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第1部 第1章
従者の今 2
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朝食を摂った僕とアーミは、それぞれ私室に戻った。
その後、必要なものを鞄に詰め込んで、始業時間に間に合うように使用人棟を出て行く。
途中、他の従者たちとすれ違って、軽く会釈をして。僕は、王城の敷地内を歩く。
セラフィンさまの専属従者は、僕とアーミを含めて五人。それぞれシフトを組んで、セラフィンさまを陰に日向にサポートしている。
そして、今日は僕とアーミが仕事にあたる日だった。
セラフィンさまの執務室の前に立って、扉をノックする。そうすれば、中から「どうぞ」という声が返って来た。
「おはようございます、セラフィンさま。本日もよろしくお願いいたします」
九十度の礼をすれば、セラフィンさまは「あぁ」と返事をしてくださる。それを合図に顔を上げて、セラフィンさまのことを見つめる。相変わらず、恐ろしいほどに整った容姿を持っているお人だ。
「今日はルドルフとアーミだったね」
「はい」
セラフィンさまのお言葉にこくんと首を縦に振れば、彼が笑われる。
彼の笑みは、老若男女問わず魅了する。特に、年頃の貴族令嬢ともなれば、頬を褒めてぼうっと見つめているほどなのだ。
「よろしくね。あと、今日は『あの日』だから」
特に気にする風もなく、セラフィンさまはそれだけをおっしゃって、執務机に視線を落とす。
そこには多数の書類。どうやら、すでに業務は始めていらっしゃったらしい。
「かしこまりました。とりあえず、お茶を準備してきます」
「あぁ、よろしく」
セラフィンさまは書類から視線を上げずに、僕の言葉に返事をくださる。
なので、僕は執務室の目立たないところにある扉に手をかける。
ゆっくりと開ければ、そこには簡易キッチンがある。あと、セラフィンさまが仮眠を取られる際に使用する、寝台なんかも設置してある。
(今日は、えぇっと……)
従者は数種類の茶葉から、その日に適切なお茶を淹れなければならない。
適切というのは、気温とか湿度とか。そういうことだ。
お茶は繊細なものなので、淹れる日の些細な違いで味が変わってしまう。だから、その日に一番美味しくなるものをブレンドしなければならない。
壁に掛けてある時計には、時刻のほかに気温と湿度などが書かれている。それをチェックして、僕はお茶を淹れていく。
(あんまり、こういう臨機応変なのは得意じゃないんだけど……)
そういうのは、アーミのほうが得意だ。
けど、アーミは今日、どうやら別の仕事を任されているらしかった。なんでも、大臣たちに届け物をして、そのうえで書類を回収するとか、なんとか……。
「アーミのほうが人付き合いは得意だし、こうなるのは当たり前なんだろうけれど……」
アーミは大臣たちとも円滑にことが進むように、日ごろから根回ししている。そう、つまり、セラフィンさまの専属従者になるべく人材だったのだ。
対する僕は、情けで雇ってもらったような身。……比べるのも、おこがましいと思う。
「僕は、僕にできることをしなくちゃ……」
それに、もらっているお給金の少し上くらいの働きはしたい。そう、心の底から思っている。
「っていうか、これは、どう、なんだろ……?」
茶葉を蒸らしている最中、僕はきょとんとしてしまう。
茶葉選びやブレンドなんかは、ある程度出来るようになった。が、やっぱり。……こういうものは苦手だ。
「……セラフィンさまに、不味いものは出せないし」
僕は何度か失敗している。
セラフィンさまはいつだって笑顔で「次、頑張って」と言ってくださるけれど、いつまでも甘えているわけにはいかない。
最低限、セラフィンさまのご迷惑にならないくらいにはなりたい。
「あ、そうだ。アーミが今日はミルクがあるって、言ってたっけ……」
つまり、ミルクティーにすることも可能ということだ。
セラフィンさまはミルクティーとか。割と甘めのものも好まれているので、喜んでくださるかもしれない。
そう思いつつ、僕はティーポットに紅茶を準備して、ティーカップを用意する。ミルクティーにも出来るように、ミルクを用意するのも忘れない。
それをトレーに載せて、さらにワゴンに載せる。
「セラフィンさま。お茶の準備が整いました」
執務室のほうに戻って、そう声をかける。すると、セラフィンさまは執務椅子から立ち上がられる。
「待っていたよ。……今日は、どんな味か楽しみだ」
「……う、失敗は、していないと、思います」
ちょっと縮こまりつつ、そう告げる。
何度か失敗している所為で、セラフィンさまは僕を信頼できないのだと思う。
けど、クビにはしない。……やっぱり、お優しい。拾った動物は最後まで面倒を見るとか、そういうことなのかもしれないけれど。
(というか、やっぱり僕って、セラフィンさまにとっては従者というより愛玩動物なんだろうな……)
そうじゃないと、あんな業務を言い渡さないだろうし……。
と、思いつつティーポットから紅茶を注いでいると。
