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第2章
身請け宣言 2
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彼の言葉の意味を、カーティアはすぐには理解できなかった。
何度か目をぱちぱちと瞬かせて、ぽかんとする。
「……は?」
しばらくして、カーティアの口から零れたのはそんな短い声だった。
(い、今、このお人なんて……?)
カーティアの頭は、彼の言葉を理解しようと必死に動く。でも、やっぱり理解できない。
そもそも、これは聞き間違いだろうに……。
「早く出て行く準備をしよう。邸宅に、あなたの部屋を用意している」
「……い、いや、いや」
邸宅とは、誰の邸宅なのだろうか?
頭の中が混乱して、理解なんてちっともできない。頬を引きつらせ、カーティアがゆっくりと振り向く。
彼の目が、カーティアだけを見つめていた。
「……なんだ?」
ヴィクトルが怪訝そうにそう問いかけてくる。
そのため、カーティアは震える唇を必死に動かす。
「いえ、その。……ヴィクトルさま、は」
「……あぁ」
「ど、どういう、おつもりなのですか……?」
問いかけは、震えている。
カーティアが彼の目を見つめて尋ねてみる。彼は、一瞬だけきょとんとしていた。
「あなたを、身請けするだけだが」
「そ、そのことの、真意です!」
そうだ。だって、身請けには多額のお金が必要だ。彼がそこまでしてカーティアを助けり義理なんてないだろうに。
「お金だって、たくさんかかります」
「金など、あなたのためならばいくらでも使う。……心配しなくてもいい」
そう囁いたヴィクトルが、カーティアを抱きしめる力を強めた。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、ちょっと苦しい。
「もちろん、家の金はあなたが自由にすればいい」
「……あ、あの」
「あなたのために、俺はもっと稼ぎを増やそう」
「い、いや、あの……」
その話は、おかしい。
(家のお金を自由にって……それは、女主人が出来ることでは?)
そう思って、余計に頭が混乱する。
そんなカーティアを見つめるヴィクトルの目は、何処までも愛おしそうだった。
「その、ヴィクトルさま。……いくつか、お聞きしたいことが」
控えめにそう声をかければ、彼は「いいぞ」と言ってくれた。その腕はカーティアの身体に回されたままだ。
……解放してくれる素振りは、ない。
「あの、私は。ヴィクトルさまに身請けされた後、どうなるのでしょうか……?」
多分ではあるが、彼の愛人とか。そういうものになるのだろう。
愛人とは日陰の存在だ。それでも、ここで不特定多数の男性に抱かれるより、ずっといいとは思う。……ヴィクトルは、乱暴にはしないだろうから。
「そんなもの、決まっているだろう。……俺の妻になるんだ」
「……え」
でも、返ってきた言葉は予想外すぎるもので。
カーティアの口から、ちょっと上ずったような声が零れた。
「あなたは俺の妻になる。初めは婚約者として滞在してもらうことになるだろうが、そんなもの誤差だ」
「……誤差」
「あぁ。俺はあなたの夫として、あなたを一生愛し抜く」
彼が伝えてきた言葉は、何処までもまっすぐだった。
……心臓を、掴まれてしまうほどに。
「もちろん、あなたに愛してほしいとは言わない。……それは、過ぎた願いだからな」
「……ヴィクトル、さま」
「あなたを娶れるだけで、俺は幸せだ」
うっとりとしたような声で、彼がそう呟く。
……頭が、ついて行かない。どうして彼は、こんなことをカーティアに言うのだろうか?
(だって、これじゃあまるで私のことを愛しているみたいじゃない……!)
そんなわけない。そんなわけない。勘違いするな。
頭の中で自分自身にそう注意し続ける。だけど、ちょっとだけ期待したい。
その気持ちが、身体を動かす。自身の身体に回されるヴィクトルのたくましい腕に、自身の手を重ねた。
(このお人、こんなにもたくましい腕をされていたのね……)
そのままするりと彼の腕を撫でて、指先に触れる。この指で、昨夜のカーティアは乱された。……今更実感して、恥ずかしい。
「……カーティア」
カーティアの手に弄ばれるがままだったヴィクトルが、小さく名前を呼んできた。
こくんと首を縦に振る。
「あなたを身請けしたい。妻にしたい。……頼む、俺を拒絶しないでくれ」
カーティアの肩に額をこすりつける彼は、まるで捨てられまいとする大型犬のようだった。
不思議だ。だって、カーティアはこの世界では『悪役令嬢』だろうに。攻略対象である彼から、愛されるわけなどないだろうに。
「……ヴィクトル、さま」
「……あぁ」
「後悔、されませんか?」
言葉を絞り出した。
「だって、私はソフィア……さん、を、虐めたのですよ? 憎い相手でしょう?」
彼の顔は見れない。ただ前を向いたまま、恐る恐るそう問いかけた。
ヴィクトルは、この言葉にどう返してくるのだろうか? 予想が出来ない。
何度か目をぱちぱちと瞬かせて、ぽかんとする。
「……は?」
しばらくして、カーティアの口から零れたのはそんな短い声だった。
(い、今、このお人なんて……?)
