【R18】溺れるほどの愛を、与えて~記憶喪失の美貌の青年は、マフィアに拾われる~

すめらぎかなめ(夏琳トウ)

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第1部 第1章 『ラウル』

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(けれど、期待しすぎるのもよくないよね……)

 膨らんでいく期待を自らすぼめるように、男は自分にそう言い聞かせる。冷たい果実水で喉を潤し、冷静になろうとする。

 その間、彼は男の顔をじっと見つめていた。若干反応に困ってしまうのは仕方のないことだろう。

(そういえば、僕はどういう顔をしているんだろうか)

 彼の顔を見ていると、無性に自らの顔が気になった。

 自然と顔に手の平を当てて、ペタペタと触ってみる。

 人間の顔であるということ、さらには治療の痕があることくらいしかわからない。男の顔のいたるところにガーゼが貼ってあるようだ。

「お前、なにをしているんだ」

 彼が呆れの色を宿した声で話しかけてくる。

 どう答えようかと少し迷って、男は苦笑を浮かべて口を開く。

「いえ、僕ってどんな顔をしているんだろう――って、思ったんです」

 男の言葉を聞いた彼は、一瞬だけぽかんとした表情を浮かべる。

 その後、考え込むような素振りを見せた。真剣な面持ちを見ていると、この状況下なのに男の胸が高鳴る。それほどまでに、彼は美しいのだ。

「間違いだったら、悪いんだが。お前、もしかして記憶がないのか?」

 怪訝そうな表情で彼が問いかける。

 瞬間、男はどう答えればいいかまた迷うことになる。彷徨う視線と、はくはくと動く唇。

 男の仕草は彼からすれば十分な回答だったようだ。一人で納得したようなそぶりを見せる。

「記憶喪失か」

 彼は額に手を当て、項垂れるようにぼやく。

 耳をすませば、彼は「面倒だな」や「厄介じゃねぇか」ともつぶやいていた。

(……歓迎されていないよね)

 彼の態度を見ていると、そう思うのはある意味当然だ。

(というかこの態度を見ると、この人は僕を知らないのかな?)

 男の頭に突然そんな考えが思い浮ぶ。

(だって、そうじゃないか。僕のことを知っているのならば、こんな態度はとらない)

 つまり、彼は見ず知らずの男を助けたということだ。どれだけ感謝しても、足りない。

「その、助けていただいたのならば、ありがとうございます」

 男はぺこりと頭を下げてお礼を述べる。いつの間にか男の頭と心は落ち着いており、涙も止まっていた。

 もちろん、完全に落ち着いているとはいえない。戸惑う気持ちも消え去ったわけではないが。

「ま、そういうことだな。というか、助けたというよりは拾ったというほうが正しいんだが」
「拾った?」

 まるで犬猫のようなたとえだ。まさかではあるが、自身は誰かに捨てられていたのか?

「郊外の川の側で水浸しで倒れてたんだよ」

 どうやら捨てられていたわけではないらしい。

「正直放っておきたかったよ。ただ、放っておいてそれを後悔するのが嫌だった。それだけだ」

 当然だとでもいうように、彼は淡々と言葉を紡ぐ。自分が後悔しないためだったとしても、きっと簡単に行動に移せるものではない。

 彼は優しいと男の直感が告げた。もちろん、その直感があてになるとは限らない。

「で、お前のことを聞こうと思ったんだが。記憶がないなら、どうにもできそうにないな」
「そう、ですね」
「とりあえず覚えていることはあるか?」

 一応とばかりに問いかけられ、男は記憶を思い起こそうとする。

 覚えていること。唸りつつ考えるが、やはりなにも浮かばない。

 ふるふると首を横に振ると、彼は困ったようにため息をついた。

「名前と生年月日」
「覚えて、ないです」
「出身地」
「……わかんないです」

 問いかけに答えられないという真実が、男の心をグサグサに傷つけている。

 優しいこの人を困らせてしまっている――という状況が、男にとっては申し訳なくてたまらない。

 身を縮める男を見て、彼が「あー」と声を上げた。

「……こういう厄介ごとを取りまとめてくれる組織は、存在するんだが」

 男の声に宿る感情は『忌々しい』というものだろうか。もしかしたら、この男はその組織にいい印象を抱いていないのかもしれない。

「俺はアイツらが嫌いだからな。行くならひとりで行け……って、この状態で放り出すのも出来そうにない」

 いろいろと考えてくれているのが、伝わってくる。

(この人は本当に優しいんだ)

 胸の奥底からじぃんと感動が湧き上がってきた。無意識のうちにぎゅっと胸の前で手を握る。

「とりあえず、怪我が治るまではここにいろ」
「――え」

 だが、彼がさも当然のように紡いだ言葉に驚いた。

 厄介者を、側に置くというのだろうか?

「でも、迷惑に」
「そうだな。迷惑だ」

 彼は男の言葉を否定することはなく、すぐに認める。彼の目は嘘など言っているようには見えない。

「ただ、このまま放りだして野垂れ死なれるのが一番迷惑なんだよ」
「えっと」
「お前が今やることは、そのけがを治すこと。正直、よく生きてたよなって感じだったよ」

 呆れたように彼が言葉を紡ぐ。

 まさか、そこまで言われるような大けがを負っていたなど、男は想像もできなかった。

(あんまり、実感ないなぁ……)

 痛みもないように綺麗に治療をされているためだろうか。辛さはあまり感じない。

 大けがだなんて言われても男には信じられなかった。
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