【R18】女騎士から聖女にジョブチェンジしたら、悪魔な上司が溺愛してくるのですが?

すめらぎかなめ(夏琳トウ)

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第2章 聖女と護衛騎士、そして進展する関係

聖女としての初仕事 2

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 旅立ちの朝は早い。

 この日ばかりはアッシュもセレーナへの夜這いを控えてくれ、セレーナはぐっすりと眠ることが出来た。

 ……多少の物足りなさは、感じているのだが。

「……あの、アッシュ、さん」

 正面の座席に腰掛けるアッシュに視線を向ける。

 すると、彼は器用に片目だけを開けて、セレーナを見つめてきた。

 ロロは外の様子を見るということから、御者籍の隣の席で周囲に最新の注意を払っている。

 そのため、馬車内にいるのは、セレーナとアッシュの二人だけだ。

「……どうしました?」

 朝から、彼はあまり機嫌がよくないらしい。

 それは微々たるものではあるが、彼とは比較的長い付き合いをしているセレーナにはわかってしまう。

 これは、微かに怒っているときの態度だ。

(けれど、さすがだわ。私以外の人間には、一切伝わっていないもの)

 さすがはアッシュというべきか。彼の感情の変化は、セレーナ以外には一切伝わっていない。

 御者も、ロロも。それこそ、見送りに来てくれたクラウスやアリーヌさえも、気が付いていないようだった。

「いえ、あの、その……」

 けれど、さすがに「あまり、機嫌がよろしくありませんよね?」なんて直球で問いかける勇気は持ち合わせていない。

 彼は元とはいえ、上司なのだ。そのときのことをよく覚えているため、未だに彼に対して度々敬語を使ってしまうほどだった。

「セレーナさま。なにか、心配事などがありましたら、なんなりと申し出てくださいね」

 が、アッシュは表情を整えるとそう告げてくる。だからこそ、セレーナは肩をすくめた。

 彼は、何処までもセレーナに尽くしてくれている。それは、護衛騎士という名誉な役割を賜ったからなのか。はたまた――セレーナに情があるからなのか。

 それは定かではないが、少なくとも彼は現状セレーナのことを好意的に見ているはずだ。

「……いえ、マクモローって、どんな街なのかなと思いまして」

 深入りして、嫌われたくない。

 そう思ってしまった所為で、セレーナは話を逸らすことにした。

 マクモローが商人の街で、商業都市だということは知っている。王国内外問わず商人がやってきて、そこで交流を深めることもある。ちなみに、出てくる前にアリーヌから祈る内容は聞いていた。

 内容は――交通安全。

 商人が多い都市ならではの内容ではないだろうか。

「そうですね。……セレーナさまは、あまり外に詳しくありませんからね」

 何処となく、棘のある言い方だった。が、アッシュはこほんと咳ばらいをすると、淡々と語り始める。

「マクモローは、世にいう商業都市でございます。王国の物流の要であり、ここがなければ物流はここまで発展していなかった……とまで、言われています」
「……そこまで」
「えぇ、それほどまでに王国にとっては重要な場所なのです。それこそ、王都の次に重要な場所と言っても、過言ではないかと」

 確かに物流の要は王国にとってとても大切なものだろう。だが、王都の次とは少々言い過ぎではないのだろうか?

(いいえ、アッシュさんは私に嘘なんて吹き込まないわ。……つまり、言っていることは真実なのよ)

 しかし、セレーナはそう思いなおし、アッシュの説明に耳を傾けた。

 彼の話は、大層勉強になるものだった。頭の中のメモ帳を引っ張り出し、詳しくメモしたいくらいだ。

 いいや、むしろ、現在紙とペンがあれば、書き連ねているだろう。

 そんなことを思っていれば、不意に馬車が石かなにかに躓いたらしく、跳ねる。アッシュの話に集中していたセレーナは、驚いて身体のバランスを崩してしまった。

「セレーナさまっ!」

 座席に腰掛けていたとはいえ、前のめりになって倒れこんでしまったセレーナを抱き留めたのは、ほかでもないアッシュだった。

 彼は相当焦ったような表情で、セレーナの顔を覗き込んでくる。彼のその目が、心配そうに揺れている。

「……大丈夫、ですか?」
「え、えぇ」

 アッシュの騎士服を掴みながら、セレーナはその問いかけに返事をする。

 だけど、すぐ近くにあるアッシュの顔に……ドキドキとしてしまった。

 彼の心配そうな目も、彼のたくましい腕も。ドキドキを増幅させる要因にしかならない。

(……この人に、私は)

 毎晩のように、乱されているのだ。

 それを実感すると、顔に熱が溜まって仕方がない。そっと視線を逸らせば、アッシュはなにを思ったのだろうか。

 セレーナの顎を掴み、半ば無理やり自身のほうに顔を向けさせる。

 馬車の床に座り込んでいることもあり、揺れがとてもひどい。なのに、それさえも気にならないほどに――アッシュにしか、意識が向かなかった。

「……アッシュ、さん」

 アッシュのことを呼ぶ。

 そうすれば、ほかでもない彼が息を呑むのがわかった。

 ごくりと鳴る喉も大層色っぽくて、セレーナの心臓がどくんどくんと大きく音を立てる。

「……あなたの、そんな表情は」
「アッシュ、さん?」

 彼がなにかを言いたそうにしている。それに気が付き、セレーナは小首をかしげる。

 その際に、セレーナの髪が揺れ、アッシュの視線を惹きつけた。

「……我慢が、出来そうにない」

 低くて心地のいい声だと思った。

 ボソッと呟かれたその声に、セレーナの心臓がどんどん駆け足になる。

(アッシュ、さん?)

 その「我慢が出来そうにない」という言葉は、一体どういう意味なのか。

 問いかけたいのに――問いかけることが、許されない。

 じっと二人で馬車の床に座り込んで、見つめ合う。

 まるで、時が止まったかのような感覚だった。
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