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上司の財務大臣と、部下である私の秘密の関係。

第2話

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 ◇

 あれからあっという間に三年が経ち。私とメイノルドさまは、どうしてか未だにずるずると関係を続けている。

 月に何度か身体を重ねるだけの関係。恋人でも、婚約者でも。ましてや、夫婦でもない。多分、これは世間一般的にいう『セフレ』とか、そういうやつなのだろう。

 それを理解しつつも、私は彼との関係を拒めない。やめようとも、言い出せない。

 だって、私は。この関係を続けているうちに、メイノルドさまに不毛な恋心を抱いてしまったから。

 ◇

 メイノルドさまのおうち、ラッツェル伯爵家所有の馬車に乗り込む。

 私とメイノルドさまが乗り込むと、御者が扉を閉めた。しばらくして馬車が走り出す。

 職場よりもずっと近い距離に、メイノルドさまの端正なお顔がある。じっと見つめていると、私の隣に腰掛ける彼とばっちりと視線が交わった。だから、慌てて視線を逸らす。

「どうした、シルケ。私などの顔を、じっと見て」

 意地悪く彼がそう問いかけてこられる。私は、戸惑って、困って。なにか言葉を紡がなくちゃって思って、意を決して口を開く。

「い、いえ、本当にお美しいお顔だなと、思いまして……」

 結局当たり障りのない言葉しか出てこなかった。

 けれど、メイノルドさまは不快な様子も見せず、ふっと口元を緩められた。かと思えば、彼が私にぐいっとご自身のお顔を近づけてこられる。お互いの息が当たるような至近距離にある、彼の端正なお顔。……心臓が、駆け足になる。

