上 下
15 / 28
第2章 聖女と護衛騎士、そして進展する関係

夜這い 2

しおりを挟む
 しかし、そんなセレーナの気持ちも知らないのだろう。

 アリーヌは「じゃあ、失礼するわ」と言って素早く部屋を出て行こうとする。

 そんな彼女を咄嗟に引き留めようとしたが、なにも言葉が出てこなかった。

 その所為で、アリーヌはあっさりと部屋を出て行ってしまった。残されたのは、セレーナたった一人。

(う、うぅ、どうすれば、どうすればいいのよ……!)

 そう思って、ただひたすら混乱する。

 この場合、相手がアッシュだったことを喜べばいいのか。はたまた、悲しめばいいのか。

 それさえも、はっきりとはしない。

 好きな人にハジメテを捧げられると言えば、聞こえはいい。が、所詮は性欲処理なのだ。……気持ちは通じ合っていない。

(アッシュさんだって、私のことを女性とは見ていないわ。……そんな私とするえ、えっちが、楽しいはずがない……)

 心の中でそう思うと、凹んでしまいそうだった。

 けれど、それをぐっとこらえてセレーナは寝台に腰掛ける。到底、横になる気にはなれなかった。

(無理よ、やっぱり無理よ!)

 どう考えても、アッシュと関係を持つなんて、今のセレーナには無理に決まっている。

 よし、今日のところは帰ってもらおう。それから躱す方法は、後々考えればいい。

(とりあえず、寝ちゃったふりをすれば、アッシュさんだって無理強いはされない……はず)

 かといって、相手はあの『悪魔の隊長』とまで呼ばれた男なのだ。寝たふりが通じる相手とは思えない。

 でも、物は試し。やってやろうじゃないか――と思ったところで、部屋の扉がノックもなしに開く。

 驚いてセレーナがそちらに視線を向ければ、そこにはラフな格好をしたアッシュがいた。

(ら、ラフな格好、レア……!)

 そんな風に思って彼を凝視していれば、彼は口角を上げる。そのにやりとした笑みが、セレーナにはひどく魅力的に映った。

「今から、眠るところでしたか?」

 何処となく色っぽい声で、そう問いかけられる。

 ……多分、彼は今からセレーナが寝たふりをしようとしていたことも、予想していたのだ。

 ここは、誤魔化すしかない。

「い、いえ、そういうわけでは……。ただ、疲れてしまったので、横になろうかと……」

 視線を逸らしながらそう言い訳をすると、彼は露骨に肩をすくめた。かと思えば、彼は大股でセレーナのほうに近づいてくる。

 普通ならば就寝前の女性の部屋に男性が来ることなど、御法度である。しかし、これはいわば許されている行為。神殿が認めた行為なのだ。だからこそ、咎められることはない。

「ちょうどよかったですよ」

 なにがちょうどよかったのだろうか。

 心の中でそう思いセレーナが固まっていると、その手首をアッシュに掴まれる。

 いつの間にか寝台のすぐそばまで来ていたアッシュは、そのきれいな目を細めた。

「……護衛騎士のもう一つの役割、聞きましたよね?」

 彼が、そう問いかけてくる。

「護衛騎士の一人は、聖女と関係を持たねばなりません。……その役目は、俺です」
「……は、はい」

 横になろうとしていたセレーナの身体を、アッシュが力強く引き起こす。

 突然のことに驚いて抵抗できないでいれば、彼は寝台に腰掛け、セレーナに自身の隣に腰掛けるようにと言ってくる。

 ……これでは、どちらが上なのかわからない。

(いいえ、アッシュさんにとって、私はいつまでも部下なのよ)

 そのため、彼はセレーナに命じているのだ。

 セレーナだって、それを拒めないのは彼に気持ちがあるから。それを、理解している。

 恐る恐る彼の隣に腰掛ければ、アッシュが一気に距離を縮めてくる。先ほどまで微妙にあった二人の距離は、一気にゼロになる。

「……アッシュ、さん」

 彼の顔を見上げ、彼の名前を呼ぶ。そうすれば、彼は舌なめずりをした。

 その表情は、色っぽいことこの上ない。自然と、見惚れてしまいそうなほどに。

「そんな顔をされたら、もう、我慢できそうにないですよ」

 セレーナの顔をまっすぐに見つめて、彼がそう言う。セレーナは自身が今、どんな表情をしているかなんて知らない。

 だから、彼の言葉の意味がわからない。ただ、とんでもないことを言われていることだけは、理解してしまった。

 アッシュのたくましい腕が、セレーナの腰に回される。その際にびくんと身体を跳ねさせてしまえば、耳元に彼の唇が近づいてくる。自然と、どくんと心臓が跳ねる。

「そんな怖がらないでください」
「……そ、んなの」
「俺は、セレーナさまをひどくしたいわけじゃないですから」

 ……そんなの、嘘だ。

「う、そ」
「嘘じゃない。……あなたを慈しんで、可愛がってあげたいだけです」

 低めの声で囁かれると、セレーナの中の官能が引き出されていくかのようだった。

 さらに、彼の手がセレーナの腰を厭らしく撫でる。徐々に呼吸が浅くなれば、彼の腰を抱く手はセレーナの身体を伝い――その頬に触れる。そのまま、唇を優しく指で撫でられた。

「……アッシュ、さん?」

 震える声で、彼の名前を呼ぶ。すると、彼はセレーナの唇をもう一度指でなぞる。その手つきの厭らしさに、もう一度身体が震えた。

「口づけする許可を、いただけますでしょうか?」

 そんな風に囁かれて、縋るような声で言われたら。断るなんて選択肢は、消えてしまう。

 頭の中でそう思い、セレーナはぐっと息を呑んで、首を縦に振った。そして、目を瞑れば――唇が重なる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う

ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身 大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。 会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮 「明日から俺の秘書な、よろしく」 経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。     鏑木 蓮 二十六歳独身 鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。 親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。 蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......     望月 楓 二十六歳独身 蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。 密かに美希に惚れていた。 蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。 蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。 「麗子、俺を好きになれ」 美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。 面倒見の良い頼れる存在である。 藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。 社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く 実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。 そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...