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第1部 第2章

ヨゼフ・ケスティング 1

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 翌日の午後四時。退勤時間になって、僕はセラフィンさまの執務室を後にする。

 今日は抱き枕になる日なので、また後で出勤することにはなる。でも、終業は終業だ。

 王城を歩きながら少し伸びをしていると、前から見知った顔の人物が歩いてくるのが見えた。

 ……僕は自然と身を縮める。

 その人物は、僕の一メートルほど前で立ち止まった。

「ルドルフ、もう退勤時間なのか」

 彼がその鋭い青色の目をさらに細めて、そう問いかけてくる。

 きっちりと着こなした大臣の制服。しっかりと束ねた赤色の長い髪。眼鏡越しに僕を射貫くその視線。

 ……心臓が、恐怖からぎゅっと締め付けられる。

「は、はい。今日は、僕はもう終わりです……」

 視線を彷徨わせて、そう告げる。

 このお人はヨゼフ・ケスティングさま。名門貴族ケスティング伯爵家の長男で、跡継ぎ。さらにはつい三ヶ月前に文官から大臣に出世したという、有能な人物。

 ちなみに、現在の大臣たちの中で最も若く、なおかつ見た目麗しいと有名だったりも、する。

「そうか」

 ヨゼフさまはそうおっしゃって、手の中にあるファイルを持ち直した。

 ……場に沈黙が走る。僕たちは、なにも言わずに見つめ合う。……いや、僕はヨゼフさまをまっすぐに見ることは出来ないのだけれど。

(ヨゼフさまの目、すごく苦手なんだよなぁ……)

 そのなにもかもを見透かしたような目が、すごく怖い。あと、彼の自分にも他人にもとにかく厳しいところも、苦手。

 つまり、まぁ、うん。僕はヨゼフさまが本当の本当に、苦手ということ。

「まぁ、別に俺には関係ないがな」
「あ、は、はい」

 だったら、わざわざ止まらなくてもいいのに……と、口に出せたらどれだけいいか。

 心の中だけでそう呟いて、僕は俯いた。そして、その場を立ち去ろうとしたとき。

 ヨゼフさまが、露骨に咳ばらいをされたのがわかった。

「……アーミは、元気か?」
「え……」

 彼の問いかけに驚いて、そちらに視線を向ける。

 そこにいらっしゃるヨゼフさまは、いつも通りだ。ただ、ぽりぽりと頬を掻いているのが印象的で。

「あ、アーミ、ですか……?」
「あぁ」

 ……確かに、アーミは大臣たちとも割と仲がいい。だから、名前が出るのもおかしなことじゃない。

 地味な僕とは違って、アーミは大臣たちからの覚えもいいだろうし……。

「元気、ですよ。……ただ、その、えぇっと」
「……なにか、あるのか?」

 この間のアーミの悩みを思い出す。

 ……他言無用にしてほしいと、言っていた。

(そうだ。僕はアーミを裏切るわけにはいかない……)

 ぎゅっと手のひらを握って、ゆるゆると首を横に振る。

「い、いえ、なんでも、ないです……」

 上ずったような声でそう返せば、ヨゼフさまの眉が顰められた。心なしか、目も細められている。

「なんでもないことはないだろう。……なにか、あるんだろう?」
「ち、ちがい、ます……」

 これではまるで尋問だ。

 ヨゼフさまがこちらに一歩近づいてこられる。僕は一歩足を引く。

 無意味な押し問答。けど、僕には思いきり逃げ出す勇気はなかった。

「教えてくれ」

 だけど、どうしてヨゼフさまはこんなにもアーミのことに必死なのだろうか?

 ……ま、まさか。

(ヨゼフさま、アーミのことが好きなんじゃあ……!)

 その考えが浮かんで、僕はサーっと蒼くなる。

 だって、アーミには彼氏がいるんだ。それに、その彼氏のことが大好きみたいだった。

 ……ほかの人が割り込む隙なんてない。ヨゼフさまは、失恋確定してしまう。

 そして、そんなこと、僕は口が裂けても言えない。
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