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忠誠のキス……みたいな、カッコいいものではない

前編

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 温かな日差しが注ぐ庭園。先ほどまでお茶をしていたガーデンテーブルがある場所が、少し離れたところに見える。

 心をゆったりと落ち着かせてくれる伯爵邸の庭園の花々も、今ばかりはそんな効力は発揮できない。

「ぁあっ」

 自然と漏れる声。口元を必死に押さえて、声を出さないようにと頑張るのに。

 それを抗議するかのように、彼の舌が動くものだから。

 私は成す術もなく声を出すことしか出来ない。

「ここ、感じるんですか」
「やぁっ! しゃ、べらない、で……!」

 先ほどから与えられる快感に、私の身体がぶるりと震える。

 そして、私のことを見上げる彼の目。そこにこもった欲情に、心臓がバクバクと大きく音を鳴らす。

(やだ、こんなのっ……!)

 どうして、私は。

 こんな天気のいい日の四阿にて。

 婚約者に――足を舐められているんだろうか。

 途方に暮れそうなシチュエーションに、私はこうなった経緯を思い出すのだった。

 **

 週に一度の婚約者とのお茶会。小鳥がちゅんちゅんと鳴いている。

 ティーカップをソーサラーに戻す音。それから、ティーポットからティーカップにお茶を注ぐ音。あと、フォークとお皿がぶつかるような音。

 それしか聞こえないこの空間が、私はどうしようもなく苦手だった。

(……味が、しない)

 大好きなブルーベリーのタルトさえも、このときばかりは美味しいとは思えない。

 目の前にいる私の婚約者のジョザイアさまは、私のことをじっと見つめていらっしゃる。時折お茶を口に運ばれて、ケーキを口に運ばれて。それ以外は、なにもおっしゃらずに私を見つめている。もう、凝視のレベルだ。

(私のことが嫌いならば、さっさと婚約解消を告げれくださればいいのに……)

 ジョザイアさまと、私、レベッカは、まごうことなき政略結婚だ。

 騎士としては有能なジョザイアさまだけれど、生まれが次男であるため家督を継ぐことはできなかった。なので、名門伯爵家の一人娘である私との縁談が用意されたのだ。

 縁談はとんとん拍子でまとまって、私とジョザイアさまは婚約者の関係になった。

 ……ただし。

(お茶会では会話がない。社交の場に出向いても、彼はなにもおっしゃってくださらない)

 その所為で、婚約して一年半。すっかり不仲説が広まってしまった。

 せめて表向きだけでも仲睦まじい様子を演じてくださればいいのに……と、思ったところで。

(噂によれば、彼は騎士としての出世にしか興味がないらしいし。……妻帯するのも、渋々なのかも)

 周囲がうるさいから、私との婚約を決められたのかもしれない。でも、やっぱり。ほら。今になって嫌になった……とか、全然有り得る。

(私だって、あなたさまの未来のためならば婚約解消の口添えくらいするというのに……)

 この婚約解消は、双方が望んだことだ。そういう風に口添えすることくらい、大丈夫。

 けど、彼はそんな相談さえしてくださらない。私って、そこまで信頼できない女なのかしら?

(と、思ったけれど。……今日こそ、婚約解消をお願いするって、決めているんだもの)

 私には夢がある。私のことだけを愛してくれる男性と、添い遂げるという夢だ。

 その理想の男性は、ジョザイアさまではない。それはわかるので、私も彼との婚約は解消したかった。

(よし、きちんとお願いしましょう)

 軽く頬をたたけば、ジョザイアさまがきょとんとされたのがわかった。

 そのため、私はこほんと咳ばらいをして、彼を見つめる。膝の上に置いた手をぎゅっと握れば、彼がごくりと息を呑まれた。

「ジョザイアさま。……お願いが、あります」

 神妙な面持ちでそう言ってみる。彼は一瞬だけぽかんとしつつも、視線を逸らされた。

「その、言いにくいんですが、俺からもお願いが」

 ……が、その返答は予想外もいいところだった。

(ううん、きっと、彼も婚約の解消のお願いよね)

 むしろ、それ以外にお願いするようなことはないはずだ。

 その一心で、私は何度か深呼吸をして、頷く。

「はい。承知いたしました。私にできることならば」

 最後くらい笑って終わりたい。その一心で私がにっこりと微笑めば、彼がもう一度息を呑まれる。

 その後、ご自身の口元を手で押さえられた。

「じゃあ、その。……いやだったら、いやだって言ってください」
「え、えぇ、はい」

 婚約の解消をいやがるつもりなんてないんだけど……。

 心の中でそう思っていれば、ジョザイアさまは勢いよく立ち上がられた。驚いて、私が若干身を引く。

 挙句、ガバッと頭を下げられた。それはそれは、美しい百八十度の礼だ。

(え、ぇえっ!?)

