうぎゅう詰めだった。
(側にいるのが女性社員って言うのが、不幸中の幸いだ……)
押しつぶされつつも一階についてエレベーターを降りる。
一息ついて、玄関に視線を向ける。……そこには、スマホを弄っている――副社長。
(え、遅かった……?)
慌てて時計を見る。けど、時間は約束の十分ほど前だ。……彼が単に早く来たということだろうか?
ちょっと慌てつつ、私は彼のほうに近づく。副社長は私に気が付いてスマホをポケットに入れられる。
「早かったですね」
「い、いえ、その。上司をお待たせするのはダメかと思いまして……」
と、言っているけれど。
副社長を待たせたことには変わりない。
「その、遅れてしまって……」
「別に、気にしないでください。俺が早く出て来ただけなので」
彼は私の謝罪を制すると、「行きましょうか」とおっしゃった。私は、ためらいがちに頷く。
「何処かおススメの場所とかあります? ついこの間まで地方にいたので、ここら辺あまり詳しくなくて」
「あっ、そ、そうですよね。副社長は、どういうのがお好きですか?」
この辺りのお店については、一通り頭に叩き込んである。なので、洋食でも和食でも中華でも。なんだったらフレンチとかでも紹介できる。
「いえ、俺に合わせなくていいです。香坂さんに合わせます」
しかし、彼の返答は私の予想していないもので。……若干頬が引きつった。
「で、ですが」
「俺の好みになると、肉とかそういうものになっちゃうので。……居酒屋とかになりますよ?」
なんてことない風にそう言う彼。……居酒屋。
「そういうの、女性ってあんまり――」
「――いいところあります!」
それだったら。そう思って、私は若干身を乗り出しつつ、副社長にそう宣言した。
今日の衣服はブラウンのブラウス。それから、ベージュのパンツだ。世にいう、きれいめという服装になるのだと思う。
元々女性にしては高身長の私は、壊滅的に可愛い服装が似合わなかった。というわけで、いつもシンプルなきれいめにまとめている。
着替えて、少しだけメイクを直して。髪の毛を整え、更衣室を出て行こうとする。そうすれば、後ろから声をかけられた。
「香坂さん。なんか今日、ご機嫌ですね」
そこにいたのは、営業課にいる同期の女性百田さんだった。
彼女はニコニコと笑って私に声をかけてくる。だから、私は曖昧に笑った。
「そう?」
「はい。なんか、いつもよりも輝いて見えます」
同期とあまり親しくしていない私だけれど、百田さん……それから、もう一人の女性社員とは割と話す。
そのためか、彼女は私の些細な変化に気が付いたらしい。
(別に輝いているっていうほどでは……)
単に副社長と食事に行くというだけなんだけれど。
(まぁ、好みド真ん中な男性との食事だし。……今までになく、張り切ってはいるのかも)
とはいっても、私は副社長とそういう関係になりたいとは思っていない。身分だって全然違うし、職場恋愛はご遠慮願いたい。あと、あそこまで好みになると、もういっそ観賞用と割り切りたい。
「別に特別なことは……って、ごめん。この後待ち合わせがあるから」
「……そうなんですか? 飲みに誘うつもりだったのに」
「ごめんね。あなたとだったら行くから、また誘って」
遠回しに『男性社員はお断り』という意思を表示して、私は早足で更衣室を出て行った。
着替えとかメイク直しとか。そういうので割と時間を使ってしまっていて、約束の二十分前になっている。
別にそこまで急ぐ必要はないと思うのだけれど、相手は上司。それから、この退勤時間のエレベーターはとにかく混むのだ。
(副社長を待たせるなんて、絶対に無理)
こう見えて、私は小心者である。上司には逆らうことはない。……もちろん、セクハラとかパワハラ上司は別だけど。
エレベーターホールに来て、いくつかのエレベーターを見送る。ようやく乗れたエレベーターは、相変わらずというかぎゅうぎゅう詰めだった。
(側にいるのが女性社員って言うのが、不幸中の幸いだ……)
押しつぶされつつも一階についてエレベーターを降りる。
一息ついて、玄関に視線を向ける。……そこには、スマホを弄っている――副社長。
(え、遅かった……?)
慌てて時計を見る。けど、時間は約束の十分ほど前だ。……彼が単に早く来たということだろうか?
ちょっと慌てつつ、私は彼のほうに近づく。副社長は私に気が付いてスマホをポケットに入れられる。
「早かったですね」
「い、いえ、その。上司をお待たせするのはダメかと思いまして……」
と、言っているけれど。
副社長を待たせたことには変わりない。
「その、遅れてしまって……」
「別に、気にしないでください。俺が早く出て来ただけなので」
彼は私の謝罪を制すると、「行きましょうか」とおっしゃった。私は、ためらいがちに頷く。
「何処かおススメの場所とかあります? ついこの間まで地方にいたので、ここら辺あまり詳しくなくて」
「あっ、そ、そうですよね。副社長は、どういうのがお好きですか?」
この辺りのお店については、一通り頭に叩き込んである。なので、洋食でも和食でも中華でも。なんだったらフレンチとかでも紹介できる。
「いえ、俺に合わせなくていいです。香坂さんに合わせます」
しかし、彼の返答は私の予想していないもので。……若干頬が引きつった。
「で、ですが」
「俺の好みになると、肉とかそういうものになっちゃうので。……居酒屋とかになりますよ?」
なんてことない風にそう言う彼。……居酒屋。
「そういうの、女性ってあんまり――」
「――いいところあります!」
それだったら。そう思って、私は若干身を乗り出しつつ、副社長にそう宣言した。
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