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第1章
きっかけというか、理由というか 5
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(は? え? い、意味わかんないんだけど……)
頭の中が真っ白になる。でも、そんな俺を気にも留めずに、蒔田さんは淡々と言葉を紡いだ。
「実を言うと、俺、特別な相手とか作りたくないんだよ」
「え、えぇっと」
特別な相手とは、それすなわち恋人とか配偶者とか。そういう存在のことだろう。
でも、愛人って……。
「さ、さっきも言いましたけれど、俺、男なんですけれど……」
男が男の愛人なんて出来るのか?
そりゃあ、同性愛者だっているわけだし、無理っていうほど無理ではないだろうけれど。
「知ってる」
蒔田さんは俺の言葉を蹴り飛ばした。そのまま、俺のことをまっすぐに見つめてくる。
……これ、回答しないと話が進まない奴だ。
(お、俺が、この人の、愛人……)
正直な話をすると、俺の恋愛対象は女だ。いわゆるノンケという奴だ。だから、男の愛人なんて絶対にごめん……なんだけど。
(けど、借金を肩代わりしてくれるっていうし……)
頭の中の天秤が、グラグラと揺れる。
どうしようか。どうすればいいんだろうか。だって、この提案めちゃくちゃありがたいし……。
(三千万なんて、俺じゃあ絶対に返せない額だ)
かといって、男の愛人。しかも、おっかない人の愛人。
「あの、いくつか聞いてもいいですか……?」
恐る恐る声を上げれば、蒔田さんは頷いてくれた。よし、気になっていることをいくつか聞こう。
「あの、蒔田さんは……男が、好きなんですか?」
視線を逸らしてそう問いかける。
怒られる? 殺される? 直球すぎた?
そんな俺の考えを無視して、蒔田さんは「ちょっと、違うな」と答えてくれた。
その声はとても穏やかなもので。殺されることはなさそうだと安心する。……じゃあ聞くなっていう話なんだけど。
「俺はバイ……いわば、女も男も恋愛対象にできる人間だ」
「……へぇ」
確かにそういう人もいるっていうのは聞いたことがある。ならば、ある意味納得できる。
「じゃあ、その、えぇっと……どうして、俺なんですか……?」
言ってはなんだけれど、俺には特別な魅力なんてない。だけど、なにかピンとくるものがないと愛人に……なんて打診はしないだろう。
俺がそう思っていれば、蒔田さんは「都合がいいから」とあっけらかんと答えた。
「恩を売っておけば、がんじがらめにできるだろ? 逃げようなんて気も、起きないはずだ」
にたりと笑って蒔田さんがそう言う。……この人、下衆かもしれない。俺のことを、がんじがらめにするつもりだ。
それに気が付いて、一気に逃げたくなる。だってこの人の側にいたら。……俺は絶対……縛り付けられる。普通の生活を送ることは叶いそうにない。
「ま、選択肢は与えてやる。愛人になるか、一生借金地獄に陥るか。選べ」
選べって言われても。
その選択肢、両方最悪なんだけど……と、思ったものの。
(選ぶ余地も、ないよなぁ……)
このまま一生借金地獄に陥るくらいならば。三年半、この蒔田さんという人の愛人をするほうが絶対にいい。もしもこの提案を蹴り飛ばせば、俺は間違いなく後悔する。
「その」
「あぁ」
「蒔田さんの愛人に……なり、ます」
今にも消え入りそうなほどに小さな声でそう答えれば、蒔田さんが笑ったのがわかった。
そのまま彼はおもむろに立ち上がって、歩を進める。契約書でも、作るのだろうか。
俺はそう考えたけれど、蒔田さんはすたすたと歩いて俺のほうに寄ってくる。彼は俺の隣に腰を下ろした。
彼の指が、俺の顎を救いあげる。
「え、あ、あの、契約書、とか……」
なんかヤバい空気を感じ取って、俺は控えめに主張をしてみる。
俺の言葉を蒔田さんは「必要ない」と蹴り飛ばした。
「別に契約書なんていらないだろ。……だって、契約が終わるまであんたは俺から逃げられない」
……知ってる。それは嫌というほどに知ってる。
「大丈夫、三年半が経てば、解放してやるからさ。約束はきちんと守る」
「あ、はい……」
だったら、まだいい……の、か。
と俺が思っていると、唇になにかが触れた。温かくて、柔らかいなにか。
(……え?)
驚いて目を見開く。至近距離にある、蒔田さんの精悍な顔。……え、え、俺、キス、されてる……?
(っていうか、煙草臭い……!)
いやまぁ、さっきまでこの人煙草吸ってたんだから、当たり前なんだけど。
「ひっ、ん」
俺が出そうとした悲鳴も呑み込むかのように、蒔田さんが何度も何度もキスをしてくる。
……なんだろうか、この感覚。
(悪く、ないかも……)
先ほどまで、俺は男と『そういう関係』になるなんて絶対にごめんだという考えが、頭の片隅にあった。
けど、この人だったら……身を委ねてもいいかも、なんて。我ながら、流されやすすぎる。
「ひぃっ、ま、きた、さんっ……!」
唇が離れたすきに、彼のことを呼ぶ。彼の胸を押して、なんとか離れてもらおうとした。
「なに?」
彼が小首をかしげてそう問いかけてくる。うわ、その姿は少し子供っぽくて可愛いかも……って、違う違う!
