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第1章

第4話

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 それから社内を一通り案内したころには、私の退社時刻はすぐそこまで迫っていた。

「では、明日からよろしくお願いいたします」

 副社長をお部屋に送って行って、私はぺこりと頭を下げる。

 さて、この後は着替えたり帰宅の準備をしなくては。

(今日はなに食べようかな……)

 正直、色々な意味で疲れていて、ご飯を作る気力はない。

 どうせだし、久々に外食、もしくはコンビニとかスーパーでお弁当でも買って帰ろうかな……と思っていたとき。

 不意に「香坂さん」と声をかけられた。

「……どう、なさいました?」

 振り向いて、私はほかでもない副社長のほうを見つめる。

 彼は少し困ったように眉を下げた。かと思えば、意を決したように口を開く。

「その、嫌だったら断ってもらって構わないんですが……」
「……は、はい」
「この後、よかったら食事でも行きませんか?」

 ……一秒、二秒、三秒。三十秒。

 私は副社長の言葉を理解するのにかなりの時間を要した。

 そして、理解した瞬間。頭の中が真っ白になる。

(え、お、お食事? 副社長と……?)

 彼を見つめてぽかんとする。副社長は、気まずそうに頬を掻いていらっしゃった。

「今日のお礼ということで、奢りますので……」

 私は別に奢ってもらいたいわけではないのだけれど。

「い、いえ、そう言っていただきたいわけでは……」

 これでもお金は割とあるし、男性に奢ってもらうなど後が怖くて避けてきたことだ。

 副社長がそういう人ではないことは、薄々感じ取っているけれど。

「それに、今日のはお仕事ですし、気にしていただかなくてもいいです」

 ゆるゆると首を横に振る。正直、食いつきたい。目の前に餌を垂らされた魚の気分だ。

 こんな素敵な好みド真ん中の男性とのお食事なんて……一生に一度、縁があるか、ないかだろう。

 そう思いつつも、今までのいやな思い出がある以上、男性と二人でのお食事というのは本当のところ避けたい気持ちのほうが強い。

「では、これにて……」

 ペコリと頭を下げて、もう一度立ち去ろうとしたとき。また後ろから「香坂さん」と名前を呼ばれる。

 ……一々心臓に悪い。

 心の中だけでそう呟いて、また彼を見つめる。

「……あんまり言いたくないんですけれど、俺、ちょっと不安で」
「不安、ですか?」
「はい。明日から上手く出来るかとか、自信がなくて……」

 その不安そうな表情は、私の母性本能をくすぐった。……放っておけないと、頭の中が訴える。

「なので、明日からのことを相談したい……というのが、本当のところだったりします。かっこ悪いので、言いたくなかったのですが……」

 視線を彷徨わせる副社長。

 ……そういうことなら、仕方がない、と思う。

(それに、副社長は今までの男性とは違う……だろうし)

 今までの男性は、食事にいけば言い寄って来た。付き合ってほしいとか、この後ホテルに行こうとか。

 まぁ、副社長ほど好みの人ならば、ちょっと考えた……かも、だけど。

(けど、さすがに一夜の過ちをするなんてありえないわ)

 そう思い、私は一人で悩んだ末に答えを出す。

「そういうことでしたら、ぜひご一緒させていただきたく」

 私の返答を聞いた副社長は、露骨にほっとしていらっしゃった。

 ……その表情を見るだけで、了承してよかったと思ってしまう。

「では、一時間後にエントランスで」
「……はい」

 副社長のその言葉に頷いて、私は今度こそお部屋を出て行く。

 一礼をして扉を閉めて。……自分の心臓の音がやたらとうるさいことに気が付いた。

(違う。彼は、私のことが好きというわけでは……)

 私のちょっと夢見がちな部分が主張をする。それをねじ伏せて、冷静を装って。私は、更衣室に足を向けるのだった。
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