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第1章

きっかけというか、理由というか 3

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 顔を上げれば、どうやらここは雑居ビルが建ち並んでいる通りのようだった。

「行くぞ」

 そう声をかけられて、俺は絶対に逃げられないと悟る。だから、素直なに連行される。

 俺の両脇を固めるように歩く、二人の強面の男。佳季さんは少し前を歩いていた。

 彼らに連れられるがまま、階段を上っていく。そして、立ち止まったのは三階だった。

「じゃ、入るけど。……あんまり生意気なことはしないほうがいいよ。……若は短気だから」

 佳季さんが俺に笑いかけて、そう言う。俺が反論する間もなく、彼は扉をノックした。

 中から声が聞こえて来たらしく、佳季さんが扉を開ける。彼が頷くと、二人の男は俺のことを部屋に押し込んだ。

(うわぁ、臭い……)

 室内には煙草のにおいが充満していた。自然と眉間にしわを寄せれば、誰かがこちらに歩いてくるのが足音でわかる。

「若、お手数をおかけしまして、申し訳ございません」

 男の一人が、頭を下げて謝罪をする。

「いや、別にいい。どうせ、暇だったからな」

 誰かが俺の前に立った。顔は見えない。というか、俺が俯いているからだ。

 唯一わかるのは、その人物が革靴を履いていること。それが、とても高級そうなことくらいだ。

「……で、あんたが岩波 利次の息子?」

 頭の上から冷たい声でそう問いかけられた。少し反抗してやろうと思って、黙り込む。

 すると、男の一人が俺の髪の毛を引っ張った。ぶちぶちと嫌な音がして、髪の毛の数本がちぎれたのがわかる。

「若の質問に答えろ」

 顔をしかめる俺に、男がそう吐き捨てる。仕方がなく、俺は頷いた。

「ふぅん、ま、金を返してくれるなら、誰でもいいや」

 じゃあなんで聞いた。

 心の中だけで悪態をつきつつ、俺は恐る恐る顔を上げた。

(……なんだ、この人)

 ぼうっと、男に見惚れてしまった。

 だって、男があんまりにもかっこよかったから。

 顔立ち自体は精悍な強面だ。でも、何処か色っぽいというか。明るい茶色の髪の毛もとても似合っている。その身体は細身だけれど、筋肉はある程度ついているようだった。……俺とは、全然違う。

「あ、ようやく顔を上げてくれた。初めまして」
「は、初めまして……」

 震える声で、挨拶をする。男は笑った。

「この状況下で初めましてって言えるのって、心臓に毛でも生えてるのか?」

 そんなわけはない。俺は小心者だ。

「いえ、俺、小心者なので……」
「よく言うな。本当の小心者は、自分のことを小心者だなんて言わないぞ」

 けらけらと笑いつつ、男は俺に顔をぐいっと近づけてくる。首筋に見えるのは、刺青だろうか。すごい。本物。

「あんた、名前は?」

 名前を聞かれる。……教えていいんだろうか。いや、教えなくちゃならないか。

 そもそも、義父の名前だって割れているのだ。

「……岩波 しゅん

 シンプルに名乗れば、男はじろじろと俺を見下ろしてきた。嘗め回すような視線が、何処か恐ろしい。

「そっか。あ、俺は蒔田まきた 紡ね。……一応、蒔田組の若頭」

 男――蒔田さんは、簡潔に名乗ってくれた。それがほんの少しありがたい。

「あと、そっちの若いのが向出むかいで 佳季。強面でガタイのいいやつらが、道岡みちおか米永よねなが

 蒔田さんが視線だけを男たちに向けて、そう教えてくれた。

 ……正直、覚えられる気がしない。いきなり四人もの人間の名前を頭の中にインプット出来るような状態じゃない。

「ま、覚えなくてもいいよ。……金返してくれたら、終わりの関係だし」

 そのお金が返せそうにないんですけれど……。

 心の中だけでそう反論すれば、蒔田さんが笑った。

「親が悪かったと思えよ。……なにがなんでも、返してもらうから」

 なにがなんでもと言われても、本当に俺に返せるような金額じゃない。

 三千万なんて、宝くじでも当たらないと絶対に無理だ。それも、高額当選。

「その、俺……えぇっと」

 しどろもどろになりつつ口を開く。蒔田さんは、視線だけを向けてくる。その目は「話せ」と物語っていた。

「俺、三千万なんて返せないんですけど……」

 視線を彷徨わせて、そう言う。瞬間、強面の男の一人が俺の足の甲を踏みつけた。思いっきり革靴で踏みつけられた。こっちはスニーカーなのに。

「ごちゃごちゃ言わずにさっさと金作れや!」

 ……そう言われても、出来ないものは出来ない。むしろ、出来たら本当に作っている。こんな人たちと長々と関わりたくないから。

「道岡、あんまり脅したら可哀想だろ」

 蒔田さんがそう告げて、俺の顔を覗き込んでくる。……吟味するような視線が、なんだか恐ろしい。

 でも、逸らすことは出来なくて。俺は蒔田さんと見つめ合う形になった。

「へぇ、結構肝が据わってんじゃん」

 そこまで言った蒔田さんが、俺からすっと顔を離す。その後、この場にいるほかの三人を見渡した。

「ちょっと二人で話をするわ。……お前ら、出て行って」

 淡々と蒔田さんがそう言うと、三人は文句も言わずに部屋を出ていく。

 ただ唯一、佳季さんだけが俺を見てウィンクを飛ばしてきた。……なんだ、あの人。

「佳季は可愛い子が好きだからな。……多分、好みなんだろ」
「好みって、俺、男ですけれど……」

 そう返せば、蒔田さんは笑った。かと思えば、俺に「そこのソファーに座れ」と言ってくる。

 俺は逆らうことなく、おずおずと指定された場所に腰を下ろした。
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