「あつっ!」
僕は、見事に自分の手に熱い紅茶をかけてしまった。……うぅ、本当に情けない。
その後、必要なものを鞄に詰め込んで、始業時間に間に合うように使用人棟を出て行く。
途中、他の従者たちとすれ違って、軽く会釈をして。僕は、王城の敷地内を歩く。
セラフィンさまの専属従者は、僕とアーミを含めて五人。それぞれシフトを組んで、セラフィンさまを陰に日向にサポートしている。
そして、今日は僕とアーミが仕事にあたる日だった。
セラフィンさまの執務室の前に立って、扉をノックする。そうすれば、中から「どうぞ」という声が返って来た。
「おはようございます、セラフィンさま。本日もよろしくお願いいたします」
九十度の礼をすれば、セラフィンさまは「あぁ」と返事をしてくださる。それを合図に顔を上げて、セラフィンさまのことを見つめる。相変わらず、恐ろしいほどに整った容姿を持っているお人だ。
「今日はルドルフとアーミだったね」
「はい」
セラフィンさまのお言葉にこくんと首を縦に振れば、彼が笑われる。
彼の笑みは、老若男女問わず魅了する。特に、年頃の貴族令嬢ともなれば、頬を褒めてぼうっと見つめているほどなのだ。
「よろしくね。あと、今日は『あの日』だから」
特に気にする風もなく、セラフィンさまはそれだけをおっしゃって、執務机に視線を落とす。
そこには多数の書類。どうやら、すでに業務は始めていらっしゃったらしい。
「かしこまりました。とりあえず、お茶を準備してきます」
「あぁ、よろしく」
セラフィンさまは書類から視線を上げずに、僕の言葉に返事をくださる。
なので、僕は執務室の目立たないところにある扉に手をかける。
ゆっくりと開ければ、そこには簡易キッチンがある。あと、セラフィンさまが仮眠を取られる際に使用する、寝台なんかも設置してある。
(今日は、えぇっと……)
従者は数種類の茶葉から、その日に適切なお茶を淹れなければならない。
適切というのは、気温とか湿度とか。そういうことだ。
お茶は繊細なものなので、淹れる日の些細な違いで味が変わってしまう。だから、その日に一番美味しくなるものをブレンドしなければならない。
壁に掛けてある時計には、時刻のほかに気温と湿度などが書かれている。それをチェックして、僕はお茶を淹れていく。
(あんまり、こういう臨機応変なのは得意じゃないんだけど……)
そういうのは、アーミのほうが得意だ。
けど、アーミは今日、どうやら別の仕事を任されているらしかった。なんでも、大臣たちに届け物をして、そのうえで書類を回収するとか、なんとか……。
「アーミのほうが人付き合いは得意だし、こうなるのは当たり前なんだろうけれど……」
アーミは大臣たちとも円滑にことが進むように、日ごろから根回ししている。そう、つまり、セラフィンさまの専属従者になるべく人材だったのだ。
対する僕は、情けで雇ってもらったような身。……比べるのも、おこがましいと思う。
「僕は、僕にできることをしなくちゃ……」
それに、もらっているお給金の少し上くらいの働きはしたい。そう、心の底から思っている。
「っていうか、これは、どう、なんだろ……?」
茶葉を蒸らしている最中、僕はきょとんとしてしまう。
茶葉選びやブレンドなんかは、ある程度出来るようになった。が、やっぱり。……こういうものは苦手だ。
「……セラフィンさまに、不味いものは出せないし」
僕は何度か失敗している。
セラフィンさまはいつだって笑顔で「次、頑張って」と言ってくださるけれど、いつまでも甘えているわけにはいかない。
最低限、セラフィンさまのご迷惑にならないくらいにはなりたい。
「あ、そうだ。アーミが今日はミルクがあるって、言ってたっけ……」
つまり、ミルクティーにすることも可能ということだ。
セラフィンさまはミルクティーとか。割と甘めのものも好まれているので、喜んでくださるかもしれない。
そう思いつつ、僕はティーポットに紅茶を準備して、ティーカップを用意する。ミルクティーにも出来るように、ミルクを用意するのも忘れない。
それをトレーに載せて、さらにワゴンに載せる。
「セラフィンさま。お茶の準備が整いました」
執務室のほうに戻って、そう声をかける。すると、セラフィンさまは執務椅子から立ち上がられる。
「待っていたよ。……今日は、どんな味か楽しみだ」
「……う、失敗は、していないと、思います」
ちょっと縮こまりつつ、そう告げる。
何度か失敗している所為で、セラフィンさまは僕を信頼できないのだと思う。
けど、クビにはしない。……やっぱり、お優しい。拾った動物は最後まで面倒を見るとか、そういうことなのかもしれないけれど。
(というか、やっぱり僕って、セラフィンさまにとっては従者というより愛玩動物なんだろうな……)
そうじゃないと、あんな業務を言い渡さないだろうし……。
と、思いつつティーポットから紅茶を注いでいると。
「あつっ!」
僕は、見事に自分の手に熱い紅茶をかけてしまった。……うぅ、本当に情けない。
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