「そうか。だが、私からすればシルケの顔のほうが好きだ。……なんというか、愛でたくなる」

 直球のお言葉に、心臓がどくんと大きく音を鳴らす。でも、それを自覚するよりも先に、唇を塞がれた。

「んっ」

 メイノルドさまの手が私の後頭部を掴む。それはまるで、逃がさないと言っているかのようだった。

 何度か唇を重ねるだけの口づけを交わす。その口づけはどんどん深いものになっていった。私はうっすらと唇を開いて、彼の舌を口腔内に招き入れる。

「……んっ」

 彼の舌が私の口腔内に入ってくる。その舌に、自らの舌を絡める。

 くちゅくちゅという水音が車内を支配して、空気が淫靡なものに変わっていく。……お腹の奥底が、きゅんとした。

「初めはあんなにも不慣れだったというのに。……今では、キスも上手くなったものだ」

 唇が離れ、メイノルドさまがそう呟く。そのお姿を見つめつつ、私は荒い呼吸を整える。

 その手でメイノルドさまの上着を掴んで、彼の胸にもたれかかる。

 メイノルドさまの口づけは、厭らしい。身体の奥底にある官能を容赦なく引き出して、火をつけていく。

「……メイノルドさまが、教えてくださったじゃないですか」

 私は若干上目遣いになりつつ、そう抗議する。彼は「そうだったな」とおっしゃった。

「キミのなにもかもは、私が教えたんだったな」
「……はい」
「キスだけではなく、身体を重ねるということも」

 彼が私の頬を指でなぞって、そう呟く。低くて、お腹の中に響くお声。……また、お腹の奥がきゅんとする。

「本当に、愛らしいな」

 メイノルドさまはそう呟いて、また私の唇に口づけを落とす。今度は、触れるだけの軽いもの。

 少しの物足りなさを覚えるものの、馬車が止まったことで現実に戻ってくる。……もう、ついてしまったのか。

「では、降りようか。足腰は大丈夫か? なんだったら、抱きかかえるが?」
「……大丈夫です」

 彼の問いかけに、静かに答える。

 そもそも、私の足腰が立たなくなったとすれば。それは間違いなく、メイノルドさまの所為だというのに。

 なにをこのお方は、しれっとしているのか。

「そうか。……では、行こう」

 御者が扉を開けたので、彼が降りる。その後、メイノルドさまが差し出してくださって手に、自身の手を重ねて、私も馬車を降りた。

 ◇

 ラッツェル伯爵家は、国でも名門に名を連ねるおうちだ。評判もよくて、権力もある。もちろん、財力も。

 そんな伯爵邸に住んでいるのは、メイノルドさま。それから、数少ない使用人たち。

 執事と従者。侍女。料理人。最低限の人数で回していると聞いている。過去に一度そのわけを尋ねると、彼は「私一人なのだから、最低限でいい」という回答をくださった。

 あとは、領地に住まわれているご両親が使用人を何人か連れて行ったらしい。それも、関係していると。

「おかえりなさいませ、メイノルドさま」

 邸宅の重厚な扉が開くと、一人の年配の男性が出迎えてくれる。私もすっかり顔見知りとなった彼は、この伯爵邸の執事だ。

「今日の晩餐は二人分で頼む。食堂ではなく、私室のほうに運んでおいてくれ」
「かしこまりました」

 彼は私の姿を見ても特に気に留めることはない。それどころか「ごゆっくりしてくださいませ」と言ってくれるほどだ。

 普通、当主が婚約者でもない女性を連れ込むなど、あってはならないことだと思う。でも、この邸宅の使用人はみな私に好意的だ。……どうしてかは、わからない。

「……シルケ、ぼうっとするな。早く行くぞ」
「あ、は、はい」

 メイノルドさまのお言葉に頷いて、私は歩く。

 玄関の側には、巨大な階段がある。この階段は主一家と客人しか使わないそうだ。使用人は掃除の際以外は使わないと。

 階段に足をかけて、ゆっくりと上っていく。二階にたどり着いて、そのまま右へと進んだ。……こちら側は、主一家のプライベートルームとなっている。左側は執務室等のお仕事部屋が連なっている……らしい。

 しばらく歩いて、メイノルドさまが一つの扉の前で立ち止まる。彼が普通にドアノブを回して、お部屋の扉を開けた。

「シルケ」

 彼に声をかけられて、私はゆっくりと足を踏み入れる。

 ふかふかの絨毯が敷かれたその部屋。ソファーやテーブル、書き物用の机とか、椅子もある。ただ、一番に目を引くのは――巨大な寝台だろうか。

(ドキドキ、してきた……)

 何度ここに連れてこられても、私は全く慣れない。バクバクと大きく音を鳴らす心臓を落ち着けようとしていると、メイノルドさまが扉を閉められた。ばたんという音がやたらと生々しい。

「……シルケ」
「……メイノルド、さま」

 彼が私の背後に立って、華奢な身体をぎゅっと抱きしめてくださる。大きく音を鳴らす心臓は、どちらのものなのだろうか。

 ……と、思うけれど。間違いなく私だろう。

「悪いが、私は今日はさっさとシタいんだ」

 直球のお言葉に、顔に熱が溜まるのがわかる。俯いていれば、彼が私の唇を指でなぞった。

「身体、汚いです。……せめて、湯浴みを」
「そんなもの後でいい。……それに、シルケの身体は汚くない」

 彼はそうおっしゃるけれど、普通に考えて汗臭いと思う。だって、今日も一日働いていたんだし……。

「だから、大丈夫だ」

 メイノルドさまの意味の分からない持論。……でも、逆らう気持ちがなくなっていく。

 こくんと静かに首を縦に振る。そうすれば、メイノルドさまが私から少し身体を離して、今度は私の身体を横抱きにする。

 いきなりのことに驚きつつも、私はメイノルドさまの首に腕を回した。……それは、堕とされないため。

 私が腕を回したのを見て、メイノルドさまがすたすたと歩いて、寝台のほうに向かう。

 そして私の身体を寝台の上に寝かせて、ご自身は上着を脱ぎ始めた。

 その上着をソファーに放り投げて、彼が遠慮なく私に覆いかぶさってくる。

「シルケ」

 名前を呼ばれて、静かに目を瞑る。それが合図になったかのように、唇に温かいものが触れる。

 何度も何度も唇を重ねて、また彼の舌を口腔内に招き入れて。くちゅくちゅって水音を立てて、互いの唇を味わう。

 注がれる唾液をごくんと飲み込む。舌を吸われて、身体がびくんと跳ねてしまった。

「シルケ。ワンピースを脱がせるぞ」

 彼にそう声をかけられて、頷く。彼の手がなんのためらいもなく私のワンピースのボタンを外していく。

 そのまま彼に手伝ってもらって、私はワンピースを脱いだ。シュミーズと下穿きだけの姿になった私を、彼がじっと見つめている。

 その視線だけで、私の身体が熱くなるのは……どうしてなのか。なんて、もうとっくの昔に理由はわかっている。ただ、わからないふりをしているだけ。
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