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第1部 第1章

従者の過去 1

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 それは、今から二年ほど前のことだった。

 僕はハルツェン王国という国にある、末端貴族リタウェル子爵家に三男として生まれた。

 リタウェル子爵家は、貴族の末端に名を連ねるお家柄だったけれど、そこそこ裕福な家。

 合わせ、僕の両親は祖父母から引き継いだ事業を成功させ、たくさんのお金を自らの手で得ていた。その所為か、少々……いや、かなりのくせ者だったのだけれど。

 僕の上には二人の兄と、一人の姉がいた。二人の兄はちょっと傲慢な性格をしていたけれど、優秀な人。姉は容姿端麗で要領がとてもよくて、周囲から愛されるような人だった。

 けれど、どうしてなのか。その三人と同じ血を引いているはずの僕は、とんでもないほどに要領が悪かった。

 容姿も両親の悪いところだけを引き継いだかのような、地味な容姿をしていた。

 この家の財力に群がろうとする人は、数多いたけれど、皆が皆、僕のその要領の悪さを知ると離れていく。兄や姉にすり寄ったほうが利益があると、判断されたのだろう。……まぁ、それは真実だったのだけれど。

 そう。僕は、家ではいない者として扱われていた。共に食事を摂ることも許されず、許可がなければ私室を出ることも許されない。専属の使用人一人つけてもらえず、身の回りのことは全部自分でするしかなかった。

 産まれた当初は、そこまでではなかった。容姿のことはぐちぐち言われたけれど、要領の悪さはわからなかったので、それなりには愛されていた……と、思う。

 ただ、いつの間にか僕は両親にとっては汚点となっていて、お荷物になったのだろう。

 さらには、周囲から蔑ろにされて、僕の性格はどんどん暗くなっていく。思考回路はネガティブ寄りになって、物事を楽観的に捉えることは出来なくなかった。

 僕を見てこそこそと話す人は、全員僕の悪口を言っているのだろう。そんな被害妄想にも取りつかれるようになった。

 ……我ながら、とっても惨めで陰険な男だ。

 けど、当時の僕にとって。それが、身を守る唯一の術だったのだ。

 僕は被害者。相手は加害者。たとえ、僕がなにをしたとしても。相手は、僕を虐めてくる。

 だから、僕は頑張らなくてもいい。ただ、悲劇のヒロインのように泣いていればいい。

 そんな風に思って、頑張ることを放棄して、周囲に馴染む努力も放棄した。

 でも、それを強制的に変える出来事が訪れた。

 僕の、十八歳の誕生日だ。

『ルドルフ。お前はこのリタウェル子爵家の面汚しだ。だから、今後お前を養うつもりはない。この二年のうちに、出て行くように』

 父は僕と視線を合わせずにそう吐き捨てたのだ。

 ……正直、困ってしまった。僕は今まであまり外には出ていないし、働いたこともない。

 つまり、僕が一人でい生きていくことは不可能だ。

 また、部屋にこもって泣いた……の、だけれど。

 僕は気が付いてしまった。このまま悲劇のヒロインに寄っていたとしても、なにもいいことはないのだろうと。

(このままだと、僕はなにも成し遂げないまま、面汚しのままで終わってしまう。……そんなのは、避けたい)

 どうしてなのか、頭の中にすっとその真実が降りて来た。

 このままだと、僕には生きてきた意味なんてない。どれだけ暴言を吐かれても、殴られても、蹴られても。

 耐えてきた日々が、無駄に終わってしまう。……そんなのは、嫌だった。

「簡単には変われないかもしれない。……けど、僕は変わる! 変わってみせる!」

 要領が悪いとか、容姿が地味だとか。根暗だとか、ネガティブ思考だとか。

 そこは変われないかもだけど、周囲の評価は頑張れば変えられる……かも、しれない。うん、勝手な想像だけれど。

 そう決意した三日後。僕は小さな荷物をまとめて、十八年生活をしてきたリタウェル子爵家の邸宅を出て行った。

 寂しいとか、感慨深いとか。そういう感情はちっとも浮かばない中、僕は一人で生きていく術を身に着けるために、行動を始めた。
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