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第3章
⑧
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「なぁ、ユーグ」
ルーが俺の背中を撫でた。小さな子供をあやすような撫で方だ。色気なんてちっともない。
その触れ方が不満でルーの目を見つめると、視界が歪んでいることに気が付いた。俺の頬をはらりと涙が伝う。
「泣くな」
短い言葉だ。けど、その言葉が俺の胸の中に染み渡ってきて、なんだか余計に涙が止まらなくなった。
涙をはらはらと零す俺の顔を、ルーが自身の胸に押し付ける。この騎士服、高価だから涙で汚せないと思うのに。
俺は顔を上げることができなかった。涙とか鼻水とか、そういうものでぐちゃぐちゃだった。だから、顔を上げなくちゃならないのに――ルーと、ほんの少しも離れたくなかった。
ルーの騎士服をぎゅっとつかんだ。いや、つかんだレベルじゃない。多分これは、縋るのレベルだ。
「ルー」
「あぁ」
「――ごめん」
口から出たのは弱々しい謝罪の言葉。
ルーは俺の言葉になにも言わず、背中を撫で続けた。その手が俺の後頭部に移動し、髪の毛を優しく梳く。
「お、れは。本当はルーのことが……好き、だから」
今にも消えてしまいそうなほどの声。ルーにはしっかりと聞こえていたらしい。
抱きしめてくれた。鼻腔に届いた汗のにおいさえも、心地よくてたまらない。
「ひどいこと、言った」
「そうだな。俺は傷ついた」
「……ルーのこと、信じられなかった」
「本当、裏切られたって思ったよ」
「……身勝手だけど、許してほしい」
短い言葉の投げ合いは、途切れた。
ルーがなにも言わないのに不安になって、俺は顔を上げる。
ルーは笑っていた。きれいなきれいな笑みだった。
「――絶対に、許さない」
耳に届いた残酷な言葉。俺が目を見開くと、ルーは俺の背中から手を離し、俺の身体を自身から引き離した。
視線を合わせるようにルーが若干屈みこむ。視線が絡み合って、なんだかおかしな気持ちだった。
こんな風に見つめ合うなんて、照れてしまう。……そんな場合じゃないのに。
「だから、責任をしっかりとってもらう。俺の恋人になれ」
「ルー……」
まっすぐに告げられた言葉。結婚とか、婚約とか。
そういう言葉じゃない。俺はそれがとても嬉しい。
「俺にはユーグしかいない。本当は婚約したいし、結婚だってしたい。……だが、無理強いするつもりはない」
「う、ん」
「ユーグの覚悟が決まるまで、俺は恋人で我慢する」
ルーは本当にすごい人だと思った。
身分とか、生まれとか、才能とか。
そういうのもすべてひっくるめて、すごい人だ。あと、俺のことを誰よりもよくわかってくれている。
「いきなりこんなことを言われたら、戸惑うかもしれないが――」
返事をしない俺にしびれを切らしたのか、ルーが言葉を付け足した。ルーの言葉を遮るように口づける。
ルーの驚いた顔が視界いっぱいに広がった。
「俺、ルーの恋人に、なりたい……」
自分の声が驚くほどに震えていた。ただ、言葉は続けたかった。
「正直、婚約とか、結婚とか。そういうの全然想像できないし、覚悟もない。本当、いつまでも覚悟が決まらないかもしれない」
「だったら、ずっと恋人でいい」
こういうところが本当にルーだった。
ちょっと傲慢なところがあって、俺様で。どことなく強欲なオーラを醸し出すのに、優しい。
俺の大好きな人。
「俺はユーグを離すつもりなんてないし」
「……うん」
「フラれても、どこまでも追いかけていく」
ある意味ちょっと怖い言葉だ。なのに、俺は嬉しくてたまらない。恋は盲目というのはこういうことなんだろう。
「追いかけて、どうするつもりなんだ?」
「そりゃあ、な……」
視線を逸らすルー。照れているのか、言いにくいと思っているのか。
そういうところが、なんだか可愛らしい。
「なぁ、ユーグ。俺の屋敷に来ないか?」
