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第1章 お見合い相手は同業者!? その場で結婚決まりですか?
第2話
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海から車を走らせること、約一時間。
街の喧騒から少し離れた静かな場所。門についたインターフォンに、湊介が声をかける。
「お嬢のお帰りですぜ。出迎えよろしく」
……正直、出迎えなんて必要ない。でも、これがこの羽賀家の伝統だから仕方がない。
そう思いつつ、私は湊介に車のドアを開けてもらって、地面に足を付ける。
瞬間、強面の男たちが一斉に頭を下げた。
「おかえりなさいませ、お嬢!」
一糸乱れぬ動き。そして、一言一句変わらない言葉たち。
それを聞きつつ、私はそばに来た湊介に持っていた鞄を手渡す。
その後、屋敷の玄関まで歩く。頭を下げる男たちの間を通り抜け、振り返る。
「もういいわよ。ご苦労様」
端的に言葉を告げれば、男たちは「へい!」と声を上げ、それぞれ持ち場に戻っていった。
「いやぁ、お嬢。本日は本当にお疲れ様でした!」
湊介は、ニコニコと笑いながら私の側に寄ってくる。湊介は羽賀家の人間ではないので、男たちの間を通ることが出来ない。なので、横道から私の元にやってきたのだ。……こういうの、面倒だと思う。
だけど、やはり伝統だから仕方がない。
「あ、そういやお嬢。先代が来てるっていう報告上がってます!」
「そう」
「なんでも、お嬢に大切な話があるとか、なんとか……」
湊介がきょとんとしつつ、そう言う。……大の男のきょとん顔は、大して可愛くない。いや、この家に住んでいる男の中では、湊介は可愛い部類なの……かな?
「わかった。着替えたらすぐに行くから、お祖父さまにそう伝えて」
「へい!」
私の指示を聞いて、湊介が駆ける。彼の後ろ姿を見つめて、私は私室に向かって屋敷の長い長い廊下を歩いていく。
(このお屋敷、もう少し狭くならないかしら? 歩くの大変なんだけれど……)
小さな頃は、この広い庭園とかで走り回るのが好きだった。……しかも、家の人間に相手をさせていた。今思えば、仕事の邪魔だと思う。……彼らにとって、私は主の娘なので無下に出来なかったから、付き合ってくれたんだろうし。
そう思いつつ、私は私室の扉を開けた。
「ふわぁ、疲れた……」
ベッドに倒れこみそうになるのをこらえて、とりあえずとクローゼットを開ける。お祖父さまがいらっしゃっているということは、きちんとした格好をしなくちゃならない。……なんといっても、この羽賀家の先代だもの。
ちなみに、この家の今の当主は私のお父様。ちょっと強面だけれど、娘には甘々な子煩悩な人。……跡取りのお兄様には、鬼より怖いけれど。
淡いブルーのドレスを脱いで、少し編み込んだ髪の毛も解く。いつもお祖父さまに会う際に身に着ける紺色のワンピースを身に着け、前髪をヘアピンで留めた。
メイクを落とすのは、後にしよう。そう思って、私はさっきまで身に着けていたドレスを持って私室を出ていく。
そして、近くにいた家政婦さんにドレスを預ける。後は、彼女がクリーニングに出しておいてくれるはずだ。
(それにしても、お祖父さまったらいつも突然なんだから……)
応接室に向かいつつ、私はそう思う。お祖父さまは孫想いの優しいおじいさん……に見えた、恐ろしい人だ。
なんといっても、この羽賀家の先代の当主だもの。
(背筋は伸ばす。足音は立てない)
亡くなったお祖母さまの教えを頭の中で繰り返して、私は歩く。すたすたと歩いていれば、応接室からちょっとした怒鳴り声が聞こえてきた。……お祖父さま、また怒っていらっしゃる。
「おまえ、本当に学習せんな。そんなんだと、いつか死ぬぞ」
「……わかってるんすけどねぇ」
あ、この声は最近入ってきた人の声だ。
(そういえば、ちょっとドジで、なにかとやらかすって聞いたわね……)
この世界、油断すればあっという間に死ぬ。命なんて、銃の引き金よりも軽いものだ。……って、これ普通の人には通じないんだっけ。外では口に出さないようにしなくちゃ。
そんな風に思って、私は応接室の扉をノックする。中から「誰だ?」という声が聞こえてきたので、私は息を吸って扉越しに言葉を返す。
「お祖父さま。すみれです。私のことをお呼びだと、湊介に聞きまして」
出来る限りにこやかに聞こえる声でそう言えば――扉が勢いよく開いた。
「おぉ、すみれちゃん! よくぞ来てくれた!」
突然の暑苦しい抱擁に、私の眉間にしわが寄る。けれど、お祖父さまにとってそんなこと関係ない。
「いやぁ、ますます可愛くなったな。……もう、亡くなったあいつにそっくりだ」
「お祖母さまにそっくりだと言われるのは嬉しいのですが、もう可愛いなんて年齢じゃありませんよ」
