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第1章

ハジメテの客 2

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(というか、私は一体どういう反応をすれば……?)

 自身のハジメテを大金をはたいて買った。

 それは、喜ぶべきことなのか。悲しむべきことなのか。

 それさえも分からず、カーティアはその場に立ち尽くした。

「……あ、あの」

 脚が震えているのが、自身にもよくわかった。

 今更ながらに、怖気づいている。それを、嫌というほどに実感させられる。

 その誰かは、大股でカーティアのほうに近づく。そして、その頬をするりと撫でた。

「……泣くな」
「……え」

 ごつごつとした指が、カーティアの頬を撫でる。

 その感覚はお世辞にも、心地いいものではない。

 でも、カーティアが驚いたのはそこじゃない。……この声を、カーティアはよく知っているのだ。

 恐る恐る、彼の顔を見上げた。

 そうすれば、その鋭い金色の目とばっちりと視線が合う。……心臓が、とくんと跳ねる。

「泣かれると、やりにくいだろう。……カーティア」

 その指がカーティアの目元を優しく拭う。まるで、涙を拭きとろうとしているかのようだった。

「……あなたは、その」

 そっと口を開いた。彼は、カーティアの言葉を待つかのように、じぃっとカーティアのことを見つめてくる。

 ごくりと、息を呑んでしまう。

「……ヴィクトル・アリーヴァさま、ですよね……?」

 そっと、彼の名前を呼ぶ。すると、彼はこくんと首を縦に振った。

 彼の銀色の髪が、視界に入る。いつ見ても硬そうな印象を与えてくる彼の髪の毛。

「あぁ、そうだ」

 彼は端的に返事をくれた。……余計に、カーティアの頭が混乱した。

「わ、私のハジメテを買うのは……その、ヴィクトルさま、なのですか……?」

 そんなわけがない。

 心の中でそう思うが、ジョットが嘘をつくとは考えにくい。

 だけど、どうして。

(だって、ヴィクトル・アリーヴァって攻略対象の一人のはずだもの……!)

 カーティアが娼館エンドを迎えている今、彼だってソフィアに想いを寄せているはずなのだ。

 なのに、どうして。どうして彼がカーティアを抱こうとしているのか。……意味が、わからない。

「あぁ、そうだ」

 彼が特に気にした風もなく、首を縦に振る。

「俺は、カーティアを抱きたい。……それだけだ」

 元々口数が多くない彼らしい、いろいろと必要なことを端折った言葉だった。

 けれど、言いたいことは嫌というほどに伝わってくる。

 つまり、彼は――カーティアを、苦しめたいのだろう。

(そうよ。愛しの女性を虐げた女を、苦しめたいのだわ)

 その手段がハジメテを買うだなんて……屈辱的でしかない。

 そう思いつつ、ヴィクトルの目を見つめる。彼の目が、確かな情欲を宿しているような気がしてしまい、そっと視線を逸らす。

「……時間がない。さっさとするぞ」

 そんなカーティアの気持ちなど知りもしないのだろう。ヴィクトルはカーティアの膝裏に手を入れ、そのまま軽々と横抱きにする。

 彼はオルフィーオの側近であり、かつ護衛だ。鍛えられたその腕に横抱きにされると、安定感がある。だけど。

「お、おろしてくださいっ……!」

 易々と、抱かれたくない。

 その一心で、カーティアはヴィクトルの腕の中で暴れる。なのに、その抵抗は意味をなすことはない。

「ソフィアさまを醜い嫉妬から虐めてしまったことに関しては、謝罪をします。だから、どうかっ……!」

 初めてを奪って、苦しめることだけはやめてほしい。

 懇願するように彼の目を見つめる。瞬間、彼がごくりと息を呑んだのがカーティアにもわかった。

「……そんなものは、必要ない」
「っ……!」

 ヴィクトルははっきりと、カーティアの言葉を突っぱねた。

 その所為で、カーティアは自身の顔からサーっと血の気が引くような感覚に襲われる。

 ……こんなことに、なるなんて。

(本当、前世の記憶を思い出すのが遅いのよ……!)

 もっと早くに思い出せていたら。こうなることは回避できた可能性があっただろうに。

「そんな、怯えるな」

 カーティアの緊張に気が付いてか、ヴィクトルがそう声をかけてくる。

「優しくする」

 ……それは、一種の慈悲なのだろうか?

 いや、違う。

(そもそも、女性にとって無理やりハジメテを奪われるのは、それだけで拷問なのだもの……)

 つまり、彼はそれ以上カーティアを苦しめる必要はないと、判断したのかもしれない。

 そう思っていれば、カーティアの身体が優しく寝台に下ろされた。そして、ヴィクトル自身も寝台に乗り上げてくる。

「……カーティア」

 彼が、まるで愛おしいとばかりにカーティアの名前を口にした。

 それからしばらくして。カーティアの唇に、ヴィクトルの唇が重なった。
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