「い、いきなりキス、しないでください……」
視線を彷徨わせて、抗議する。
「もしかして、ファーストキスとか、そういう奴?」
「は、はい……」
誤魔化しても絶対にバレると思ったので、俺は素直に頷いた。
頭の中が真っ白になる。でも、そんな俺を気にも留めずに、蒔田さんは淡々と言葉を紡いだ。
「実を言うと、俺、特別な相手とか作りたくないんだよ」
「え、えぇっと」
特別な相手とは、それすなわち恋人とか配偶者とか。そういう存在のことだろう。
でも、愛人って……。
「さ、さっきも言いましたけれど、俺、男なんですけれど……」
男が男の愛人なんて出来るのか?
そりゃあ、同性愛者だっているわけだし、無理っていうほど無理ではないだろうけれど。
「知ってる」
蒔田さんは俺の言葉を蹴り飛ばした。そのまま、俺のことをまっすぐに見つめてくる。
……これ、回答しないと話が進まない奴だ。
(お、俺が、この人の、愛人……)
正直な話をすると、俺の恋愛対象は女だ。いわゆるノンケという奴だ。だから、男の愛人なんて絶対にごめん……なんだけど。
(けど、借金を肩代わりしてくれるっていうし……)
頭の中の天秤が、グラグラと揺れる。
どうしようか。どうすればいいんだろうか。だって、この提案めちゃくちゃありがたいし……。
(三千万なんて、俺じゃあ絶対に返せない額だ)
かといって、男の愛人。しかも、おっかない人の愛人。
「あの、いくつか聞いてもいいですか……?」
恐る恐る声を上げれば、蒔田さんは頷いてくれた。よし、気になっていることをいくつか聞こう。
「あの、蒔田さんは……男が、好きなんですか?」
視線を逸らしてそう問いかける。
怒られる? 殺される? 直球すぎた?
そんな俺の考えを無視して、蒔田さんは「ちょっと、違うな」と答えてくれた。
その声はとても穏やかなもので。殺されることはなさそうだと安心する。……じゃあ聞くなっていう話なんだけど。
「俺はバイ……いわば、女も男も恋愛対象にできる人間だ」
「……へぇ」
確かにそういう人もいるっていうのは聞いたことがある。ならば、ある意味納得できる。
「じゃあ、その、えぇっと……どうして、俺なんですか……?」
言ってはなんだけれど、俺には特別な魅力なんてない。だけど、なにかピンとくるものがないと愛人に……なんて打診はしないだろう。
俺がそう思っていれば、蒔田さんは「都合がいいから」とあっけらかんと答えた。
「恩を売っておけば、がんじがらめにできるだろ? 逃げようなんて気も、起きないはずだ」
にたりと笑って蒔田さんがそう言う。……この人、下衆かもしれない。俺のことを、がんじがらめにするつもりだ。
それに気が付いて、一気に逃げたくなる。だってこの人の側にいたら。……俺は絶対……縛り付けられる。普通の生活を送ることは叶いそうにない。
「ま、選択肢は与えてやる。愛人になるか、一生借金地獄に陥るか。選べ」
選べって言われても。
その選択肢、両方最悪なんだけど……と、思ったものの。
(選ぶ余地も、ないよなぁ……)
このまま一生借金地獄に陥るくらいならば。三年半、この蒔田さんという人の愛人をするほうが絶対にいい。もしもこの提案を蹴り飛ばせば、俺は間違いなく後悔する。
「その」
「あぁ」
「蒔田さんの愛人に……なり、ます」
今にも消え入りそうなほどに小さな声でそう答えれば、蒔田さんが笑ったのがわかった。
そのまま彼はおもむろに立ち上がって、歩を進める。契約書でも、作るのだろうか。
俺はそう考えたけれど、蒔田さんはすたすたと歩いて俺のほうに寄ってくる。彼は俺の隣に腰を下ろした。
彼の指が、俺の顎を救いあげる。
「え、あ、あの、契約書、とか……」
なんかヤバい空気を感じ取って、俺は控えめに主張をしてみる。
俺の言葉を蒔田さんは「必要ない」と蹴り飛ばした。
「別に契約書なんていらないだろ。……だって、契約が終わるまであんたは俺から逃げられない」
……知ってる。それは嫌というほどに知ってる。
「大丈夫、三年半が経てば、解放してやるからさ。約束はきちんと守る」
「あ、はい……」
だったら、まだいい……の、か。
と俺が思っていると、唇になにかが触れた。温かくて、柔らかいなにか。
(……え?)
驚いて目を見開く。至近距離にある、蒔田さんの精悍な顔。……え、え、俺、キス、されてる……?
(っていうか、煙草臭い……!)
いやまぁ、さっきまでこの人煙草吸ってたんだから、当たり前なんだけど。
「ひっ、ん」
俺が出そうとした悲鳴も呑み込むかのように、蒔田さんが何度も何度もキスをしてくる。
……なんだろうか、この感覚。
(悪く、ないかも……)
先ほどまで、俺は男と『そういう関係』になるなんて絶対にごめんだという考えが、頭の片隅にあった。
けど、この人だったら……身を委ねてもいいかも、なんて。我ながら、流されやすすぎる。
「ひぃっ、ま、きた、さんっ……!」
唇が離れたすきに、彼のことを呼ぶ。彼の胸を押して、なんとか離れてもらおうとした。
「なに?」
彼が小首をかしげてそう問いかけてくる。うわ、その姿は少し子供っぽくて可愛いかも……って、違う違う!
「い、いきなりキス、しないでください……」
視線を彷徨わせて、抗議する。
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