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第2章

身請け宣言 3

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 それから、しばしの沈黙。いたたまれなくて、カーティアが彼のほうを向こうとしたときだった。

 抱きしめられる力が、強くなった。

「どうして、俺があなたを憎む。確かに、俺を見てくれないあなたに腹を立てたことはあった。……だが、それだけだ」

 どうして。それはこっちのセリフである。

 ……身体が、熱く感じられてしまう。

「俺はあなたを憎いと思ったことは、一度もない」
「……そ、んな」

 彼の言葉に、小さく声を漏らした。

 だって、彼は攻略対象で。ヒロインであるソフィアに攻略されたはずで――。

「あなたが好きだ。……閉じ込めて、俺以外見てほしくないと思うほどには」
「っ!」

 熱烈な告白だった。

 その所為で、カーティアの心臓の音がどんどん駆け足になる。

 いたたまれない。彼と密着している場所が、熱い。

「……ヴィクトル、さま」

 意を決して、彼の名前を呼んで。彼のほうに顔を向ければ――唇が重なった。

 驚いて目を見開くものの、彼はすぐに唇を離す。彼の顔が離れていくのが、ちょっと寂しい。

「そんな顔をされると、今すぐにでもめちゃくちゃにしたくなる。……昨日のように」

 その言葉とほぼ同時に、彼の手がするりとカーティアの身体を撫でた。

 それだけで、カーティアの身体が熱くなる。昨日の行為を否応なしに思い起こされて、頬に熱が溜まっていく。

「馬車を呼んでいるのだが、少しだけ時間がある。座って、話をしよう」
「……はい」

 さすがに、いつまでもこの体勢は辛い。

 だから、彼の言葉に素直に頷いた。そうすれば、彼がカーティアの身体を横抱きにして、歩き出す。

 そのまま寝台のほうに向かって、彼がカーティアの身体を寝台の上に下ろす。

「俺の膝の上に、座ってくれ」

 でも、さすがにそれはどういうことなのだろうか?

 座って話をすることに関しては、了承した。合わせ、それが寝台に座ることだったとしても、まだ許容範囲だ。

 かといって。さすがに、彼の膝の上に座るのはいささか問題があるのではないだろうか?

「そ、そんなの、無理です。……は、恥ずかしい、ので」

 昨日、これ以上に恥ずかしいことをしたのは、この際置いておいて。

 彼の膝の上に座るなど、言語道断。恥ずかしすぎて、おかしくなってしまう。

「今更だろう。裸だって見ているんだ。膝の上に座ることくらい、なんの問題もないだろう」

 彼がとろけるような甘い表情を浮かべて、そう言う。

 ……元々、彼は強面で仏頂面な男だった。

 一体誰がこんな表情を彼にさせているのか。……少し、疑問だ。

「それとも、もう一度やるか? ……俺は、いつでも大歓迎だ」
「か、勘弁してください……!」

 ゆるゆると首を横に振って、そう告げる。

 そうしていれば、彼がカーティアの身体を軽々と抱き上げて、自身の膝の上に載せた。

 対面で座らせられてしまった所為で、彼と向かい合う形になった。……頬が、熱い。

「あなたは、どんな格好をしていても愛らしい」

 ヴィクトルの手が、カーティアの腰を撫でる。ゾクゾクとした感覚が身体中に這いまわって、自然と息を呑んだ。

「な、なにか、お話……する、のですよね……?」

 とにかく、この感覚から逃げたかった。

 だから、カーティアは話を逸らそうとする。

「こんなことをしていては、時間の無駄でございます……」

 身請けされるにしろ、されないにしろ。時間は有限である。こんな戯れをするのは、間違っている。

 ……ここが娼館であるという前提がある以上、それが正解なのだが。

「……そうだな。では、話そう。……なにを話したい?」

 まさかだが、彼はなにも考えていなかったのだろうか?

 一抹の不安を抱きつつ彼の顔を見れば、彼はきょとんとしている。……嘘などない。間違いなく、なにも考えていない表情だ。

「え、えぇっと、ですね……その。どうして、私を身請け……されるの、ですか?」

 さすがになにも話さないことは出来なくて、カーティアは恐る恐るそう問いかける。

 話題なんて、そう簡単に見つかるようなものじゃない。今思い浮かぶ話題は、そのこと。あとは、どうしてカーティアが好きなのかということくらいだろうか。

「好きだからだ」

 ……しかし、そこまでまっすぐに言われると、逆に恥ずかしくなってしまう。

「あなたが娼館に向かわされると聞いて、いてもたってもいられなかった。俺以外の男に抱かれるあなたを想像するだけで、頭がおかしくなりそうだった」
「……そう、なのですか」
「あぁ。あなたを抱いた男を一人残らず殺してしまう。そう、思うほどだ」

 至極真剣な表情で、彼がそう言う。

 ……冗談ではない。それが、ひしひしと伝わってくる。

「身請けするには、一度客にならなくてはならないと聞いてな。だから、店主の言う金額を一括で払ったんだ」
「さ、さようで、ございますか……」

 悪役令嬢であったカーティアが言えたことではないが、彼の金銭感覚が怖い。

 そう思って、頬を引きつらせてしまった。
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