【完結】【R18】ゆらり、波打つ【明石唯加の短編集】

すめらぎかなめ(夏琳トウ)

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「結婚したいなぁ」と零したら、城勤めのエリート幼馴染が夫に立候補してきた。

1.

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 きっと、これが不運とか、運の尽きとか。そういうことなのだろう。

 自身に覆いかぶさるよく知った顔の男性を見つめ、セルマはきょとんとする。そうすれば、彼が舌なめずりをしたのがよく分かった。

「……セルマ。お前、一番側にいい男がいるの、気が付いていなかったのか?」

 彼――アシュトンがそう言って、セルマの唇を指でなぞる。

 その手つきのいやらしさに、セルマの背筋にぞくぞくとした何かが這いまわる。

「い、いや、その……」
「嫌とか、そういう言葉は聞かないからな。……セルマ、好きだ」

 はっきりと告げられた好意の言葉。しかし、セルマからすれば今はそんなことよりも――。

(な、なにが一体、どうなっているのっ!?)

 愛おしげに合わせられた唇により、セルマの思考回路はさらに混乱の渦にたたき落とされた。

 ◇

 セルマ・リデルはウィンベリー王国の下町にある薬屋の一人娘だ。

 薬屋『リデル』は繁盛しており、いろいろな薬を求めて客が絶え間なく訪れる。

 父は腕のいい薬師ではあるが、接客はさっぱりだ。対する母は調合に関しては何一つとしてわかっていないが、愛嬌があり接客が得意。

 そんな二人の間に一人娘としてセルマは生まれた。

 小さなころから近くには調合道具があった。そして、にこやかに薬の説明をする母の背中も見てきた。だからこそ、セルマはいずれ父のような薬師になり、この店を継ぎたいと思うように。もちろん、接客もできる薬師になるのが目標だ。

 セルマの部屋には、多数の薬学の本がある。本格的なものから、入門書のようなものまで。様々な本が詰め込まれた棚を見つめつつ、セルマはそっと視線を寝台の方に向ける。

「……ねぇ、アシュトン君。いつまでいるの?」

 そこには、一人の男性が横たわっている。彼はそのエメラルドのような緑色の目を開き、金色の髪の毛を掻きあげる。ラフな格好の所為なのか、胸元がはだけており大層色っぽい。

「別にいいだろ? 俺とお前の仲なんだし」

 にやりと挑発的に笑う彼、アシュトンを見つめ、セルマは「はぁ」とため息をつく。

 アシュトン・ラファティ。彼はセルマよりも四つ年上の二十六歳であり、ここら辺では一番の出世株だ。

 セルマたちの住まう場所は、城下町から近いとはいえ、そこまで栄えてはいない。つまり、小さな町なのだ。

 もちろん優秀な人間もある程度はいるが、その中でも屈指の優秀さを誇っていたのがこのアシュトン・ラファティ。

 彼は現在国の城で文官として勤めており、週に一度だけこの町に戻ってくるのだ。普段は、城の宿舎で生活している。

 そんなアシュトンとセルマは、世にいう腐れ縁の幼馴染だ。

「いいわけないでしょう? そもそも、アシュトン君、こんなところにいたら恋人に泣かれるよ?」

 幼馴染とはいえ、セルマも年頃の女性だ。少なくとも、恋人が他所の女性の部屋で寝台に寝転がっているのは、自分ならばよく思わない。

 そう思いつつセルマが目的の本を探していると、アシュトンが起き上がったのがわかった。どうやら、セルマの言葉が効いたらしい。

「つーかさぁ。お前もいい年なんだしさ、そろそろ……その、さ」

 彼が頬を掻いているのがわかる。でも、その言葉の意味がいまいちよく分からない。

「いい年っていうのはお節介よ。そもそも、アシュトン君の方が年上じゃない」
「そりゃそうだけれどさ……」

 何とも歯切れの悪い言葉だ。そう思いつつセルマがむっとしていれば、アシュトンが寝台から下りたのがよく分かった。

 ……帰ってくれるのだろうか?

「お前、恋人とかいないわけ?」

 ……しかしまぁ、お節介もいいところだな。

 心の中でそう思い、セルマはむっとする。そして、アシュトンの方に視線を向けようとした。……彼は、セルマの真後ろにいた。

「こ、恋人とか、いるわけないでしょ!?」

 驚いて、八つ当たりのような声が出る。けれど、アシュトンは特に気にした風もなく、にんまりと笑うだけだ。

「生まれてこの方、恋人なんていたことないわよ……!」

 この町には年頃の男性もたくさんいる。でも、何故かセルマには出逢いがなかった。いいなぁと思う男性がいても、いつの間にか離れて行ってしまう。……意味が、わからない。

「……じゃあ、結婚したいとも思わないわけ?」

 ……何となく、今日のアシュトンはおかしい。

 なんだか、いつも以上にぐいぐいと来ているような――。

(っていうか、私に結婚願望があろうがなかろうが、アシュトン君には関係ないでしょ!?)

 それだけは、間違いない。

 そんな風に思い、セルマはアシュトンを強くにらみつけた。

「思うわよ! 私、すっごく結婚したいわ!」

 だけど、出逢いがない。恋人もいたことがない。そんなセルマが結婚できるのなど、早くてもあと数年後だろう。

「あーあ、何処かにいい人いないかなぁ?」
「……」
「……ほんと、結婚したいなぁ」

 セルマは一人娘だ。つまり、この薬屋を切り盛りするには夫が必要になる。現状では必要ないかもしれないが、両親が引退した後、すべてのことを一人でするのは無理なのだ。

(そもそも、私だって頑張ってるっての)

 出逢いを求めて動いているし、おしゃれだって出来る範囲でやっている。なのに、いいなぁと思った男性はセルマの前から消えていく。……本当に、意味がわからない。

「なぁ、セルマ」

 こんな気持ち、大層モテているアシュトンにわかるわけがない。

 そう思い、ぐっと唇をかみしめる。そうしていれば――不意に、視線が上を向いた。

「……え?」

 気がついたら、アシュトンがセルマの顎をすくい上げていた。彼の美しい緑色の目と、ばっちり視線が合う。

「……お前さぁ、本当に鈍すぎないか?」

 彼が挑発的に笑う。その後、自身の唇を舐めていた。その姿の、なんと淫靡なことか。

 その所為で、セルマの頬にカーっと熱が溜まる。

「な、なに、が……」

 セルマの口が、自然とそんな言葉を零す。本当に、意味がわからない。

 そう思うセルマの耳元に、アシュトンが唇を近づけた。

「――こんなにもいい男が、お前を想っているっていうのに、これっぽっちも気が付かないなんてな」

 アシュトンはそういうと、セルマの耳元にふぅと息を吹きかけてきた。

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