 こ、ここまでする!? と、驚く私を他所に、ジョザイアさまは予想もしていなかったことを口にされた。

「――あなたの脚を、舐めさせてくださいっ!」

 **

 ……というのが、回想。

 なんでも、ジョザイアさまは私の脚を常々舐めたいと思っていらっしゃったらしい。

「あなたの脚はとても美しい。こう、形とか、肉付きとか。むしろ、骨格もよさそうです。そんな脚を舐めたいと、常々……」

 なんて熱心に語られたけれど、半分以上聞き流していた。だって、こんなのまともに取り合っていられないんだもの。

 正直、断りたくてたまらなかった。しかし、どうしてなのか。

 ――私は、了承してしまった。

 さすがに青空の元で、誰に見られるかわからないところでは無理だった。

 そのため、私はジョザイアさまを庭園の端っこにある四阿に連れて来た。そこで、私は靴下を脱いでおずおずと彼の前に素足を晒す。

 彼は始めこそ、触れるだけだった。ごつごつとした指先で、私の脚をするりと撫でる。ふくらはぎを撫でたり、足の甲を撫でたり。それだけだったのに。

「ぁあっ」

 気が付いたら、彼は私は足の指を口に含まれていた。

 汚いとか、においが気になるとか。そういうことを言う間もなく、彼は私の足の指を咥えて、ねっとりと舌で舐めてこられる。

 それだけならば、まだいい。問題は、彼が私の足の指の間に、舌を這わせてこられることだった。

「だ、だめ、なの、そこはっ……!」

 ぶんぶんと首を横に振る。

 だって、おかしい。こんな、脚の指と指の間を舐められて、感じてしまうなんて。

「っはぁ、可愛い。……こんな、乱れるなんて」

 彼が私の足の指を舌で愛撫しながら、その手をふくらはぎに這わせられる。

 するっと撫でられて、その手がどんどん上に向かう。その手は膝に触れて、太ももに触れて……。

「あぁっ!」

 彼の手が私の内ももに触れて、感じてしまって。私はあられもない声を上げてしまう。

 びくんと身体が跳ねて、身体の奥からどっとなにかが溢れ出るような感覚に襲われる。お腹の奥が、じくじくと熱い。

「も、だめ、やめて、やめてぇっ……!」

 腰掛けてはいるけれど、背もたれはない。その所為で、私はもうその場に倒れてしまいそうになる。

 ジョザイアさまは、そんな私を見て、慌てて動かれた。私の身体を、抱き留められる。

「なんですか、これ。……可愛すぎるでしょう」

 頭の上から降ってきた言葉の意味が、いまいちよく分からない。

 そっと目を開けて、彼を見つめる。……獰猛な、肉食獣の目だった。

「ぁ、あ」

 言葉にならない声が漏れる。

 欲情したような目を向けられるだけで、お腹の奥がどんどん主張をする。

 熱くて、なにかを求めているようで……。

(もっと、触って、欲しい……)

 どうしてそう思ったのかは、わからない。

 私って、実はこんなに淫らだったんだ……なんて、思う余裕もなくて。私は、彼の衣服を弱い力で掴んだ。

「レベッカ」

 彼が私の名前を呼んでくださる。……それだけで、身体の奥が反応する。

「……触って」

 今にも消え入りそうなほどに小さな声で、そう強請った。

「ねぇ、もっと、いっぱい、触って……」

 恥ずかしくてたまらない。私の身体は、いつからこんなにおかしくなったんだろうか。

 そう思ってしまうほどに、身体の奥が煮えたぎっている。

 ジョザイアさまが――欲しくて、たまらなかった。
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