が、いきなりの言葉には驚くことしか出来ない。話の流れをぶった切りすぎだったから。
ルーが俺の背中を撫でた。小さな子供をあやすような撫で方だ。色気なんてちっともない。
その触れ方が不満でルーの目を見つめると、視界が歪んでいることに気が付いた。俺の頬をはらりと涙が伝う。
「泣くな」
短い言葉だ。けど、その言葉が俺の胸の中に染み渡ってきて、なんだか余計に涙が止まらなくなった。
涙をはらはらと零す俺の顔を、ルーが自身の胸に押し付ける。この騎士服、高価だから涙で汚せないと思うのに。
俺は顔を上げることができなかった。涙とか鼻水とか、そういうものでぐちゃぐちゃだった。だから、顔を上げなくちゃならないのに――ルーと、ほんの少しも離れたくなかった。
ルーの騎士服をぎゅっとつかんだ。いや、つかんだレベルじゃない。多分これは、縋るのレベルだ。
「ルー」
「あぁ」
「――ごめん」
口から出たのは弱々しい謝罪の言葉。
ルーは俺の言葉になにも言わず、背中を撫で続けた。その手が俺の後頭部に移動し、髪の毛を優しく梳く。
「お、れは。本当はルーのことが……好き、だから」
今にも消えてしまいそうなほどの声。ルーにはしっかりと聞こえていたらしい。
抱きしめてくれた。鼻腔に届いた汗のにおいさえも、心地よくてたまらない。
「ひどいこと、言った」
「そうだな。俺は傷ついた」
「……ルーのこと、信じられなかった」
「本当、裏切られたって思ったよ」
「……身勝手だけど、許してほしい」
短い言葉の投げ合いは、途切れた。
ルーがなにも言わないのに不安になって、俺は顔を上げる。
ルーは笑っていた。きれいなきれいな笑みだった。
「――絶対に、許さない」
耳に届いた残酷な言葉。俺が目を見開くと、ルーは俺の背中から手を離し、俺の身体を自身から引き離した。
視線を合わせるようにルーが若干屈みこむ。視線が絡み合って、なんだかおかしな気持ちだった。
こんな風に見つめ合うなんて、照れてしまう。……そんな場合じゃないのに。
「だから、責任をしっかりとってもらう。俺の恋人になれ」
「ルー……」
まっすぐに告げられた言葉。結婚とか、婚約とか。
そういう言葉じゃない。俺はそれがとても嬉しい。
「俺にはユーグしかいない。本当は婚約したいし、結婚だってしたい。……だが、無理強いするつもりはない」
「う、ん」
「ユーグの覚悟が決まるまで、俺は恋人で我慢する」
ルーは本当にすごい人だと思った。
身分とか、生まれとか、才能とか。
そういうのもすべてひっくるめて、すごい人だ。あと、俺のことを誰よりもよくわかってくれている。
「いきなりこんなことを言われたら、戸惑うかもしれないが――」
返事をしない俺にしびれを切らしたのか、ルーが言葉を付け足した。ルーの言葉を遮るように口づける。
ルーの驚いた顔が視界いっぱいに広がった。
「俺、ルーの恋人に、なりたい……」
自分の声が驚くほどに震えていた。ただ、言葉は続けたかった。
「正直、婚約とか、結婚とか。そういうの全然想像できないし、覚悟もない。本当、いつまでも覚悟が決まらないかもしれない」
「だったら、ずっと恋人でいい」
こういうところが本当にルーだった。
ちょっと傲慢なところがあって、俺様で。どことなく強欲なオーラを醸し出すのに、優しい。
俺の大好きな人。
「俺はユーグを離すつもりなんてないし」
「……うん」
「フラれても、どこまでも追いかけていく」
ある意味ちょっと怖い言葉だ。なのに、俺は嬉しくてたまらない。恋は盲目というのはこういうことなんだろう。
「追いかけて、どうするつもりなんだ?」
「そりゃあ、な……」
視線を逸らすルー。照れているのか、言いにくいと思っているのか。
そういうところが、なんだか可愛らしい。
「なぁ、ユーグ。俺の屋敷に来ないか?」
が、いきなりの言葉には驚くことしか出来ない。話の流れをぶった切りすぎだったから。
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