カーティアの頭は、彼の言葉を理解しようと必死に動く。でも、やっぱり理解できない。
そもそも、これは聞き間違いだろうに……。
「早く出て行く準備をしよう。邸宅に、あなたの部屋を用意している」
「……い、いや、いや」
邸宅とは、誰の邸宅なのだろうか?
頭の中が混乱して、理解なんてちっともできない。頬を引きつらせ、カーティアがゆっくりと振り向く。
彼の目が、カーティアだけを見つめていた。
「……なんだ?」
ヴィクトルが怪訝そうにそう問いかけてくる。
そのため、カーティアは震える唇を必死に動かす。
「いえ、その。……ヴィクトルさま、は」
「……あぁ」
「ど、どういう、おつもりなのですか……?」
問いかけは、震えている。
カーティアが彼の目を見つめて尋ねてみる。彼は、一瞬だけきょとんとしていた。
「あなたを、身請けするだけだが」
「そ、そのことの、真意です!」
そうだ。だって、身請けには多額のお金が必要だ。彼がそこまでしてカーティアを助けり義理なんてないだろうに。
「お金だって、たくさんかかります」
「金など、あなたのためならばいくらでも使う。……心配しなくてもいい」
そう囁いたヴィクトルが、カーティアを抱きしめる力を強めた。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、ちょっと苦しい。
「もちろん、家の金はあなたが自由にすればいい」
「……あ、あの」
「あなたのために、俺はもっと稼ぎを増やそう」
「い、いや、あの……」
その話は、おかしい。
(家のお金を自由にって……それは、女主人が出来ることでは?)
そう思って、余計に頭が混乱する。
そんなカーティアを見つめるヴィクトルの目は、何処までも愛おしそうだった。
「その、ヴィクトルさま。……いくつか、お聞きしたいことが」
控えめにそう声をかければ、彼は「いいぞ」と言ってくれた。その腕はカーティアの身体に回されたままだ。
……解放してくれる素振りは、ない。
「あの、私は。ヴィクトルさまに身請けされた後、どうなるのでしょうか……?」
多分ではあるが、彼の愛人とか。そういうものになるのだろう。
愛人とは日陰の存在だ。それでも、ここで不特定多数の男性に抱かれるより、ずっといいとは思う。……ヴィクトルは、乱暴にはしないだろうから。
「そんなもの、決まっているだろう。……俺の妻になるんだ」
「……え」
でも、返ってきた言葉は予想外すぎるもので。
カーティアの口から、ちょっと上ずったような声が零れた。
「あなたは俺の妻になる。初めは婚約者として滞在してもらうことになるだろうが、そんなもの誤差だ」
「……誤差」
「あぁ。俺はあなたの夫として、あなたを一生愛し抜く」
彼が伝えてきた言葉は、何処までもまっすぐだった。
……心臓を、掴まれてしまうほどに。
「もちろん、あなたに愛してほしいとは言わない。……それは、過ぎた願いだからな」
「……ヴィクトル、さま」
「あなたを娶れるだけで、俺は幸せだ」
うっとりとしたような声で、彼がそう呟く。
……頭が、ついて行かない。どうして彼は、こんなことをカーティアに言うのだろうか?
(だって、これじゃあまるで私のことを愛しているみたいじゃない……!)
そんなわけない。そんなわけない。勘違いするな。
頭の中で自分自身にそう注意し続ける。だけど、ちょっとだけ期待したい。
その気持ちが、身体を動かす。自身の身体に回されるヴィクトルのたくましい腕に、自身の手を重ねた。
(このお人、こんなにもたくましい腕をされていたのね……)
そのままするりと彼の腕を撫でて、指先に触れる。この指で、昨夜のカーティアは乱された。……今更実感して、恥ずかしい。
「……カーティア」
カーティアの手に弄ばれるがままだったヴィクトルが、小さく名前を呼んできた。
こくんと首を縦に振る。
「あなたを身請けしたい。妻にしたい。……頼む、俺を拒絶しないでくれ」
カーティアの肩に額をこすりつける彼は、まるで捨てられまいとする大型犬のようだった。
不思議だ。だって、カーティアはこの世界では『悪役令嬢』だろうに。攻略対象である彼から、愛されるわけなどないだろうに。
「……ヴィクトル、さま」
「……あぁ」
「後悔、されませんか?」
言葉を絞り出した。
「だって、私はソフィア……さん、を、虐めたのですよ? 憎い相手でしょう?」
彼の顔は見れない。ただ前を向いたまま、恐る恐るそう問いかけた。
ヴィクトルは、この言葉にどう返してくるのだろうか? 予想が出来ない。
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