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第1章

ハジメテの客 1

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(本当に、一体どういうことなの……?)

 その後、カーティアはジョットによって一つの部屋に放り込まれた。

 煌びやかな室内には、巨大な寝台。

 それを見ると、一瞬にしてここが娼館なのだとカーティアは思い知らされる。

「とりあえず、着替えなさい。寝台の上に衣装が置いてあるから」

 ジョットはそれだけを言うと、颯爽と立ち去った。大方、例の客を呼びに行ったのだろう。

 そう思いつつ、カーティアは恐る恐る室内に足を踏み入れる。ふかふかの絨毯が敷かれた室内は、まるでお姫さまの部屋のようだ。

 しかし、部屋を照らすほんのりとした灯りが、なんともいえない厭らしさを醸し出している。

 だから、お姫さまの部屋だなんて思えない。

(着替えろって、言われても……)

 心の中でそう呟きつつ、カーティアは寝台の近くに寄る。

 そこには、きれいにたたまれた衣服らしきものがあった。

 が、触れた瞬間にその布地の薄さに気が付く。広げてみれば、それは衣服とは言えないような布だった。

(これ、なんていうか……もう、下着、よね)

 多分、これは前世の世界でいうベビードールなのだろう。それも、かなり際どい部類の。

 ……生憎、カーティアは前世でも今世でも、こういうものの類は見たことがないのだが。

「と、とにかく。ジョットさんの言うとおりにしたほうがいい……の、よね」

 かといって、さすがにこれを身に着けるのは……。

 そう思って、カーティアは着替えるのをためらう。

 今自身が身に着けている質素なワンピースは、ボタン一つで着替えが出来るようになっているので、一人で脱ぐことも可能だ。

 合わせ、この衣装ならば一人で着ることも可能だろう。

 それはわかる……のに。カーティアの身体は動かなかった。脚が震えて、その場に縫い付けられたように動かない。

(こ、こんなの、着れないわよ……)

 しかも、これを着て好きでもない男と身体を重ねることを強要されている。

 はらりと、頬に涙が伝った。

「こんなことだったら、ずっとカーティアでいられればよかった……」

 中途半端に前世の記憶なんて思い出さずに、悪役令嬢カーティア・ヴァイスのままだったら……とまで、思ってしまう。

 身体が震える。思わず衣服を床に落としてしまうと、ほぼ同時に部屋の扉が開いた。

「やだ、あんたまだ着替えていなかったの?」

 現れたのは、ジョットだった。

 そっとそちらに視線を向ければ、彼はやれやれとばかりに肩をすくめていた。

「ま、そうよね。いきなり着替えろと言っても、貴族のお嬢さんにはやり方がわからないわよね」

 だが、どうやら彼はカーティアが着替えられなかったことを、そう捉えてくれたらしい。

 ……ちょっとだけ、安心できた。

「いいわ、適当に誰か呼んであげる……と、言いたいところだけれど。生憎、お客さんを待たせるわけにはいかないのよ」
「……あの」
「ま、その格好でも受け入れてくださるでしょう」

 ……どうやら、ジョットはかなりせっかちな人種でもあるらしい。

 彼はそれだけの言葉を残し、また扉を閉めて部屋を立ち去る。

 かつかつとヒールと床のぶつかる音が、遠ざかって行った。

(この格好でって、言われても……)

 自分自身の身体を見下ろす。色気もなにもない、質素なワンピース姿。

 ……もしも、相手が逆上したらどうしようか? 不意に、その可能性が思い浮かんだ。

(私のハジメテが欲しいと、大金をはたいた人なのよ? どんな人か、わからないわ……)

 そして、きっと身を清めたほうがいい。

 それを思い出し、カーティアは室内をうろうろと動き回る。

 すると、あっさりと浴室が見つかった。バスタブとシャワーだけの簡素なものだが、これでもないよりはマシだろう。

(……よ、よし)

 何事も命あってのものだ。こうなったのは不幸だと思うが、気に食わないと殺される可能性だけは減らしたい。

 その一心で、カーティアが浴室の扉に手をかけようとしたとき。また、部屋の扉が開いた。

「カーティア、お客様がいらっしゃったわよ」

 ……最悪のタイミングだった。

(まだ、湯浴みも着替えも出来ていないというのに……)

 まだ、なにも準備出来ていない。でも、返事をしないといけないのは目に見えている。

「ど、どうぞ……」

 自分の声は、驚くほどに震えていた。

 が、ジョットは特に気にしている様子もなかった。ただ、誰かを連れて部屋に入ってくるだけだ。

(……なんていうか、大柄なお人ね)

 ジョットの後ろには、彼よりもかなり大きな人物がいた。

 暗闇の所為で、顔がはっきりとは見えない。けれど、体格ががっしりとしていることだけはかろうじてわかる。

「ほら、挨拶なさい。あんたのハジメテが欲しいって、大金をはたいてくださったお客様なのよ?」
「……えぇっと、カーティア、です」

 促されるがままに、挨拶をする。そうすれば、その誰かが息を呑んだのがわかった。

「じゃ、後はお二人でどうぞ。あたしはお暇するわ。……カーティア、くれぐれも、粗相だけはしないようにね」
「あ、はい……」

 あまりにもあっさりとジョットが出て行ったので、カーティアの口は自然と肯定の言葉を紡いでしまった。
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