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第1章

第3話

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「で、では、行きますね。まずは……」

 とりあえず、この階から案内したほうがいいかな。

 そう思いつつ、私は頭の中で案内ルートを組み立てていく。

(……今のは、印象悪いかなぁ)

 廊下を歩きつつ、私は心の中でそう思う。

 ちらりと隣を歩く副社長を見つめてみる。たくましい身体つきに、高い背丈。

 ……見るからに、私の好みに合致している。むしろ、ここまで完璧に好みに合う人を、私は知らない。

(ほら、今後は副社長と一緒に過ごすんだし。……慣れなくちゃ)

 そうだ。私は今日から副社長の専属秘書なのだ。なんとしてでも、平常心を保たなければ……。

(と、思っても。やっぱり、見ちゃうのよねぇ……)

 女性はイケメンを見るとこそこそとしている。それは多分、大々的に見れないからなのだと思う。私は今、それを理解した。

 そんなことを考えて、私が歩いていると。不意に「香坂さん」と隣から声が聞こえてくる。

「え……?」

 驚いて声の方向――副社長に視線を向ける。彼はきょとんとしつつも、私を見つめている。

「あ、間違えてました、か、名前」
「い、いえいえ、私は香坂です」

 私があまりにも驚いているため、副社長は名前を間違えたと思ってしまわれたらしい。

 慌てて首をぶんぶんと横に振る。……先ほど痛めた首の所為で、なんか辛い。

「そうですか。……よかったです」

 彼がほっと胸を撫でおろしている。……可愛い。って、こういう感想は大の男性に向ける感想じゃない。

(なに、これがギャップ萌えとか、そういう奴……?)

 今までろくに男性に興味を持てなかった。だから、世の女性が『ギャップ萌え』とか言っているのを聞いても、ぴんとは来なかった。なのに、今、私はそれを理解した。

 ……これは、萌える。

「その」
「……はい」
「……叔父が、無茶ぶりをしたんじゃありませんか?」

 彼が真剣な面持ちになって、そう問いかけてこられた。

 意味がわからなくて、眉を顰める。副社長は苦笑を浮かべていらっしゃった。

「正直、突然やってきて副社長と認められるかは、不安だったりします」
「……副社長?」
「そりゃあ、後継者が必要なのはわかっています。……ただ、やっぱり。ほら。社員の信頼がないと、後継者は務まらない」

 彼のそのお言葉を聞いて、私は理解する。

 ――彼は、何処までも真面目な人なのだ、と。

「そんな務まるかわからない男の秘書なんて、いやでしょうに」

 自虐的な言葉だと思う。……けど、その気持ちはよくわかる……と、思う。

 務まるか務まらないか。初めは誰だって不安だ。

「……大丈夫、だと思いますよ」

 私は足を止めて、副社長の顔を見上げた。彼がぱちぱちと目を瞬かせている。

「その気持ちがあれば、きっとみなさまわかってくださいます」

 真剣に彼の目を見て、はっきりと告げる。しばらくして、ハッとして視線を逸らす。

「い、いえ、私ごときが、偉そうなことを言ってしまいました。申し訳ございません。忘れてください」

 頭を下げて、そう謝罪をする。副社長はしばらくして、息を吐いていた。

「そう言ってくれて、肩の荷が下りました。なので、お気になさらず」

 副社長が私のほうに一歩近づいて、そう声をかけてくださる。……心臓がとくとくと早足になるのが、わかった。

「なんでしょうね。叔父が、香坂さんを秘書にした理由が、わかるような気がしましたよ」
「……え」

 頭を上げれば、彼が優しそうな表情で私を見つめていて。……心臓がさらに大きく音を鳴らす。

「これからよろしくお願いしますね。香坂さん」

 何処か色気をまとったような笑みでそう言われて……私は、こくこくと首を縦に振るのが精いっぱいだった。
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