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第2章

身請け宣言 1

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 ゆっくりと瞼を上げる。

 そっと視線を動かせば、開いた窓から風が吹き抜け、カーテンを揺らしているのが見えた。

(……わ、たし)

 ゆったりと起き上がると、鈍い腰の痛みに顔をしかめる。が、痛みをこらえて室内を見渡した。

 今までカーティアが生活をしていた部屋とは、全然違う。……あぁ、そうだ。

(そうよ。私、娼館に送られて……)

 昨日、ハジメテの客を取ったのだ。

 しかも、その客は元婚約者である王太子の側近の一人。

 どういう反応をするのが正解なのか。ちっともわからない。

「今後、あのような行為を不特定多数の人と、しなければならないのね……」

 ぽつりと言葉を零すと、虚しくなった。

 あんなにも辛くて苦しい行為を、好きでもない人とする。

 ……おかしくなってしまいそうだ。いや、いっそおかしくなったほうが楽なのかもしれない。

 おかしくなれば、少なくとも自らが置かれている場所が、分からなくなるだろうから。

「そういえば、ヴィクトルさまは……」

 視線を動かすものの、この部屋の中にヴィクトルはいない。

 ……やることはやったので、帰ったのかもしれない。むしろ、その可能性のほうが高いだろう。

「そちらのほうが、いいのよね。彼の狙いがなんであれ、目的は達成できたでしょうし……」

 自身の身体にかけられていた毛布をぎゅっと握って、カーティアはそう呟く。

 彼の目的は、未だにはっきりとはしていない。ただ、わかることは。

 彼が、大金をはたいてカーティアのハジメテを買ったということくらいだろう。……ちっとも、嬉しくはないが。

(そもそも、私はいつまでここにいればいいの? 需要がなくなるまで、働かなくてはいけないのよね……)

 もしもそうだったとすれば。解放されるのは十年以上先だろうか。最悪の場合、二十年後かも……。

(最低でも、三年なのよね……)

 ここに来るときに聞いた説明を、思い出す。

「……逃げたい」

 自然と、そう口が言葉を零していた。カーティアは、扉を見つめる。

 ……重厚な扉。多分、正攻法では逃げられないだろう。

 ならば……。

 そう思って、カーティアは開いた窓のほうに近づく。窓から顔を出して、下を見つめた。

(二階、いえ、三階……かしら?)

 だとすれば、落ちればただでは済まないだろう。

 ごくりと息を呑んで、カーティアはそっと窓枠に手を突いた。

 ……このままここで多数の男性に弄ばれるくらいならば、いっそ。

 ここで落ちてしまったほうが、いいのかもしれない。

「死んだとしても、それはそれで構わないわ」

 どうして窓が開いているのかはわからないが、こういう選択肢を視野に入れてくれたのかもしれない。

 ……ごくりと息を呑む。高いところは好きじゃない。むしろ、怖い。だけど……。

「この際、背に腹はかえられないわ――!」

 小さくそう呟いて、カーティアは飛び降りようとした。が。

「カーティア!」

 後ろから、誰かに抱きしめられた。

 驚いて、目を大きく開いた。その人物は、カーティアの身体をぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。

 ……痛くて、背骨がミシミシと言っているような気もした。

「カーティア! なに、しているんだ!」
「……ヴィクトル、さま」

 恐る恐る顔を上げて、その人物の名前を呼ぶ。

 すると、彼は今までに見たことがないほど、焦ったような表情を浮かべていた。

 ……その手は震えており、なにか怖いことがあったのは一目瞭然だ。

「……死ぬ、つもりだったのか?」

 震える声で、ヴィクトルがそう問いかけてくる。……視線を、合わせられなかった。

「どうして……」

 ヴィクトルの口から、小さく言葉が零れた。その言葉に、カーティアの頭に血が上る。

「どうして? そんなの、嫌だからに決まっているではありませんか!」

 もしかしたら、男性のヴィクトルには。カーティアの置かれている状況が、どれほど残酷なのかわからないのかもしれない。

(確かに、この娼館は綺麗よ。高級娼館でもある。……だけどっ!)

 そういう問題では、ないのだ。

「ここにいる、生きて存在するということは、不特定多数の男性に抱かれるということです。……そんなの、私、耐えられません!」
「カーティア……」
「男性であるあなたさまには、想像できないでしょうね。だって、お金を出せば女性を抱ける側なのですから」

 こんなこと、言うつもりじゃなかった。

 だけど、言葉が止まらなかった。ぽつりぽつりと手酷い言葉を投げつけて、ヴィクトルを睨みつける。

 ……彼が、少し傷ついたような表情を浮かべた。そんな表情をする権利など、彼にはないだろうに。

「理解してくださったのならば、もう離してくださいませ。……それと、あなたさまはさっさとここを立ち去ってくださいませ」

 もしも、ここにヴィクトルがいたならば。

 カーティアが飛び降りた責任を問われるかもしれない。少なくとも、それはカーティアにとって不本意だ。

 そう思いつつ、ヴィクトルの腕の中で暴れる。……だが、彼はカーティアの身体を解放することはなかった。

 それどころか、カーティアの身体を強く、それは強く抱きしめてくる。

「……そんなこと、俺は思っていない」

 ……今にも消え入りそうなほどに、小さな声だった。

「俺は、あなたを不特定多数の男に……そもそも、俺以外の男に抱かせるつもりは、これっぽっちもない」

 ……けれど、彼は一体なにを言っているのだろうか?

「はっきりと言う。俺はあなたを身請けします。今すぐ、娼館から出て行く準備をしてください」
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