お祖父さまの抱擁から逃れて、私はそう言う。……お祖父さまは、亡くなったお祖母さまを今でも愛している。そういうところ、本当にすごいと思う。……素敵な夫婦関係だなって、いつも羨ましく思うもの。
街の喧騒から少し離れた静かな場所。門についたインターフォンに、湊介が声をかける。
「お嬢のお帰りですぜ。出迎えよろしく」
……正直、出迎えなんて必要ない。でも、これがこの羽賀家の伝統だから仕方がない。
そう思いつつ、私は湊介に車のドアを開けてもらって、地面に足を付ける。
瞬間、強面の男たちが一斉に頭を下げた。
「おかえりなさいませ、お嬢!」
一糸乱れぬ動き。そして、一言一句変わらない言葉たち。
それを聞きつつ、私はそばに来た湊介に持っていた鞄を手渡す。
その後、屋敷の玄関まで歩く。頭を下げる男たちの間を通り抜け、振り返る。
「もういいわよ。ご苦労様」
端的に言葉を告げれば、男たちは「へい!」と声を上げ、それぞれ持ち場に戻っていった。
「いやぁ、お嬢。本日は本当にお疲れ様でした!」
湊介は、ニコニコと笑いながら私の側に寄ってくる。湊介は羽賀家の人間ではないので、男たちの間を通ることが出来ない。なので、横道から私の元にやってきたのだ。……こういうの、面倒だと思う。
だけど、やはり伝統だから仕方がない。
「あ、そういやお嬢。先代が来てるっていう報告上がってます!」
「そう」
「なんでも、お嬢に大切な話があるとか、なんとか……」
湊介がきょとんとしつつ、そう言う。……大の男のきょとん顔は、大して可愛くない。いや、この家に住んでいる男の中では、湊介は可愛い部類なの……かな?
「わかった。着替えたらすぐに行くから、お祖父さまにそう伝えて」
「へい!」
私の指示を聞いて、湊介が駆ける。彼の後ろ姿を見つめて、私は私室に向かって屋敷の長い長い廊下を歩いていく。
(このお屋敷、もう少し狭くならないかしら? 歩くの大変なんだけれど……)
小さな頃は、この広い庭園とかで走り回るのが好きだった。……しかも、家の人間に相手をさせていた。今思えば、仕事の邪魔だと思う。……彼らにとって、私は主の娘なので無下に出来なかったから、付き合ってくれたんだろうし。
そう思いつつ、私は私室の扉を開けた。
「ふわぁ、疲れた……」
ベッドに倒れこみそうになるのをこらえて、とりあえずとクローゼットを開ける。お祖父さまがいらっしゃっているということは、きちんとした格好をしなくちゃならない。……なんといっても、この羽賀家の先代だもの。
ちなみに、この家の今の当主は私のお父様。ちょっと強面だけれど、娘には甘々な子煩悩な人。……跡取りのお兄様には、鬼より怖いけれど。
淡いブルーのドレスを脱いで、少し編み込んだ髪の毛も解く。いつもお祖父さまに会う際に身に着ける紺色のワンピースを身に着け、前髪をヘアピンで留めた。
メイクを落とすのは、後にしよう。そう思って、私はさっきまで身に着けていたドレスを持って私室を出ていく。
そして、近くにいた家政婦さんにドレスを預ける。後は、彼女がクリーニングに出しておいてくれるはずだ。
(それにしても、お祖父さまったらいつも突然なんだから……)
応接室に向かいつつ、私はそう思う。お祖父さまは孫想いの優しいおじいさん……に見えた、恐ろしい人だ。
なんといっても、この羽賀家の先代の当主だもの。
(背筋は伸ばす。足音は立てない)
亡くなったお祖母さまの教えを頭の中で繰り返して、私は歩く。すたすたと歩いていれば、応接室からちょっとした怒鳴り声が聞こえてきた。……お祖父さま、また怒っていらっしゃる。
「おまえ、本当に学習せんな。そんなんだと、いつか死ぬぞ」
「……わかってるんすけどねぇ」
あ、この声は最近入ってきた人の声だ。
(そういえば、ちょっとドジで、なにかとやらかすって聞いたわね……)
この世界、油断すればあっという間に死ぬ。命なんて、銃の引き金よりも軽いものだ。……って、これ普通の人には通じないんだっけ。外では口に出さないようにしなくちゃ。
そんな風に思って、私は応接室の扉をノックする。中から「誰だ?」という声が聞こえてきたので、私は息を吸って扉越しに言葉を返す。
「お祖父さま。すみれです。私のことをお呼びだと、湊介に聞きまして」
出来る限りにこやかに聞こえる声でそう言えば――扉が勢いよく開いた。
「おぉ、すみれちゃん! よくぞ来てくれた!」
突然の暑苦しい抱擁に、私の眉間にしわが寄る。けれど、お祖父さまにとってそんなこと関係ない。
「いやぁ、ますます可愛くなったな。……もう、亡くなったあいつにそっくりだ」
「お祖母さまにそっくりだと言われるのは嬉しいのですが、もう可愛いなんて年齢じゃありませんよ」
お祖父さまの抱擁から逃れて、私はそう言う。……お祖父さまは、亡くなったお祖母さまを今でも愛している。そういうところ、本当にすごいと思う。……素敵な夫婦関係だなって、いつも羨ましく思うもの。
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