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第1章

前世の記憶を思い出したのは、断罪の最中でした 2

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 それからは、もう本当にあっという間だった。

 カーティアの両親であるヴァイス侯爵夫妻は、王家の怒りを買うことを恐れカーティアを勘当した。

 今後、カーティアに対する処罰は王家に全面的に任せるという声明も出した。

 結果、カーティアはオルフィーオの言った通り、娼館送りの刑に処されることになり。

(……あぁ、どうしてこうなってしまったの?)

 今、馬車で娼館に運ばれている最中である。

(普通、前世の記憶を思い出すのは、もっと早くない? こんな、こんな……)

 断罪劇の最中に思い出すなんて、タイミングが悪すぎる。

 馬車の窓から外の景色を見つめて、カーティアはぎゅっと唇をかみしめる。

 視線を落とせば、今まで『カーティアとして』身に着けたことがない質素なワンピースが映った。

「……この、世界は」

 ぼうっとしながら、そう呟く。

 すると、目の前にいた一人の男性が、カーティアに視線を送ってきた。

 眼鏡をかけた、いかにもなインテリ系の男性。彼は現宰相の息子であり、次期宰相と名高い人物。

 オルフィーオの側近。かつ、攻略対象の一人のようだった。

「カーティア」

 彼が、カーティアのことを呼ぶ。彼はもう、カーティアに『嬢』という言葉を付けることもなかった。

 心の中でそう思いつつ、カーティアは彼に視線を向ける。彼のその漆黒色の髪の毛が、揺れる。

「……なんですの?」

 端的にそう返せば、彼はふんっと鼻を鳴らした。

 きっと、彼は忌々しい女が落ちぶれて嬉しいのだ。

「いや、キミのような女性が娼婦としてやっていけるのか。見ものだと思ってな」

 その言葉は明らかにカーティアのことを挑発している。以前のカーティアならば、その言葉に突っかかっただろう。

 だけど、もうそんな気力もない。だから、カーティアは肩をすくめる。

「そうね。私も、とても不安だわ」

 実際、それは真実だ。

(前世も今世も。男性経験なんて、ないものね……)

 カーティアの前世は、女子大生だった。死因はよく覚えていないが、ろくなものじゃないだろう。

 趣味は乙女ゲームをプレイすることと、ライトノベルを読むこと。大学生になり、年齢制限のある乙女ゲームも嗜むようになった。

 その中の一つに、確か『カーティア・ヴァイス』が登場していた。

(内容はおぼろげだけれど、カーティアのことだけは思い出せたわ)

 あの後必死に記憶を引っ張り出し、ゲーム内の『カーティア・ヴァイス』のことだけは思い出せた。

 やはり、『カーティア・ヴァイス』という令嬢は、乙女ゲームでの悪役令嬢の立ち位置だった。ヒロインソフィアを虐め抜き、最終的に破滅する女。もちろん、ゲーム内では嫌な女として描かれている。

 そんなカーティアの本来の末路は……確か、修道院行きだったはずだ。

(ただ、唯一違うルートが)

 このゲームには逆ハーレムルートがあり、それに関してのみカーティアの末路は違った。

 それこそ……この、娼館に落ちるというものだ。

(つまり、ソフィアは攻略対象である三人を、全員篭絡したということね)

 カーティアの前世は逆ハーレムルートをプレイしていない。持つ知識は、ネットで手に入れたレベルのものだ。

 そもそも、元々逆ハーレムは好きじゃないのだ。だから、どんな乙女ゲームも逆ハーレムルートはプレイしなかった。

(オルフィーオ殿下、その護衛。そして……目の前の、この男。みんな、ソフィアの虜なのね)

 だから、この目の前の男性――名前をネーロ――は、カーティアを忌々しいと睨みつけているのだろう。

 それは、容易に想像がついた。だって、自分は愛しのソフィアを虐めた悪女。忌み嫌い憎む対象なのだから。

「それにしても、珍しいな」

 不意にネーロが声を上げた。だから、カーティアは彼に視線を向ける。彼は、その目を真ん丸にしていた。

「いつものカーティアならば、俺の言葉に逆上してくるだろうに」

 彼が当然のようにそう言ってくる。

 そりゃそうだ。今までのカーティア・ヴァイスならば……そうするに、違いない。

「……そりゃ、そうじゃない」

 なんといっても、自分は前世の記憶を思い出してしまったのだ。この世界が、ゲームの世界であるということも知ってしまった。

「あのままの私じゃ、ろくな結末をたどらないのですもの」

 もうすでにろくな結末をたどっていないということは、今は置いておいて。

 まぁ、とにかく。

(少しでも娼館でいい印象を与えて、一刻も早く出て行かなくちゃ……)

 そんな、好きでもない男性と毎日のように身体を重ねるなんて――ごめんすぎる。

 その後は、慎ましく平民として暮らせばいい。そうだ。そうに決まっている。

「さっさと、出て行かなくちゃ」

 そう思って、カーティアはぎゅっと手のひらを握った。
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