上 下
13 / 15
第2章

身請け宣言 2

しおりを挟む
 彼の言葉の意味を、カーティアはすぐには理解できなかった。

 何度か目をぱちぱちと瞬かせて、ぽかんとする。

「……は?」

 しばらくして、カーティアの口から零れたのはそんな短い声だった。

(い、今、このお人なんて……?)

 カーティアの頭は、彼の言葉を理解しようと必死に動く。でも、やっぱり理解できない。

 そもそも、これは聞き間違いだろうに……。

「早く出て行く準備をしよう。邸宅に、あなたの部屋を用意している」
「……い、いや、いや」

 邸宅とは、誰の邸宅なのだろうか?

 頭の中が混乱して、理解なんてちっともできない。頬を引きつらせ、カーティアがゆっくりと振り向く。

 彼の目が、カーティアだけを見つめていた。

「……なんだ?」

 ヴィクトルが怪訝そうにそう問いかけてくる。

 そのため、カーティアは震える唇を必死に動かす。

「いえ、その。……ヴィクトルさま、は」
「……あぁ」
「ど、どういう、おつもりなのですか……?」

 問いかけは、震えている。

 カーティアが彼の目を見つめて尋ねてみる。彼は、一瞬だけきょとんとしていた。

「あなたを、身請けするだけだが」
「そ、そのことの、真意です!」

 そうだ。だって、身請けには多額のお金が必要だ。彼がそこまでしてカーティアを助けり義理なんてないだろうに。

「お金だって、たくさんかかります」
「金など、あなたのためならばいくらでも使う。……心配しなくてもいい」

 そう囁いたヴィクトルが、カーティアを抱きしめる力を強めた。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、ちょっと苦しい。

「もちろん、家の金はあなたが自由にすればいい」
「……あ、あの」
「あなたのために、俺はもっと稼ぎを増やそう」
「い、いや、あの……」

 その話は、おかしい。

(家のお金を自由にって……それは、女主人が出来ることでは?)

 そう思って、余計に頭が混乱する。

 そんなカーティアを見つめるヴィクトルの目は、何処までも愛おしそうだった。

「その、ヴィクトルさま。……いくつか、お聞きしたいことが」

 控えめにそう声をかければ、彼は「いいぞ」と言ってくれた。その腕はカーティアの身体に回されたままだ。

 ……解放してくれる素振りは、ない。

「あの、私は。ヴィクトルさまに身請けされた後、どうなるのでしょうか……?」

 多分ではあるが、彼の愛人とか。そういうものになるのだろう。

 愛人とは日陰の存在だ。それでも、ここで不特定多数の男性に抱かれるより、ずっといいとは思う。……ヴィクトルは、乱暴にはしないだろうから。

「そんなもの、決まっているだろう。……俺の妻になるんだ」
「……え」

 でも、返ってきた言葉は予想外すぎるもので。

 カーティアの口から、ちょっと上ずったような声が零れた。

「あなたは俺の妻になる。初めは婚約者として滞在してもらうことになるだろうが、そんなもの誤差だ」
「……誤差」
「あぁ。俺はあなたの夫として、あなたを一生愛し抜く」

 彼が伝えてきた言葉は、何処までもまっすぐだった。

 ……心臓を、掴まれてしまうほどに。

「もちろん、あなたに愛してほしいとは言わない。……それは、過ぎた願いだからな」
「……ヴィクトル、さま」
「あなたを娶れるだけで、俺は幸せだ」

 うっとりとしたような声で、彼がそう呟く。

 ……頭が、ついて行かない。どうして彼は、こんなことをカーティアに言うのだろうか?

(だって、これじゃあまるで私のことを愛しているみたいじゃない……!)

 そんなわけない。そんなわけない。勘違いするな。

 頭の中で自分自身にそう注意し続ける。だけど、ちょっとだけ期待したい。

 その気持ちが、身体を動かす。自身の身体に回されるヴィクトルのたくましい腕に、自身の手を重ねた。

(このお人、こんなにもたくましい腕をされていたのね……)

 そのままするりと彼の腕を撫でて、指先に触れる。この指で、昨夜のカーティアは乱された。……今更実感して、恥ずかしい。

「……カーティア」

 カーティアの手に弄ばれるがままだったヴィクトルが、小さく名前を呼んできた。

 こくんと首を縦に振る。

「あなたを身請けしたい。妻にしたい。……頼む、俺を拒絶しないでくれ」

 カーティアの肩に額をこすりつける彼は、まるで捨てられまいとする大型犬のようだった。

 不思議だ。だって、カーティアはこの世界では『悪役令嬢』だろうに。攻略対象である彼から、愛されるわけなどないだろうに。

「……ヴィクトル、さま」
「……あぁ」
「後悔、されませんか?」

 言葉を絞り出した。

「だって、私はソフィア……さん、を、虐めたのですよ? 憎い相手でしょう?」

 彼の顔は見れない。ただ前を向いたまま、恐る恐るそう問いかけた。

 ヴィクトルは、この言葉にどう返してくるのだろうか? 予想が出来ない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...